校門前のヤンデレ

 下駄箱を開けると、大量の手紙が雪崩なだれを起こし、俺の足元にうず高く積み上がった。


「あ、アキラ様……ど、どうですか……よ、喜んで下さいますか……?」

 

 手紙のひとつを開くと、中の白紙はくしには『アキラ様』と『愛しています』という赤文字がびっしりと書き込まれており、まるで元から赤色の紙を使っていたかのようにも視えるほどだった。


「そりゃ、8時間かかるわな」

「見なさい、この手を」

 

 もじもじとしている由羅ゆらから視えないところで、マリアは不規則に痙攣けいれんしている右手を見せる。


「あたしは『アキラ様』担当……『愛しています』は、書かせたくないんだって」

「右手が助かって良かったな」

 

 開けた下駄箱から手紙を全回収し、靴紐の仕掛けを元通りにしようとしていると、後ろからマリアがのぞんでくる。


「なにそれ?」

「下駄箱の引き手部分に穴を開けて、そこに靴紐の先端を緩く入れてあるんだ。何も知らないヤツが開けると、靴紐が引っ張られ、穴から飛び出て元の位置に戻る。だが、靴紐の伸びる長さには余裕があって、開ける前にゆっくりと隙間すきまを開いて中を覗き込めば、穴に靴紐の先端がハマっているかを見て取れる仕組みだ。

 こうしておけば、誰かが勝手に、俺の下駄箱を開けたかどうかは一目瞭然いちもくりょうぜんだからな」

 

 由羅に見られないように実演してみせると、マリアは唖然あぜんとして「い、何時も、こんなことやってんの?」とたずねてくる。


「あぁ。ヤンデレからの贈り物対策にな。お前が由羅からのラブレターを、俺の下駄箱に入れようとしたこともコレでわかった」

「あたしが〝一度は〟下駄箱に入れようとしたこと……わかってたの?」

 

 俺はうなずく。


躊躇ためらった末にゴミ箱に捨てたらしいが、その〝躊躇い〟が由羅と俺を救った。下駄箱を開けられていることがわかってなかったら、さすがの俺もゴミ箱を漁ろうとは思わなかったしな。お前の雑魚モブらしさが、最後の一線を守ったんだ。

 ほこってもいいぞ」

「だ、誰が誇るか……クズ……」

 

 頬を染めて顔を背けたマリアを見て、俺が苦笑した瞬間――眼前に、無表情の由羅の顔面が突き出てくる。


「なんのお話をしてるんですか?」

 

 あまりの迫力はくりょくに、彼女の瞳が、ドス黒く塗りつぶされているように視えた。


「なんの……お話を……してるんですか……?」

 

 『桃太郎』とか言ったら、さすがに殺されちゃうかなぁ?


「あ、アキラ様のお言葉を……ひ、一人だけで独占するのは……だ、ダメだと思います……だ、だって、アキラ様はとうといお人なんですから……た、たった一人のためだけに……存在していてはいけません……あ、アキラ様は、最も神に近い存在なのですから……」

 

 これからは、常に生放送しながら会話すればいいの?


「そ、それに、ぼ、ボク、ほ、褒めてもらってな、ない、褒めて、もらってな――」

「よーしよしよしよし!! スゴイスゴイスゴイスゴイ!! スゴイスゴイスゴイスゴイ!! スゴイスゴイスゴイスゴイ!! スゴイスゴイスゴイスゴォイ!!」

 

 勢いだけで由羅の頭を撫でまくると、段々と彼女の目尻が下がってきて、とろんとした目つきに変化していく。


「あ、アキラ様、もっ――」

「おい、校門前に、すげぇ可愛い子来てるって!」

「え、マジで?」

「誰か待ってるみたいだけど、めちゃくちゃ可愛いらしい! 声かけてみようぜ!」

 

 二人組の下級生たちが走っていき、俺は校門前に不審な人だかりが出来ているのを見て妹襲来を察知した。


「なぁ、アレって……」

「あぁ、桐谷妹だろ? 去年でもう学習したよ。とんでもないブラコンで、兄以外の男はゴミクズとしかとらえてないからな」

「下手に食い下がったヤツ、なんでか、かくしてた問題が見つかったりして、停学になったりしたよ――」

 

 クラスメイトたちが俺を発見して凍りつき、俺は笑顔で「アローハ!」と挨拶あいさつした。


「お、おう! じゃあな、桐谷!!」

「バカ、関わるな!! 行くぞ!! 全力で走れッ!!」

 

 挨拶しただけで、全力逃走はオカシイよね?


「……あんた、珍獣かなにか?」

「いや、珍獣ヤンデレ使いの間違えだ」

 

 気を取り直して校門前まで移動すると、一年生の集団たちがたった一人の女子中学生を取り囲み、わいやわいやと質問攻めにしている風景が視えてくる。


「ね、ねぇ、誰待ってるの?」

「うるさい」

「良かったら、呼んでこようか?」

「息が臭い」

「名前くらい教えてよ」

「死に絶えろ」

 

 制服を着た我が妹は、真顔でスマートフォンをいじくりながら、俺のことを待っていた。妹を囲む一年生たちはどうにか彼女の気をこうと頑張っていたが、塩対応どころではない反応に心が折れかけているようだ。


「あ、あんたの妹、可愛かわいくないわね……天使みたいな顔してるのに……」

「いや、可愛いぞ。自慢の妹だ(財力的に)」

 

 俺の声に過敏かびんな反応を示し、バッと勢い良く顔を上げ、妹は天上から迎えに来た天使のように愛らしい笑顔を浮かべる。


「お、に、い、ちゃ~ん!!」

 

 人混みを押しのけ、思い切り俺に抱き着いた淑蓮すみれ豹変ひょうへんぶりに、一年生の集団たちは愕然がくぜんとして立ち尽くす。


「好き好き好き好き好き好き好き好き好き!! 大好き!! お兄ちゃんの全部が好き!! お兄ちゃん以外の木偶でくぼうに囲まれてたけど、お兄ちゃんの言うとおりに、あんまり酷いこと言わなかったよ? 私のこと好き? お兄ちゃん好き? 私、お兄ちゃんに嫌いって言われたら生きていけないから、好きってゆって?」

 

 イチャイチャと俺の全身にまとわりつき、キスの雨を降らせる淑蓮を見て、一年生たちは無言で帰宅していった。


「偉いぞ、淑蓮。スゴイなぁ、お兄ちゃん、淑蓮のことを誇りに思うよ。妹として」

「好きぃ……お兄ちゃん、好きぃ……」

 

 ハァハァと息を荒げながら、淑蓮は俺の身体に自分の全身をピッタリと押し付けて、うるんだ瞳で見上げる。


「お、お兄ちゃん、淑蓮の目、潰して?」

「え?」

 

 妹の起伏きふくする胸が、俺に興奮を伝えていた。


「お、お兄ちゃんのこと目に焼き付けて、それから、お兄ちゃんに目を潰して欲しいの……そ、そうしたら、私、お兄ちゃんだけがいる世界にいられるから……ほ、他の男なんて目に入らないようにして……お、お兄ちゃんだけの淑蓮にして……」

 

 妹の目に病的な光が宿やどり――


「アッハッハ!! 冗談はやめろよ、淑蓮! まるで、俺の妹がヤンデレみたいじゃないかぁ! アッハッハ!!」

 

 ハッとして、淑蓮は俺から離れる。


「え、えへ。じょ、冗談だよ。び、びっくりしたぁ?」

 

 びっくりどころか、心臓が止まっちゃうかと思った。


「……ところで、お兄ちゃん」

 

 淑蓮は由羅とマリアを指して、微笑びしょうする。


「あの汚物ふたり、なに?」

 

 指差された由羅は、憎悪に満ちた両目で妹のことをめつけていた。

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