優等生(ヤンデレ)VS妹(ヤンデレ)

「どうしたの、アキラく――淑蓮すみれちゃん?」

 

 悲鳴を聞きつけた水無月みなつきさんは、目隠しを外し、俺の前に現れた妹のことを値踏みするかのようにめつけた。


「不法侵入だよね? どうやって、入ったの?」

「正規の手順に従って、に決まってるじゃないですかぁ。エントランスの入り口にいる警備員さんに『忘れ物をしたので、もう一度通してもらっていいですか?』って、ちゃんと許可をとってから入りましたよぉ?

 私、お友達作るの得意なんでー」

 

 不穏な気配を漂わせている彼女に対し、淑蓮は頭の後ろで両手を組んであっけからんと答える。


「……鍵は?」

「もしかして、水無月先輩って、お兄ちゃんがいると〝隙〟が出来やすくなるんじゃないですか?」

 

 水無月さん宅の鍵らしきものを揺らしながら、我が家の妹はニコニコと犯罪自慢をする。


「さすがにディンプルキーは面倒なので、ちょっとお借りしちゃいました」

 

 笑う妹に対し、半裸の俺はつい疑問を口走っていた。


「え、ディンプルキーってなに?」

「ピッキングによる不正解錠への対策を施した鍵のことだよ! 私なら開けられるけど、専用のツールが必要だし、時間もなかったから借りることにしたんだ!」

「お前、なんで、そんな知識もってんだよ?」

「お兄ちゃんの部屋の鍵を――防犯のためだよ!」

 

 俺の部屋マイ・ルームの防犯のためとは、泣かせてくれるじゃないか!

 

 感謝を籠めて頭を撫でてやると、皮膚を突き刺すかのような殺気が飛んできて、俺はそのまま横にスライドし何もない空を撫でる。


「なぜ、スペアキーの場所がわかったの?」

「水無月先輩が、教えてくれたんじゃないですかぁ」

 

 さっきから、一度も笑っていない水無月さんは、訝しげに眉をひそめた。


「お兄ちゃんのお古のスニーカーの中……水無月先輩、私を招き入れる時、一瞬だけ目をやりましたよね? 人は何かを隠す時、そちらの方に、どうしても意識を向けちゃうものなんですよ?

 お兄ちゃんへのプレゼントのつもりだったのかもしれないけど、本人のスニーカーの中に隠すとか趣味悪すぎですね!」

 

 にこやかな談笑を行っているかのように、俺の妹は小首を傾げて微笑み――水無月さんの目から光が消える。


「残念だな。わたし、淑蓮ちゃんとは、あんまり仲良くできないかもしれない」


 とりあえず、半裸では死にたくないんで、服着てもいいですかね?


「そもそも、水無月先輩、人のことを言えた義理ですか? 人様のお兄ちゃんを拉致監禁しといて」

 

 悪ぃ! ソレ、俺が頼んだんだわ!

 

 とか言ったら、ただでさえ混沌としている場がぐちゃぐちゃになるので、俺は真剣な顔つきで腕組みをして推移を見守る(非暴力主義ガンジースタイル)。


「愛する人と一緒にいられるのなら、手段なんて選ばないよ?」

 

 それは、えらぼ?


「何を言ってるんですか? 頭がオカシイわけ? 尚更、お兄ちゃんをココに置いていくわけにはいきませんよ」

 

 お兄ちゃん、今、感動してる! 妹の常人ぶりに、感動してるよ!


「本当にクラスメイト全員の家を回っているわけがないし、アキラくんの現在位置の特定方法くらいは検討ついてたけど……あぁ、なるほど」

「……なんですか?」

 

 水無月さんは不敵に笑み、淑蓮は挑戦するかのように彼女を睨みつける。


「アキラくんの前では、良い子ぶってるんだ?」

「……何の話?」

 

 え、ホントに何の話?


「ねぇ、アキラくん、知ってる?」

 

 花弁を押し広げるようにして、水無月さんは、慈しみ深い微笑を浮かべる。


「ゆいが壊しちゃったスマートフォン、データの修復くらいだったら、簡単に出来るんだよ? あの携帯、ゆいが復旧してあげようか?」

 

 彼女は目を細め、俺の妹を視る。


「……もしかしたら、〝イケないもの〟が、勝手に導入インストールされてるのが見つかったりするかも」

「え、ウィルスとかですか? というか、その話、何の関係が――淑蓮? どうした、真っ青だぞ?」

 

 淑蓮は顔を蒼白くして、ストレスが溜まった時の癖である〝爪噛み〟をしながら何事かをブツブツとつぶやいている。


「お兄ちゃんに嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない……お兄ちゃんにだけはお兄ちゃんにだけはお兄ちゃんにだけは……」

 

 爪噛みもそうだが、このブツブツ言う癖も止めて欲しい。良い子の淑蓮ちゃんは、ヤンデレじゃないんだから。


「ねぇ、淑蓮ちゃん」

 

 水無月さんが両肩に手を置くと、淑蓮はポケットに手を入れ、ビクリと身体を浮かした。


「今直ぐせるなら、許してあげるよ?」

 

 水無月さんは笑っていたが、その瞳には敵愾心てきがいしんが灯っている。


「アキラくんにも黙っておいてあげ――」

 

 ポケットから手を出そうとした淑蓮の右手を、ノールックで水無月さんが掴む。


「ポケットから手を出したら、敵対宣告とみなすね?」

「うっ……うっうぅ……」

 

 引きつった声を上げながら、淑蓮は身悶えをした。


「まぁまぁ落ち着け、二人とも。お互いが得する方法を、皆で考えようじゃないか」

「じゃあ、アキラくんを半分個にする?」

「さっきの発言はなしで」

 

 スゴイや!! 発言ひとつで、簡単に死ぬ!!


「ゆい、アキラくんのためなら、なんでもするよ? 淑蓮ちゃん、早く帰ったほうが……なに?」

 

 怯えていた筈の淑蓮がニヤリと笑い、水無月さんはその意味を疑うかのように目をすがめ――


「なんだ? 水無月は、風呂に入る時は水着なのか?」

 

 予想だにしない人が、妹の背後に立っていた。


「お前、桐谷きりたに……人の家で風呂に入るって、はしゃぎすぎだぞ?」

 

 何時いつものジャージ姿のまま、俺の担任が仁王立ちで「よう」と片手を挙げる。


雲谷うんや先生! どうして、ココに!? 婚活パーティーの開催地は、少なくとも、ココじゃないで――んぼっ!」

 

 げんこつをもらい、激痛で俺はその場に屈む。


「ついさっき、淑蓮から連絡をもらって『電話がかかってきたら、水無月先輩の家に入ってきて欲しい』って言われてたんだよ。

 教師が乱入するのもどうかと思ったんだけどな……〝サプライズパーティー〟のゲストとして呼ばれたからには参加せざるを得ないだろうが」

「サプライズパーティー?」

「ん? 淑蓮から、そう聞いてたが? 今日は、水無月の誕生日なんだろう? 私がご両親の代わりになれるかはわからんが、精一杯、祝ってやるからな」

「さっきから何言ってんだ、この年増」

 

 口内に胃液の味を感じてから、俺は考えを口に出していたことに気づいた。


「なんで、両親が滅多に帰ってこないってわかったの?」

「水無月先輩ほどの人が、環境も整えられずに、お兄ちゃんを監禁しようと思うわけないですよね? それに、むき出しのお金を、出しっぱなしにしてちゃダメですよ? 悪い後輩が『コレは夕飯代で、普段からご両親の帰りが遅いんだ』って察しちゃいますから」

 

 淑蓮はポケットから手を出して、自分自身のスマートフォンをひらひらと振る。


「言ったでしょう? 私、お友達を作るの得意なんです」

「でも、わたしとはお友達になれないね」

 

 笑い始めた二人を眺めながら、事態を把握できていない俺と先生はキョトンとする。

 

 何がなんだかわからんが、俺のヒモチャンスはまだ活きてるんだろうか?

 

 そんなことを考えていると、隣に立っていた雲谷先生が、こっそりと俺の方に身を寄せてささやく。


「明日、学校で言おうと思っていたんだが……桐谷」


 先生は、俺を見つめて言った。


「お前に嫌がらせしてたストーカー、見つかったぞ」

「え?」

 

 水無月さんと淑蓮が、同時に笑うのを止めた。

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