アキラの秘策と妹デート

 黒髪ウィッグを新調して、前髪から片目を出した由羅ゆらは、真っ白なワンピースをまとって恥ずかしそうに試着室から顔を出した。


「ど、どうでしょうか……?」

 

 見目麗みめうるわしい深窓しんそう令嬢れいじょうが顔をのぞかせたかのように、デパートがざわついて、彼女に見とれた男子高校生たちが、勢い良く頭をぶつけ合って苦悶くもんの声を漏らす。


「ゆ、由羅先輩、可愛いなんてものじゃありません……こ、コレは違法ですよ……あ、あたしは『ギャル系』で攻めるべきじゃなかった……こ、コレこそが本来あるべき姿……由羅先輩の可能性を百パーセント引き出す秘策……!」

 

 隣のヤツが、ブツブツ言ってて怖い。


「お兄ちゃん」

 

 笑みを浮かべている淑蓮すみれが、俺の袖を引っ張る。


衣笠きぬがさ先輩、かわいーね?」

 

 長いスカートの端をぎゅっと掴んでいる由羅は、頬を染めたまま、不安気に上目遣いで俺をうかがう。


「あ、アキラ様……?」

「そうだな、一言で言えば――おっと、失礼」

 

 どう答えても詰むのは明確なので、俺は着信がかかってきたフリをして――〝布石ふせき〟のために、一通のメールを送ってから戻ってくる。


「淑蓮、お母さんが、お前と話したいらしい」

「え? なにかな?」

 

 淑蓮が電話のためにこの場から離れ、俺は由羅に近づいてから「似合ってるぞ」とささやいた。


「ほ、本当ですか……? う、嬉しい……です……で、でも、この服には〝足りない〟気がして……」

「足りないって、何がだ?」

「アキラ様が」

 

 足りてないのは、あなたの頭では?


「す、すみません!」

 

 由羅がびしっと背筋を正して、淡雪のように真っ白な腕を伸ばすと、女性店員が「はい、何でしょうか?」と笑顔で近づいてくる。


「あ、あの……こ、この服に、アキラ様を足して欲しいんですが……」

「あぁ、なるほど、うけたまわり――えっ!?」

 

 このターン、俺は店員の盾を発動!! 沈黙を守るぜ!!


「た、例えば……こ、こんな風に……!」

 

 はかなげで薄幸はっこうを思わせる美少女が、血走った目で鞄の中を引っ掻き回す様を見て、店員さんの全身が恐怖と混乱で小刻みに震え始める。


「こ、コレです! こ、こんな感じです!!」

 

 バッと勢い良く広げられたノートには、鉛筆で描かれた真っ白なワンピースに、俺の真顔写真の切り抜きが、数百は貼り付けられている異形の衣服ヤンデレデザインが描かれていた。


「つ、つまり、こちらの〝彼氏さん〟のお写真をお貼りす――」

「アハハ、やだなぁ。普通は、彼氏のことを〝様〟付けしたりはしないと思いますよ。

 なぁ、由羅?」

「は、はい……ま、まだ、アキラ様は、あ、アキラ様です……」

 

 俺はマリアに目配せして助けを求めるが、頼りにならない後輩は、無表情でスマホを構えて由羅の晴れ姿を連写していた。


「む、無理ですか……? そ、その、で、できれば、発光塗料を塗布とふしてもらって……よ、夜中に、アキラ様の顔が浮かび上がるようにしたいんですが……う、売れると思います……」

 

 生首ホタル(アキラ産)。


「じょ、上司に確認して来ます」

 

 確認する必要はないよね?

 

 そそくさと逃げ去った店員さんを尻目に、マリアを正気に戻してやると、ようやく服の精算が行われることになった。


「ていうか、あんた、妹のことは放っておいていいわけ? この調子じゃ、妹の方から、遊園地デートを誘わせるなんて無理でしょ?」

「いや、もう終わってるぞ」

「は?」

 

 驚きで、マリアは顔を強張こわばらせる。


「お、終わってるって、どういうこ――」

「お兄ちゃん」

 

 戻ってきた淑蓮は、後ろ手を組んで、笑顔でくるくると俺の周りを回り始める。


「今度の日曜日、淑蓮と一緒に遊園地に行こ? 市内に新しく出来た『アトロポスパーク』って遊園地! ね? いいでしょ?」

 

 驚愕きょうがくであんぐりと口を開けたマリアの顔を、俺は片手で塞いで覆い隠す。


「アトロポスパークか……しかしな……う~ん……」

「ペアチケット一枚くらいなら、なんとかなるから! 行こーよ! ねぇ~!」

 

 俺は「う~ん」とか「だがなぁ」とか「兄妹二人だけと言うのは、どうなんだ?」と散々に焦らした後、ようやく「わかったよ」と渋々受け入れるフリをした。


「やた! お兄ちゃんとデートだぁ!」

「ただし、条件があるぞ」

「え、条件ってなぁに?」

 

 俺は表情を押し隠したまま、こちらを見つめている由羅を指差す。


「お前は、あそこにいる『衣笠由羅』と入場して欲しいんだ」

「……え?」

 

 妹は、笑顔を固まらせ――


「なんで?」

 

 疑惑を口から吐き出した。

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