ストーカーを名乗るギャル

「だ、だから、本当にあたしがストーカーなんだって!」

 

 ストーカーを名乗るギャルを無視して先に進むと、彼女は必死に追いかけてきて俺のそでを掴む。


「そんなわけねぇだろ。昨日の電話の相手は、本物の〝ヤンデレ〟だ。お前のような、そこらにいるモブじゃない」

「モブ? モブってなに?」

 

 説明する気は毛頭もうとうない俺が歩きだすと、彼女は慌てて追いかけてきて、進路の先で通せんぼをした。


「あ、あたし、ちゃんとヤンデレだから!」

「なら、証拠でも見せてみろ」

「え、えーと……」

 

 ギャルはポケットに手を突っ込み、こちらに水色のブラをチラチラ見せながら、俺の写真を引っ張り出して突きつける。


「あ、あんたの写真! 持ち歩いてる!」

 

 鼻で笑って、俺は先に進んだ。


「ちょっと、まって!! ホント、まって!! 普通、付き合ってもない男の子の写真持ち歩いてるとか、相当重いよ!!」

「掴むな、うっとおしい。お前のような雑魚を相手にしてたら、マジもんのヤンデレを相手にする気がそがれるだろ」

 

 学校には水無月みなつきさんがいるし(しかも隣の席)、その上であのラリってる『アキラ様本尊ほんぞん主義』を相手取らないといけない。

 

 日常に屈するわけにはいかないのだ。


「そもそも、昨日と口調が違い過ぎる。一人称は『ボク』だったはずだし、俺に対する二人称は『アキラ様』だった。もっとたどたどしいしゃべかたの上に、信仰の上に成り立つパワーワードの使い手の筈だ」

「人は変わるから!」

 

 ヤンデレは、変わらねぇよ。


「ともかくさ、ちょっとだけでも良いから、あたしの話聞い――」

「アキラくん、その女、誰?」

 

 俺は、無言で駆け出した。


「ちょ、ちょっと! なんで、急に走り出したの!?」

 

 意外と足が速いのか、男の俺に追いついて並走するギャルは、大声を張り上げて疑問を発する。


「黙れ!! 生きたいなら、黙ってこの道を駆け抜けろ!!」

「困ったな」

 

 当然のように脇道から出てきた水無月さんは、俺たちの進行路を見事にふさぎ、憂鬱ゆううつそうな表情で首を振った。


「おはよう、ゆい! ジョギング中に会うなんて奇遇きぐうだね!」

「アキラくん、逃げるってことは、非を感じてるってことだよね? ゆい、アキラくんのことは信じてたのに。朝はとっても良い気分だったんだよ? だって、アキラくんの夢を見れたんだから。でも、それも全部ぶち壊しだ。悲しいな。ゆい、悲しいよ。やっぱり、アキラくんはお外に出しちゃダメなのかな? ダメなんだよ。ゆい、心を鬼にしなきゃ。そうだよね。うん、そうだね」

 

 おーい、会話しようぜ!


「水無月結……? なんか、感じ、違くない?」

「お前、時間を稼げ」

「え?」

 

 俺は、微笑ほほえんだ。


「その間に、俺は逃げる」

「え、なんで、逃げる必要があ――なんで、あの子、朝の通学路で、スタンガン鳴らしてんの!? 頭、オカシイんじゃない!?」

 

 ウエディングソングを鼻で歌いながら、水無月さんはスタンガンで威嚇いかくを行い、真っ直ぐに俺へと突き進んでくる。


「……お前、将来性はあるか?」

「え、なに!? この状況で聞くような質問!?」

「金はどれくらいもってる?」

「え、えと……2350円?」

「水無月さん!! 俺はコイツにたぶらかされたんだ!! 助けて!!」

「えっ、ちょっ!? ち、ちがっ!」

 

 経済能力のないモブに興味はない。


「アキラくんはお仕置きだお仕置きだお仕置きだお仕置きだお仕置きだお仕置きだお仕置きだお仕置きだ……」

 

 ダメだわ!! 俺にしか興味ねぇわコイツ!!


 何か手はないかと探す俺の両目に、前方のバス停に止まったバスの姿が飛び込んでくる。


「来い!!」

「あ、ちょっと!」


 狂気的な笑顔のままで徐々じょじょにスピードを上げる水無月さんは、俺の狙いを察したのか、高校で最も足の速い女子として健脚けんきゃく発揮はっきはじめ――


「あっ!」

「……チッ!」

 

 ギャルの胸ポケットから落ちた俺の写真をむのを嫌ったのか、無理な進路変更を行いスリップした。


「出して下さい!! りと本気で命がかってます!!」

 

 迫真性はくしんせいのある台詞せりふに応じ、戸惑とまどっていた運転手さんはアクセルを踏み込む。


 既に乗っていた生徒たちが、何事なにごとかとざわつくものの、バスはスムーズに発車して俺は安堵あんどした。


「ちょ、ちょっと」

「あ?」

 

 俺とつないでいる手を見下ろしながら、ギャルは恥ずかしそうに、首元から頬までを赤く染める。


「手、離してよ……」

 

 この状況下で、ラブコメできるお前はすげぇよ。

 

 俺が手を離すと、彼女はぱっぱっと空中で手を振って、それから右上の方を見つめながら「な、なんなんだろーねー? あの人ねー?」とわけわからん台詞を口にする。


「アレは――」

 

 妹から借りている携帯電話がバイブで震えて、一通のメールが届く。




差出人:水無月結みなつきゆい

宛先:桐谷淑蓮きりたにすみれ

件名:アキラくんへ

本文:お話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話がありますお話があります




 続けてメールが届き、登録した覚えのないメールアドレスから、同じ内容のメールが何十通も送られてくる。


「本物のヤンデレだ」

 

 学校の隣席りんせきに座る彼女から、どうすれば命を拾えるのかを、俺は真剣に考え始めていた。

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