掴め!! 生存ルート!!

「本当にごめんなさい!!」

 

 生徒指導室で、雲谷うんや先生と俺に頭を下げるギャルは、申し訳なさそうに顔を曇らせていた。


「あたしが、桐谷きりたにくんの下駄箱に、髪の毛と爪を入れました。ずっと彼のことが好きで、我慢がまんできなかったんです」

「……どうだ、桐谷?」

「どうだも何も、犯人はコイツじゃないですよ。あのですね、コイツからは〝気〟が感じられないんです。

 俺の生存本能をてる狂気が、圧倒的に足りてない」

「桐谷、ちょっと」

 

 先生と連れ立って指導室を出ると、26歳の彼女はため息をいた。


「つまり、桐谷。お前は、あの子が自分のストーカーだとは思えない。そう言いたいんだな?」

「当然ですよ。

 だって、そもそも――」

「髪の毛の色が違う」

 

 生徒指導室の外に居たらしい水無月みなつきさんは、勉強用の眼鏡をかけていて、髪型をポニーテールに変えていた。


「アキラくんの下駄箱に入ってた髪の毛、アレは〝黒髪〟だったって話ですよね? でも、彼女は髪の毛を染めているようですし……それに、爪だって、マニキュアがえるように伸ばしている。

 アキラくんの下駄箱に、髪の毛と爪が入れられたのは直近ちょっきんで二日前。だとすれば、彼女が、自身の髪と爪を入れたと考えるのは難しいのでは?」


 さも当然のように、急に出て来るのやめて?


「水無月、盗み聞きとは感心しないな」

「先生を呼びに来たんですよ。朝のホームルーム、そろそろ始まりますから」

 

 失念しつねんしていたらしい雲谷先生は「しまった」と、小声でささやいた。


「すまん、桐谷。また後で話そう。

 衣笠きぬがさ! 放課後は、時間があるか?」

「え? ぁ、はい」

 

 よほど怖いのか、ギャル――衣笠真理亜きぬがさまりあは、水無月さんのことを凝視ぎょうしして震えている。


「なら、放課後だ。私は職員室に寄っていくから、お前らは、直ぐに教室に向かえ。おくれるなよ」

「そういうことだ、遅れるなよ」

 

 先生のすそつかんで付いていくと、振り向いた26歳独身に軽く殴られる。


「話、聞いてたか? 先に教室に行け」

「やだやだやだぃ! 先生と一緒に行くんだぁい!」

 

 一緒に行かないと、死ぬんだぁい!


「アキラくん」

 

 ぎょっとするくらいの握力あくりょくで、水無月さんは、俺と先生のつながりを物理的にる。


「雲谷先生に、迷惑かけちゃダメでしょ……ね?」

 

 眼力がんりきがすげぇ!! 視線で人を殺せる!!


「衣笠ァ!! 何ボケっとしてやがる!! 一分後の俺たちの生き死には、この御方おかたにぎってるんだぞ!?」

「え、あ、え?

 せ、せんせ!!」


 ようやく現況げんきょうを理解したのか、衣笠は椅子から立ち上がり、雲谷先生の前に飛び出して両手を広げる。


「う、雲谷せんせ! あ、アイツ! あの子、スタンガンもってるよ!」

 

 おいおーい! 水無月さんヤンデレが、そんなミスするわけねぇだろぉ!?


「……スタンガン? どこに?」

 

 ニッコリと笑った水無月さんが、余裕綽々よゆうしゃくしゃく物腰ものごしで問いかける。


「え? ぽ、ポケット、とか?」

 

 水無月さんがポケットを裏返し、ニコニコと笑う。


「衣笠、下らないことをするな。桐谷のバカに付き合ってやる必要なんて、どこにもないんだぞ?」

 

 これから、先生を呼びに行くのに、スタンガンを持ち歩くわけがない……雲谷先生へのうったえが無駄だとわかると、衣笠はこちらに向かって声を張り上げる。


「ちょ、ちょっと! 桐谷から、手、離しなよ!」

 

 自分の足で、地雷撤去じらいてっきょするとか正気しょうき


「……は?」

 

 水無月さんが笑うのを止めて、首をかしげながら衣笠をめつける。


「はぁ?」

 

 言葉にめられている殺意の重さに、衣笠がたじろいで数歩後ずさり、助けを求めるかのように俺を視る。


「水無月さん、助けて!! あの女、俺のことを物欲しそうに見てくる!!」

「た、助けようとしてあげたのに! あんた、裏切るの!?」

 

 いや、お前は、事態じたい悪化あっかさせただけだ。


「あ、アキラくん……か、可愛かわいい……甘えちゃって……う、うん、ゆいの胸に、もっと頭、押し付けても良いよ……?」

 

 あ、イケるわ!! 生存ルート、掴んだわ!!

 

 俺が物狂ものぐるいで、水無月さんの両胸に頭頂部とうちょうぶをねじ込んでいると、先生の両腕が伸びてきてがされる。


「お、お前、桐谷、どうした? 熱でもあるのか?」

「熱どころのさわぎじゃないので、先生と一緒に行かせて下さい。土下座どげざして靴舐くつなめるんで、お願いします」

「わ、わかったわかった。もう、好きにしろ」

 

 先生、大好き。愛してる(利用価値的に)。

 

 もう既に逃げたのか、衣笠は姿を消しており、俺は先生にすがきながら職員室経由けいゆで教室まで向かう。

 

 当たり前のように、水無月さんがついてきて怖かった。


「じゃあ、朝のホームルーム、始めるぞ」

 

 どうにか命を拾った俺は、皆の前だと模範的もはんてきな優等生を気取きどっている水無月さんの横に着席ちゃくせきし、一限目の教科書を机の中から取り出そうとして――


「ん?」

 

 見覚えのない、真っ黒な弁当箱を見つけた。

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