第三章 ヤンデレ育成計画

遊園地は、死への近道だよっ!

 ジェットコースターが急降下し、観客たちが楽しそうな悲鳴を上げる中、俺は遊園地内を駆けずり回っていた。


「次は!? 次はどこだ、マリア!?」

「ちょ、ちょっと、待ってよ! コッチだって、混乱してて……み、水無月結みなつきゆいと『水道滑り』のアトラクション前で待ち合わせ! その三十分後に淑蓮すみれちゃんと『ハイランドゴー』に乗る予定で、由羅ゆら先輩はもう『イカ回転』の前で待機してる!!」

「無理だろ!!」

「知らないわよ!! でも、やらないと終わりなんでしょ!?」


 電話口に叫ぶと、同じような絶叫ぜっきょうが返ってくる。


「水無月結も淑蓮ちゃんも勘が良いし、由羅先輩だって、あんたの変化には目ざとい! 下手な誤魔化し使えば、直ぐにゲームオーバーだよ!」

「なんで、なんで……!」

 

 汗だくになりながら遊園地内を駆け抜け、死を間近に感じながら、俺は必死にアトラクションを目指す。


「なんで、こうなった!!」

 

 ヤンデレとのデートが〝三重予約トリプルブッキング〟した俺は、その事実を隠し通して、今日を乗り切れる気がしなかった。




「ココに遊園地のチケットがある」

「え、なんですか、その話の切り出し方?」

 

 由羅と一緒に職員室に呼ばれた俺は、ストーカーの件が解決したことを報告し、雲谷うんや先生からチケットを差し出されていた。


「あ? お前ら二人、付き合ってるんだろ?」

 

 先生がそう言った瞬間しゅんかん、隣にいた由羅は顔を真っ赤にして、前髪をいじくりくりながら俺のほうをチラチラと視た。


「いや、どういう誤解ですか?」

「さっき、お前、『コイツは、俺が幸せにします』ってプロポーズまがいのこと言ったろ」

「いや、とある人物と約束したんで、そのことを宣言しておこうと思いまして……でも、幸せにするにしても、別に俺じゃなくても良いわけでして」

「どういう意味だ?」

「俺が、コイツを真人間ノット・ヤンデレにします」

 

 生徒から貰ったらしいお土産みやげのマッサージ器具を肩に当て、先生は三十路みそじらしく「うぅ~ん」と年寄りくさい唸り声を上げた。


「確かに衣笠の変わりようには驚いたし、うちの校則が緩いとは言え、学校には黒髪ウィッグをつけてきて貰うのも困るんだが……桐谷もんだいじに任せるというのは嫌だな……」

 

 本音、れてんぞ。


「衣笠はどうしたい?」

 

 水を向けられた由羅は顔を覆い隠している髪の隙間から、何度もこちらを瞥見べっけんし、そっと俺の袖を指でつまんだ。


「あ、アキラ様と一緒にいたいです……」

「なに? アキラ様?」

 

 俺は慌てて、由羅の口をふさぐ。


「ご主人様プレイ!! ご主人様プレイしてるんです!! 朝も昼も夜も、コイツは俺の奴隷なんです!! だから、何の問題もありません!!」

「問題しかないだろ」

 

 誤魔化し方、素で間違えたわ。


「おふざけも大概たいがいにしておけよ、桐谷。冗談の通じない教師だったら、一発、生徒指導室行きだ」

 

 話の通じる年齢みそじで良かった。


「とりあえず、遊園地のチケットはお前たちにやる。ホレ」

「え、良いんですか?」

 

 最近、市内にできたらしい遊園地のペアチケットを受け取り、俺はスマートフォンを取り出して金券ショップのホームページを開く。


「なにしてるんだ?」

「いや、せっかくだから、売ろうと思っ――すいませんでしたぁ!! 由羅といってきまぁす!!」

 

 回転椅子を持ち上げた雲谷先生の目には、本物の殺意が混じっていた。


「衣笠にも確認するからな? もし、お前が、衣笠と行かなかったようなら、チケットを売却ばいきゃくしたと見做みなして、テメェをブチのめす」

 

 教師が生徒に向けていい言葉じゃねぇ!!


「せ、せんせい……あ、ありがとうございます……」

「いや、構わん。お前も私にとっては、大事な生徒だ」

 

 ぽんぽんと由羅の頭を叩き、先生は優しげな笑みを浮かべる。


「楽しんでこいよ、衣笠」

「は、はい……」

「アッハッハッハ!! 今、考えたら、ペアチケットを生徒にやるって、雲谷先生、彼氏いないってことじゃん!! アッハッハッハ!! この事実に気づいたら、笑いが止まらな――止まったわ」

 

 机を持ち上げた雲谷先生を、男性教諭きょうゆたちが三人がかりで止めている光景は、実にシュールだった。




 職員室から辞退じたい(逃走)した後、急に由羅の呼吸がおかしくなり、その場に座り込んで苦しそうに顔をゆがめる。


「お、おい! どうした由羅!?」

「あ、アキラ様といると……む、胸が苦しくなって……う、嬉しいのに、と、とても切なくて……」

 

 由羅は胸元に忍ばせていた、俺の顔面からとった生者顔アライブマスクを取り出し、唇の部分をちゅっちゅっと吸う。


「アキラ様……アキラ様……す、好きです……おしたいしてます……」

 

 いつの間に型とったの、ソレ?


「ていうか、お前、昔みたいに『アキラくん』って呼べよ」

「ぼ、ボクにとっては、アキラ様は神様みたいな存在なのは変わらなくて……ま、真理亜も、それを望んでると思うし……ぐ、グッズ展開も始めるつもりです……」

 

 なんで、お前らって、かたくなに許可をとらないの?


「いや、マジでやめ――」

桐谷彰きりたにあきらァ!!」

 

 背後から飛んできた硬式球をスウェーでかわし、俺は飛び込んできたマリアを受け止めて胸を揉む。


「ふ、ふざけんな!! あ、頭おかしいんじゃないの、アンタ!?」

 

 由羅とは正反対の快活かいかつさとお洒落しゃれさをそろえた衣笠麻莉愛マリアは、小さい体躯たいくを両手で隠しながら、怒りとも照れともとれる頬の赤らめ方をし、俺へと抗議こうぎ眼差まなざしを送ってくる。


「お前が一番嫌がるのは、セクハラかなと思って……」

「死ね!! ホントに死ね!! 由羅先輩の件でちょっと見直してたのに、やっぱり、あんた嫌い!!」

「借りは十倍にして返す主義であって、別に俺は優しい人間でも何でもないぞ」

「ともかくっ! 由羅先輩には、金輪際こんりんざい近づくな!!」

「アキラ様……あ、愛してます……アキラ様……一生、お側にいます……」

 

 現実を認知にんちしろよ。


「ていうか、あんた、教室に戻らなくていいの?」

「え?」

 

 目線をそらしながら、マリアはつぶやく。


「その……大変なことになってるよ?」

 

 嫌な予感がして、俺は駆け出した。

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