由羅と真理亜の決着

 放たれた三人分の殺意を受け、マリアはたじろいだ。


「まぁまぁ、落ち着け」

 

 一度でも、誰かが〝噴火〟すれば、その時点でさよならバイバイである。そうなったら困るのは俺なので、マリアをかばうように前に出る。


「悪いのは俺だ。コイツは、キッカケを作ったに過ぎないだろ?」

「なにを当たり前のこと言ってんですか!? 全部、アンタのせいだ!!」

 

 事態じたいを悪化させるお口は、拳でふさいじゃうぞ~?


「アキラくんが、善意でやったってことがわからないかな? たった1000円ぽっちで衣笠由羅きぬがさゆらのイジメを解決して、アナタって言う友だちまで紹介してあげたのに、結果が悪かったらアキラくんのせい? バカなの?」

 

 なんで、そんなこと細やかに事情知ってんの?


「だ、だとしても、コイツが勘違かんちがいさせるような真似しなければ――」

「はぁ? お兄ちゃんの善行ぜんこうを勝手に勘違いしたのは、その人なんですよねぇ? そもそも、アナタが手紙をきちんと届けてれば、何事もなく済んだんじゃないのぉ? 責任転嫁せきにんてんかしたいだけなんじゃないですかぁ?」

 

 こういう時だけ、仲が良いんだね。


「由羅先輩! あたしは、先輩のことを想って!!」

「ま、真理亜まりあがボクを裏切るわけない……に、偽物だ……お、お前は、真理亜の偽物だ……!」

 

 ハッとしたかのように、由羅は立ちすくむ。


「だ、だとしたら、あの日、アキラ様にフラれたのは……? あ、アレ……? ま、真理亜が……あ、アレ……お、おかし――」

由羅ゆら

 

 俺が名前を呼ぶと、ゆっくりと彼女はこちらを向いた。


「俺はお前をフッてない。それにマリアは、お前を裏切ってもない。大好きなお前を助けたい一心で、大嫌いな俺の信者を続けていたくらいだ。

 コイツは、お前の友だちだよ」

「あ、アキラさ――」

「アキラくんだろ?」

 

 久しぶりに、俺は打算ださんなく微笑ほほえんだ。


「やり直そうぜ、お前の恋心。

 告白しろ、こたえてやる」

 

 死んだな! 間違いなく死んだな! 自業自得じごうじとくとは言え、死んだな! ワンチャン、由羅を連れて、水無月みなつきさんから逃げるしかないな! まぁ、やしなってもらえればなんでもいいわ!


「ゆ、由羅先輩……」

 

 よどんだ瞳が晴れ渡って、誤解ごかいが解けたことを示すかのように、衣笠由羅は涙を流すマリアを見つめる。


「ど、どうして、ぼ、ボクなんかと……ずっと一緒にいてくれたの……? ど、どうし――」

「当たり前じゃないですかぁ!!」

 

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、マリアは大声で叫んだ。


「友だちですよ!? 初めて、自分を隠さなくても良いと思った相手ですよ!? 幸せになって欲しいと思うじゃないですか!? 一緒にいたいと思うじゃないですか!? 大好きだっておもっちゃダメなんですか!?」

「ま、マリア……?」

 

 きっと、初めて、彼女は〝現実の友だちマリア〟を呼んだ。


「はい……っ!」

 

 マリアは、由羅を力強く抱き締める。


「マリアです……衣笠麻莉愛です……あ、あたし……先輩と同じ名字の衣笠麻莉愛です……!」

 

 涙で濡れた顔を上げ、彼女はニッコリと笑った。


「やっと、コッチを見てくれましたね」

 

 〝泣く〟ことを覚えた衣笠由羅は、くぐもったうめき声を上げながらマリアを抱きしめ、彼女の胸にすがり付いて涙を流した。


 数分後、ようやく泣き止んだ由羅は、すっと立ち上がって、真っ赤な両目で俺のことをとらえる。


「あ、アキラくん、ふ、二人で話したいんですが……」

「あぁ、構わない」

 

 我が物顔でついてくる二人を、俺は両手で押しとどめる。


「俺を信じてくれ。絶対に戻ってくるから(大嘘)」

「アキラくんの優しいところは好きだけど……裏切らないでね?」

 

 地獄に逃げても、追いかけてきそうだねこの人。

 

 由羅の後について、閑散かんさんとした住宅街の通りにまで足を運ぶと、彼女は黒髪ウィッグを外し真理亜として微笑びしょうした。


「桐谷には、お別れを言っておこうと思って」

「……消えるのか?」

 

 それが最善だと言わんばかりに、彼女は満面の笑みを浮かべる。


「俺のヤンデレセンサーに反応しなかったところを見ると……お前と由羅は、別人みたいなものなんだろ?」

「そうだね」

「どうして、消える必要がある?」

「運命だから」

 

 いぶかしげに眉をひそめると、真理亜はくすくすと笑った。


「桐谷のお陰だよ。アナタが現実の麻莉愛あの子を連れてきてくれたから、空想の真理亜あたしは要らなくなった」

「それを言うなら、俺のせいだろ?」

「違う」

 

 真剣な顔つきで、空想の彼女は俺を見つめる。


「あの子は、現実を見つめ直す必要があった。だから、あたしは後輩の女の子マリアと協力しながらあの子と入れ替わって、自作自演マッチポンプでアナタの心を手に入れようとしたの。

 黒髪ウィッグの付け外しで、人格交代が出来るのはわかってたから」

「俺への想いが満たされれば、由羅が元に戻ると思ったんだな? そのために、マリアに由羅の格好をさせて二人いるように見せかけ、自作自演マッチポンプで俺の心を手に入れた後に〝由羅を真理亜にしようとした〟。

 お前が消えて黒髪ウィッグを外せば、残るのは俺が恋した彼女だけって寸法か」

「そう。でも、失敗しちゃったけどね」

 

 あめむち――真理亜が飴で、由羅が鞭か……由羅の恐怖で俺を追い詰めて、真理亜の優しさで俺を手に入れるつもりだったんだろう。


「桐谷の下駄箱に髪と爪を入れたのもその一環いっかん……あの黒髪はウィッグで、つけ爪で爪の長さを誤魔化ごまかしてた」

「なら、お前の目的は、俺の監禁じゃなくて――」

「由羅の心を取り戻すこと」

 

 晴れ渡った青空の下で、真理亜は気持ちよさそうに笑った。


「それが叶った今、空想の友だち真理亜はもう要らない。だって、もう現実の友だちマリアがいるんだから」

 

 心底しんそこそう思っているのか、彼女の顔つきにはうれいひとつない。雲一つない晴天を思わせる、快活かいかつとした笑顔だった。


「なぁ」

「なに?」

「俺がお前の恋心を受け入れれば、お前は消えずに済むんじゃないのか? そうすれば、由羅にとってお前は必要不可欠になる」

「でも、そうしたら、桐谷は由羅あの子真理亜あたしを抱え続けることにな――」

「俺はランプの魔人だ」

 

 真理亜は、驚きで目を見張みはった。


「お前の願い――あとひとつ、叶えてやるよ」

 

 数秒の逡巡しゅんじゅんの後、なつかしそうに真理亜は微笑む。


「あの子を幸せにしてあげて」

 

 バカ野郎。


「桐谷、あんたは最低はずれだったけど」

 

 彼女は、そっと俺の頬にキスをした。


「でも、あたしは、桐谷アナタに恋して最高せいかいだったよ」

 

 その言葉を最期に、ふっと表情が消え――意識を失った衣笠が倒れ、俺はそれを抱きとめて真理亜がいなくなったことをさとる。


「お前が願わないなら」

 

 俺は、真っ青な空を見上げる。


「願い事、ふたつにしとけばよかったよ」

 

 澄み渡った空は、この世界から誰かが消えたことに気付かず、綺麗なブルー投影とうえいし続けていた。











「おう、マリアか。

 うん、うん……そうか、上手うまくいったか。あぁ、わかってる。礼はいい。私がやったのは、他の先生を経由けいゆして、〝偽の住所〟を水無月に教えたくらいだからな。無事、片付いたようで良かったよ。なに? その先生をアキラ教の信者ということにしてしまった?」

 

 田舎風景いなかふうけいに溶け込んだ古びた霊園で、スーツ姿の女性が、携帯電話を耳に当てて通話を行っていた。


「まぁ、私の存在をせるように指示したわけだからな……それは仕方ないだろう。後で誤解ごかいは解いておけ。桐谷や水無月がうわさを広めるとは思わないが、念のためにな。え? 桐谷とはしゃべりたくない? そこまで言うなんて、お前、桐谷になにされたんだ?」

 

 電話が切れた後、女性は煙草たばこに火をけ、煙を肺の奥まで吸い込み――ふと気づいたかのように、墓に向き直って携帯電話を耳に当て直した。


「大丈夫。桐谷彰アイツのことは見守ってるよ。あんたの思うよりも近くでな。あぁ、心配しなくていい。上手くやってるよ」

 

 満足したかのように女性は携帯電話を無造作むぞうさ仕舞しまい、気怠けだるげな表情で煙草をくわえたまま天を仰いだ。


「桐谷」

 

 線香せんこうの代わりに揺れる煙を視線で追い――〝雲谷うんや先生〟と呼びしたわれている彼女はぼんやりとする。


「お前は、どういう未来を選ぶんだろうな?」

 

 彼女の吐いた紫煙しえんは、つか宙空ちゅうくうで踊り、音もなく消えていった。

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