これっくらいの おべんとばこに ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ちょいとつめて

「お兄ちゃん、ソレ、絶対に開けちゃダメ」

「え、なんで?」

 

 純黒じゅんこくの弁当箱の対処に困り果てた時、淑蓮すみれからの定時連絡が入り、メールで相談してみると電話がかかってきた。


「間違いなく、昨日のヤバイ奴からの〝贈り物〟だから。

 今日、迎えに行くって、言ってたんでしょ? さらうのにお兄ちゃんの意識はないほうが良いし、〝何かしら〟の薬物が混入こんにゅうしてると考えた方が良いと思う」


 俺は、政府要人せいふようじんか何かか?


「でも、気になるんだよ。午前中の勉強なんて、手がつかなくてさ。不気味に、水無月みなつきさんもからんでこないし」

 

 直ぐにでもぶち殺されそうだと思っていたが、学校での水無月さんは、殊更ことさらに俺を意識せず、まるで問題のない常人のように振る舞っていた。


「……擬態カモフラージュか」

「え?」

「水無月先輩が、本気でお兄ちゃんを監禁かんきんしようと企んでるなら、絶対に尻尾しっぽを出さないようにするんじゃないかな。万が一にも、自分が犯人だと疑われないように、お兄ちゃんへの好意をひた隠しにしてるんだと思うよ」

「でも、先生の前では、そんなもん隠そうとしてなかったよな?」

「自身の嫉妬しっとがコントロールできてないか……もしくは、私を相手にする時みたいに〝敵対視〟してるか……どっちかじゃないかな?」

「水無月さんが、雲谷先生うんやせんせいを敵対視? なんで?」

「わかんない。私からすれば、願いを叶えてくれる便利な道具としか思えないけど」

 

 人の担任をひみつ道具扱いするな。


「てゆーか、お兄ちゃん。携帯の中身、ちゃんと見てくれた?」

「見た。さすがに、ブラコンにもほどがあると思うよ」

 

 妹から「絶対に確認してね!」と言われていたSDカードの中には、数千枚の俺の写真が封入ふうにゅうされていた。


「だって、私、お兄ちゃんのこと、愛してるんだもん!」

 

 その愛の重さバイト数が、俺を押しつぶすからやめろ。


「数分ごとに、メール送るのもやめてくれ。いい加減、うっとおしい。好きだの愛してるだの、兄に向けていい言葉じゃねぇから」

「着信も聞いてくれた?」

 

 数々の迷惑行為を改めるつもりはないのか、溌剌はつらつとした声が響いてくる。


「何が悲しくて、メールが届く度に、自分の『好きだよ』音声を聞かないといけねぇんだよ。しかも、アレ、『好きだよ』の次は『シチュー』だろ」

「普段から、どれだけお兄ちゃんのことを愛してるか、知って欲しかったの! ドキドキした?」

 

 妹がイカれてるんじゃないかってドキドキした。


冗談じょうだん程々ほどほどにな?」

「はーい! お兄ちゃんの言うことは聞きまーす!

 そんな私のこと、好き? 愛してる?」

「いや、別に」

 

 カチカチカチカチ――カッターの刃を伸ばす音と、過呼吸かこきゅうを起こしているらしい喘鳴音ぜんめいおんが電話口の向こうから届く。


「好き。愛してる」

 

 棒読みで告げると、耳にからみつくような、ねっとりとしたささやき声が耳孔じこう侵入しんにゅうしてくる。


「私もだよ……お兄ちゃん、好きぃ……愛してるよぉ……」

 

 まがい物の愛におぼれるとは、あわれなヤツだ。


「じゃあ、切るわ。アドバイス、ありが――」

「ダメ!! 切ったら、今直ぐに死ぬよ!?」

 

 すげぇ……指先ひとつで、一人殺せるわ。


「ずっと、通話状態にしてて。それで、耳元で『愛してる』ってささやいて。そしたら、私、良い子でいられるから」

 

 教室に戻った俺は、ボイスレコーダーに『愛してる(棒読み)』と吹込ふきこみ、リピート再生にして、机の中に携帯電話と一緒に放り込む。


「お、お兄ちゃん……し、幸せすぎて……わ、私、あ、頭おかしくなっちゃったかも……だ、だって、さ、さっきから、お兄ちゃんの声、全部同じに聞こえる……す、すごいよぉ……」

 

 妹は扱いが楽で良いなぁ。

 

 昼休み、水無月さんは、生徒会のメンバーと生徒会室で食べるのが常で、今日も教室にはいないようだった。


「やれやれ、やっと人心地ひとごこちだ」

 

 俺は真っ黒な弁当箱を机の上に置き、そしてふたを開く。


「あ、やべ! ナチュラルにひらいちまっ――」

 

 大量の黒髪に血液をえているものが視え、俺はそっと蓋を閉じて、ゴミ箱へとダンクシュートする。


「想像の斜め上を行くヤバさだわ……ヤンデレをめてたわ……料理に混入とかいうレベルじゃないわ……胃にダイレクトに届くヤツだわ……」

 

 黒髪100%!!(血液成分含有がんゆう)

 

 思わずダンクしたが、さすがに、教室のゴミ箱に捨てっぱなしにするわけにもいかな――強烈きょうれつな〝視線〟を感じ、振り向くと衣笠きぬがさ真理亜まりあが立っていた。


「ソレ、捨てたの?」

「……いや、捨ててない」

 

 なんだ、この違和感いわかん? 今までとは、雰囲気ふんいきが違うのか?


 俺は弁当箱を拾い上げ、中身があまり散らばらずに済んだソレを確かめると、蓋の裏側に手紙が付着ふちゃくしていることに気づく。




 アキラ様へ


 本尊ほんぞんを迎えるに当たり、ボクの生気を含んだ〝部品〟をお送りしました。ぜひ、食して下さい。そうすることで、ボクの愛がアキラ様に伝わり、ボクがアキラ様の敬虔けいけんなる信徒しんとであると気づかれる筈です。

 アキラ様、おしたいしています。愛しています。アナタ様への愛は神々こうごうしく、ボクを包み込んでいます。

 

 ボクは、永遠とわにアナタ様のおそばにいます。




 あ、この人、もう手遅ておくれだ!


「ね?」

 

 手紙を読み終えたタイミングで、衣笠はもじもじとしながらささやく。


「ちょっとさ……放課後、一緒に来てくれない?」

 

 ほほを染める彼女は――左手首に、白い包帯を巻いていた。

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