第27話
「この映像を観て、お前さんはどう思った?」
「正直言って、スゴいと思っております」
まさか体格のある相手を倒してしまうとは、思いもしてなかった。
「そうじゃ。これがさっき言った春人の才能じゃ。彼奴が格闘家になっていたら、スゴいところまで上がっていたとワシは思っておる」
「私も思います」
それに加えて自分の息子を心配するのではなく、虐めていた相手を心配する理由が分かった。
恐らく、同年代の子が彼と喧嘩になったら間違いなく春人くんが勝つ・・・・・・いや、もしかしたら後遺症を患ってしまうほどの怪我を負ってしまう可能性だって考えられる。
「本当にあの家族がこの才能に気づけなかったのなんて・・・・・・」
春人くんが不憫でならない。
「それで、話の続きをしても良いじゃろうか?」
「ああ、はい。どうぞ」
「その時からあの子の才能が認められて、色んなところに引っ張りだこになったんじゃ。スパーリングの相手から、実戦向け格闘の手本。サバイバルの指南ものぉ」
「指南って、その時いくつだったんですか?」
「映像と同じ十三歳じゃ」
十三歳で人の指導をするって、天才としか言い様がない。
「そして、十四歳になる前に父親の身元が判明したんじゃ。ワシは春人に向かって会いに行くか? と言ったら 話しておきたい事があるから会いに行く。 と言ったんじゃ」
父親と再会? しかも話しておきたい事?
「春人くんは父親になんて話したんですか? って言うよりも、父親は行方不明だったんですよね。一体どうしていたんですか?」
「彼奴は失踪してからは色んなところを転々とした後、ホームレスになり駅近くの高架下で生活していたらしいんじゃ。皮肉にもその場所は、春人が・・・・・・いや、彼奴自身が買った高級マンションのすぐ側じゃった」
「はぁ」
どうして、そんなところに居たんだろうか?
「彼奴は、春人を見かけると 秋斗? と言ったんじゃ。恐らくは心のどこかで秋斗が生きているんじゃないかと思っておったんじゃろう。
しかし、秋斗じゃなく春人だと気づくと、彼奴は縋りついたんじゃ」
「縋りついた? どういう事ですか?」
「その才能があれば俺自身もやり直せる。だから俺と組まないか? と言ったんじゃ」
・・・・・・ゲスだ。落ちぶれた挙げ句に縋りつくなんて。
「ワシはもちろん春人自身も怒りを感じて、父親をぶっ飛ばしたんじゃ。その後に春人はこう言ったんじゃ・・・・・・母親も秋斗も、全部お前のせいで死んだと」
まぁ、話を聞いていればその言葉は妥当だと思える。
「それに続けざまにこうも言ったんじゃ。 あの母親は精神病院で自殺をした。そしてお前とっての自慢だった秋斗は遊んでいて死んだんじゃない。 “アンタら二人から逃げる為に、あの橋から飛び降りたんだっ! ”とな」
「・・・・・・・・・・・・え?」
今この人、秋斗くんが自殺って言わなかった?
「ちょっ、ちょっと待ってください! 秋斗くんは橋の上で遊んでいたら、落ちてしまったのが原因のはずでは?」
「ああ、話を聞いていたワシも驚いていたよ。その経緯もその場で全てを話してくれたよ」
甲信さんはそう言うと、お茶を一杯飲んでから話し始めた。
「秋斗は両親から過剰とも言える様な勉強をさせられ続けて来た。それと同時に、両親の目を気にせずに生きていられる春人の事が、憎いとも思っておったそうじゃ」
「そう、なんですか? 私からして見れば両方とも可哀想な環境にいると思いますが」
「井の中の蛙と言うべきか。秋斗と春人は家族内の人間しか見た事なかったから、互いの事を勝手に認知をしていたんじゃろう」
「互いの事を勝手に認知。じゃあ春人くんは秋斗くんの事をどう思っていたのですか?」
「両親に愛されている優等生だと、真実を聞くまでそう思っておったそうじゃ」
真実? って事は。
「春人くんは、誰かから秋斗くんの死因について聞いたんですか?」
「ああ、聞いておった。父親と会う日の四年ぐらい前かのぉ。春人が一人で秋斗が亡くなった場所に行き、花を手向けようしたら同い年の子に話しかけられたんじゃ。その子が・・・・・・」
「秋斗くんの友達ですか?」
私がそう言うと、甲信さんは身体をピクッと反応させた。
「そうじゃ。秋斗にとっての数少ない友人じゃ。その子が春人に向かってあの日の真実を話したそうじゃ」
「あの日の真実」
「秋斗が亡くなる日。両親からの重圧に堪え兼ねた秋斗は、小学校の帰り道を外れて橋の方へ向かった。
その時、偶然にも秋斗の友人が目撃していて、不審に思いながら後をつけて行ったそうじゃ。
橋に着いたらボーッと空を眺めていて、 なにをしている? と聞いたら、 もし僕が鳥になれたら、沖縄まで飛んで行ってみたいなぁ。 と訳の分からん事を言い出したんじゃ」
「・・・・・・はぁ」
私も意味が分からないと思ってしまう。
「その後、つけて来た友人に向かってこう言ったんじゃ。 キミにお願いがあるんだ。僕が手すりに登っていたら、足を滑らせたって 説明してちょうだい。 とな。その後すぐに手すりに登り、頭から飛び降りたらしんじゃ」
「・・・・・・ウソですよね?」
「ウソじゃない。現にワシも信じられなくて本人に確認を取ってみたら、今だから言うけど、あれは手すりから足を滑らせたんじゃなくて自殺だった。って話をしてくれたんじゃ」
「そうなんですか・・・・・・ん?」
ちょっと待って。彼が自殺を選ぶって事は。
「まさか、秋斗くんは両親の束縛から逃げられないと思ったから自殺を選んだ?」
「その通りじゃ」
「歪んでる!」
両親の子供に対しての愛情や考え方は、私の知っている家族像じゃない。
「お主の言う通り、春人の家族は歪んでいた」
「そうですか・・・・・・」
「話の続きになるが、彼奴は妻や秋斗が死んだ原因が自分と知った途端、その場で泣いておった。
恐らく気づいたんじゃろうな。自分がもっとしっかりしていたら、こんな事にもならなかったし、何よりも秋斗に注いでいた愛情が秋斗自身を苦しませていたんだと」
そうか。彼とその母親は秋斗くんに良い会社に入って充実した人生を送って欲しかった。だから過剰な勉強を与えていた。けれどそれは違っていた。
その勉強は彼に取って苦しめていただけに過ぎないし、なによりも彼自身の子供としての尊厳を壊していた。
「秋斗くん、それに春人くんも両親の被害者だったんですね」
「そうじゃ。その後の結末は知っての通り、彼奴は秋斗が自殺場所へ行って自ら橋から飛び降りた」
これが春人くんの家族が亡くなってしまった理由。
「それと、彼奴が自殺をする前に書いた手紙があったんじゃ」
「手紙ですか?」
甲信さんはファイルから汚れた紙を取り出すと、私に渡して来たので内容を確認する。
「えっとぉ・・・・・・春人へ。秋斗と妻が亡くなった理由をお前から聞いた時は、正直信じられなかった。だからこの汚い身なりで父親や親戚に母親の死を聞きに行ったら、口々に そうだ。と言って誰も否定しない姿を見て、本当に自分のせいで妻や秋斗が死んだと自覚した。
心のどこかに秋斗が死んだのは自分達のせいではないと否定する気持ちと、死んだ事を信じられないという気持ちがあったから、妻も俺もお前に当たってしまったんだ。本当にすまなかった。
今更許してくれなんて言ってもお前は俺の事を許さないだろうし、なによりも全てが遅過ぎた。
もっと早くに普通の家族の様に二人を平等に扱っていたら、こんな事にはなたなかったんだろうな。
お前を苦しめて、秋斗と愛していた妻を死なせてしまったのは俺自身のせいだ。法律では俺の罪を裁いてくれないから、自分で罪を裁く事にする。さようなら。お前だけは、俺の様な結末になるな」
その手紙の内容に、私はなんとも言えない気持ちになってしまった。
「彼奴は最後の最後で家族とはなにかを知ったんじゃよ」
「そう・・・・・・ですか」
その後は手紙を甲信さんに返して、二〜三個質問をしてからインタビューを終えるのであった。
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