ヤンデレだって、ギミック活用できるもん!

「こんなに散らかしちゃダメじゃない……誰にやられたの、ソレ?」

 

 ココで由羅ゆらの名前を出すと、間違いなく刃傷沙汰にんじょうざた。かと言って、俺のせいにすれば、嘘がバレて監禁コース――だとすれば、一択いったくしかない。


「コイツです」

「なっ!?」

 

 されたマリアは、驚きをもって俺に掴みかかってくる。


「ふ、ふざけんじゃないわよ!! なんで、あたしのせ――」

「手伝ったんだよな?」

 

 俺は、小声で真実だけを述べた。


「お前、下駄箱も合わせて、合計11時間も手伝ったんだよな?」

 

 言葉をまらせたマリアに、俺は一気呵成いっきかせいに畳み掛ける。


「大丈夫だ、安心しろ。水無月みなつきさんの興味の中心は、俺と俺にちょっかいをかける女性であって、俺のことを嫌っているお前は安全圏だ。由羅とは正反対で、誰もが俺に好意を抱くようなことを最もいとう」

「ほ、本当でしょうね?」

「間違いない」

 

 上級生たちに囲まれたマリアは、引きつった笑顔でおずおずと手を挙げて「ご、ごめんなさい。あ、あたしが嫌がらせしましたぁ」と言った。


「へぇ……」

 

 水無月さんは自然な動作で内ポケットに手を伸ばし、数秒後、俺の携帯が震えてメールが届く。




 差出人:水無月結みなつきゆい

 宛先:桐谷彰きりたにあきら

 件名:衣笠麻莉愛きぬがさまりあ

 本文:警告は一度のみ。

    5秒以内に、アキラくんから離れろ。

    わたしが指示したタイミングで、衣笠由羅を連れて教室を出て、廊下端の

    ゴミ箱の底にある手紙の指示に従え。




 俺の携帯の画面をのぞき込み、メールを読んだマリアは、絶望しきった顔で俺を見上げて涙目になる。


「もう、こんな大掛かりなイタズラ、ダメじゃない。

 どうして、こんなに張り切っちゃっ――あっ、ちょっと! もう! どうして、逃げちゃったんだろ?」


 自分の送信ボックスを視てみろ。


 質問に答えていれば5秒を過ぎるので、マリアは由羅の手を引っ掴み、慌てて教室を出て廊下を駆けていった。


「アキラくん、片付け、手伝うよ。

 アハハ、この像なんて、すごく良くできてるね? おもしろーい」

 

 笑い声で、寿命じゅみょうって縮むんだね。


「……やり取り、全部、視てたよ?」

 

 声による感情表現の幅がすげぇ!!


「ねぇ? どうして、あの女が作ったモノ、めてたの? ねぇ? どうして? ねぇ? 答えられないの? ねぇ? ゆいに隠し事なの? ねぇ? 答えてよ? ねぇ? アキラくん? ねぇ?」

 

 『ねぇ?』のリズム感良いね、君。


「ゆい。あの褒め言葉、本気で言っていたと思いますか?」

「え?」

 

 よし、釣れた――俺は生存の糸筋いとすじ見出みいだす。


「俺の感情がもっているかどうかなんて、俺のことが好きなゆいにとっては、当たり前のようにわかりますよね?」

「もち――」

「そのとおりです。さすがですね、ゆい。アレは大嘘ですよ、愛するゆいに対する裏切りにならないよう、わざと棒読みにしていたんです」

「で、でも、あの女の贈り物を褒め――あっ」

 

 会話の優位を渡さないように、俺は食い気味に発言をさえぎり、それとなく小指で水無月さんの手の甲にそっと触れる。


「あ、アキラくん……だ、ダメだよ……こんなところで……」

 

 オラオラオラオラオラ!! 俺からのボディタッチに弱いんだろ!? オラオラオラオラオラァ!!


「ゆいは、俺たちの関係性をまだ秘密にしておきたいんですよね……俺もそうですよ。だから、仕方なく、〝他人へのお世辞せじ〟として口にしただけです。

 俺の言葉よりも俺の気持ち、ゆい〝なら〟、わかってくれますよね?」


 特別性を際立きわだたせる言葉を、ヤンデレは最もこのむ!!


「う、うん……だ、大丈夫……わ、わかってるよ……」

 

 勝ったわ(勝利ファンファーレ)。

 

 命を拾い、勝利を得た達成感を味わっていると、息を切らしたマリアが教室に戻ってきて、盗んだ遊園地のペアチケットを俺に突き出す。


桐谷彰きりたにあきらさん、すみませんでした(棒読み)。今後、もうちょっかいはかけません(棒読み)。あと、コレ、どうぞ(棒読み)」

 

 あ、台本だね、コレ。


「お、おう、ありが――」

「わー! なにそれ! 新しくできた遊園地のペアチケット? いいなー! わたし、行きたかったんだよね!」

 

 殊更ことさらに声を大にしてそう言った水無月さんは、この学校で随一ずいいち可愛かわいらしい笑みを俺に向ける。


「でも、ペアチケットってことは、アキラくん、誰か誘うつもりなのかな? 彼女とか? もしかして、いるの?」

「い、いないよ」

 

 イエスと言えない問いかけ。確実に誘導されている。


「なーんだ? なら、誰か誘うつもりだったのかな? お父さん、お母さん……はないよね? ペアチケットって、家族で行くようなモノじゃないしね? だとしたら、誰を誘うんだろ……うーん……もしかして、〝何時いつもお世話になっている人〟とか?」

「そ、そうだね」

 

 水無月さんは、雨後うご清廉せいれん百合ゆりの花のように、愛らしく綺羅きらびやかな笑顔をまとう。


「それって、誰なんだろ?」

 

 このために、俺の片付けを手伝ったんだね! ギミック活用力がスゴイや!!


「……さそってくれるよね?」

 

 揺れる影のように、水無月さんは音もなく俺に身を寄せる。


「誘って……くれるんだよね?」

 

 人間の声帯が出せる声じゃねぇ!!


「水無月さん! 良かったらコレ! 誰かと一緒に行ってき――俺と一緒に行こうか!? せっかくだしね!!」

 

 正面から肌を突き刺すような殺意を飛ばされ、俺の口が勝手にペラペラと喋りだし、自動で生存ルートへと突き走る。


「え、本当!? 嬉しい! 楽しみにしてるね!」

「う、うん、俺も楽しみに――」

 

 教室のドアのはめ込みガラスに、べったりと両手と顔をくっつけて、中をのぞき込んでいる二つのひとみ――ブツブツと何かをつぶやいている由羅と目が合って、俺の口と思考が止まった。

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