ドキドキ(色んな意味で)、初入浴

 風呂場へと案内された俺は、ガン見してくる水無月みなつきさんの前で、直立不動の体勢をとっていた。


「そ、それじゃ、脱いで?」

 

 ついに迫る貞操の危機……一日前の俺だったら、喜んでマッスルボディ(誇張)を見せびらかしていたが、当然、今では身の危険しか感じない。

 

 だが、脱ぐしかない。ご主人様ヤンデレの命令は絶対である。


「かしこまりました」

 

 お気に入りのボクサーパンツは、既に徴収されていたので、ズボンを脱げば息子が『こんにちは!』する。

 

 俺にだって恥じらいはあるので、まずは上から脱ぐことにした。


「うへ、うへへ……うへっ」

 

 なんで、男の俺が恥辱を受けてるんだろう? 普通、逆じゃない?

 

 制服を脱いでシャツを脱ぎ、上半身裸になると、水無月さんは全身をガクガクと震わせる。


「え、大丈夫ですか?」

 

 古い洗濯機かよ、お前。


「だ、だいじょ……だいじょび……だ、だいじょび……」

 

 口元と鼻を覆っている両手の隙間から、真っ赤な鮮血がポタポタと漏れ出て垂れ落ちていく。


「ふぁ……ふぁあ……! あ、アキラくん!! アキラくんが、ゆいの前で……ふぁあ……!」

 

 このままいけば、出血多量で死ぬんじゃなかろうか?


「……ゆい」

 

 試しにマッスルポーズ(フロントダブルバイセップス)を決めると、大量の血液が床に零れ落ちていく。


「……ゆぃい!!」

 

 続けてマッスルポーズ(サイドチェスト)をすると、水無月さんは「アハァアハァハァ!」と吐息を漏らし両目を天に向けた。


「し、死んじゃう!! ゆい、死んじゃう!!」

 

 いや、ホントに死ぬよ。

 

 ヒモの義務として止血を行うと、元気になった水無月さんは、手で目元を覆い隠し「さ、先に入って……」とささやく。


「み、見れない! これ以上、アキラくんを好きになっちゃうと、ゆい、アキラくんに何しちゃうかわからない!」

 

 なんで、いちいち、台詞が剣呑なの?

 

 仕方がないので俺はすっぽんぽんになると、水無月さんは当然のような顔をして、俺の服をスーツケースに収納する。


「あの、制服は高いんで、勘弁して貰いたいんですけど……」

「えっ!?」

「なんでもないです」

 

 今の脅迫顔、完全にトラウマです。ありがとうございます。


 背後のヤンデレに怯えつつも、俺は浴室へと足を踏み入れ、感嘆の息を吐く。


 さすがは高級マンションだけあって、バスルームは大理石で囲まれており、見事なまでに磨き込まれていた。浴槽は十二分に広くスペースがとられ、ジャグジーも完備されている。


「……勝った」

 

 俺は、全裸で、ヒモとしての勝利を噛み締めた。


「あ、アキラくん」

 

 湯船を点検していた俺は、名前を呼ばれて振り向く。


「は、入っていいかな?」

 

 すりガラス越しに、全身が映っていた。

 

 なんだかんだ言って、俺は女の子とお付き合いをしたことがない。当然、女性と一緒にお風呂に入ったこともない。

 

 神経の図太さに定評のある俺だが、相手はあの水無月結みなつきゆいだということもあり、緊張で掌にじっとりとした汗をかいていた。


「ど、どうぞ、お入り下さい」

 

 タオルで股間を隠し、俺はそっと呼びかける。


「し、失礼します……」

 

 入ってきたのは――目隠しをして、スタンガンを構えた水無月だった。


「あ、アキラくんの裸、視ちゃうと、ゆい倒れちゃうから……手を叩いて、こっちだよ~って教えて? ね?」

 

 ヤンデレ、こちら。手のなる方へ(即死)。

 

 さすがに素肌を晒すのは恥ずかしかったのか、スクール水着を着込んだ水無月さんはふらふらとこちらに向かってくる。


「な、なんで、スタンガンを構えてるんでしょうか? 風呂場に持ち込んではいけないもの、ベストテンに入ると思うんですが?」

「大丈夫だよ、ちゃんと充電したから!」

 

 ヤンデレって、会話すらできないの?


「アキラくん、どこぉ?」

 

 バチバチバチバチ――スタンガンが、危険極まりない音を鳴らす。


「ゆいはここだよ……抱きしめて……」

 

 死の抱擁ですか?

 

 長く艶めいた黒髪を右に左に彷徨わせ、一歩、また一歩と俺の方へと進んでくる。


「えへ、えへへ……気絶したら、介抱してあげるから……動かないアキラくんなら、裸視ても大丈夫だよね……」

 

 嬉し恥ずかし初入浴、とか考えてた俺の純情を返せよ。なんで、男の俺より欲望が渦巻きまくってんだ、お前。

 

 ジリジリと迫るヤンデレ、追い詰められる俺――窮地に陥った俺は、たったひとつの解決法を導き出す。


「ゆい!!」

「え、え?」

 

 俺が腰のタオルを剥ぎ取って投げつけると、ソレは見事にヤンデレの頭に着地する。


「俺は、今、全裸ですよ!! 全部、視えてますよ!!」

「えっ!? ぇえ!?」

 

 あからさまな興奮を示した彼女は、鼻息を荒くしながら両手で宙空をかき回す。


「スタンガンなんて捨ててかかってこい!! その両腕で、俺のことを抱きしめてみろ!! 全裸だぞ、全裸ァ!!」

「ぜ、全裸……は、裸……あ、アキラく、アキラくんの、全裸……ぜ、全裸……」

 

 右の鼻から血がたらりと流れ――水無月さんは、スタンガンを放り捨て、グラップラーを思わせる凄まじい動きで俺に飛び込んでくる。


「フッ!」

 

 俺は全裸で前方に転がり、スタンガンを回収した後、水無月さんの頭から取ったタオルで股間を隠す。


「……ヒモを舐めるなよ?」

 

 俺は小声でささやき、あらぬ方向に手を伸ばして、未だに自分を探し続けている彼女を残し浴室から外へと出る。

 

 棚の上段にあったバスタオルを颯爽と腰に巻く俺だったが、現状の危機を脱しただけで、後で殺されるのは確定ボーナスな気がした。


「仕方がない。一度、家に戻るか。

 明日にでも、クールダウンした水無月さんとヒモ契約を結び直せばいいだろう」

 

 やれやれ、大変なことになってきたなと思いつつ、ダイニングルームへと続く扉を開け――


「迎えに来たよ、お兄ちゃん」

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 目の前に立っている妹にビビって、腰を抜かした。

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