英雄ショップ

@iwao0606

第1話

「ゴラァー、一体いつまで待たせるんじゃい!」

 鞘を抜いた男が、狭い店内でぶんぶんと長剣を振り回す。

 その度に胸元から下げたカードが揺れた。

 男はゴロツキとと言ってもいい身なりだが、首元から下げている冒険者カードが彼のことを『冒険者』と証明していた。

「もうこちとら、二時間も待っているんじゃ! 仲間の命が危険にさらされたら、どう責任をとってくれるんじゃー!!!! あいつらを追いかけるためにはどうしても『携帯』が必要なんじゃー!!」

 怒号が轟くなか、店員がへこへこと頭を下げながら駆け寄ってくる。

「お客様、お待たせして申し訳ありません」

「早く案内しろや、ゴラァー!!」

 威圧的に見下ろす男に対して、店員は「本当にすみません」と繰り返し頭をさげる。

 下げられた頭に気を良くしたのか、男は剣を鞘に収めた。

 カチッと剣が鞘に収められたその音が聞こえた瞬間、奥から守衛兵が後ろから羽交い〆めにした。

「な、何! 離せ!」

 しかし屈強な守衛に取り押さえられてしまっては、男の手足はビクとも動かない。

「失礼しまして、お客様の登録番号を確認させいただきますね」

 さきほどの低い姿勢はどこへやら唇に余裕を浮かべ、店員は男の懐から冒険者登録がされたカードを手に取る。

「当店に危害を加えましたことから、今後冒険者の資格を剥奪させていただきます」

「何じゃとゴラァー! あいつらが、あいつらが!!」

「残念ですが、あなたさまは英雄にはなれませんでしたね」

 店員が合図を送ると、男は店の外に放り出され、地面に顔を叩きつけられた。

 泥砂が口に入り、かすかに血の味がする。

 ふと見上げれば、『英雄になろう!』という大きなのぼりが見えた。

「何が英雄だっ! ただのていのいい捨て駒じゃねぇか!!」

 唾を吐きつようとしたが、それは白銀の脛当てにあった。

「街を守る騎士様に唾を吐こうとはいい根性だな」

 男の顔はサァーと青くなった。




「まったく昔ながらも冒険者には困ったものですね」

 店員はデスクを片付けながら、次の冒険者を迎える準備をする。

 ヤクザかゴロツキかはたまた冒険者か、というくらい冒険者はあまり良いものと思われていない。

「まぁ、昔は冒険者はダンジョン内労働者とも言われていましたしね」

 しかし、技術革新により冒険者は姿を変えてきた。

 ここは英雄ショップ。

 ダンジョン内でも遠距離のやりとりができる『携帯』を販売している店だ。

 かつては魔術師がパーティーには必須で、通信魔法を使うことでやりとりをしていた。

 しかし情報量は少ないうえに、情報処理能力の低い魔術師がいれば、パーティーが全滅するという危険なものだった。

 だが現在『携帯』の普及によりダンジョン内でのメンバーが情報を瞬時にやりとりできるようになったおかげで、生存率があがった。

『携帯』を取り扱っているのは、大手三店だ。

「英雄になろう!」のキャッチコピーで知られている英雄ショップ。

 伝説的英雄を広告に起用し、新米冒険者の憧れをくすぐっている。

 もう一社は、冒険者に馴染み深い食べ物であるきのこをイメージキャラクターにした「どこでもショップ」。

 冒険者であれば、ダンジョン内で生育することが多い茸を一度でも口にしただろう。

 特に駆け出しのころは、食料の配分を間違って茸を食べるしかない状況に陥ったひとも多かっただろう。

 下痢や腹痛に悩まされたなんて話は冒険者のなかでごまんとある。

 そんなあるあるネタで親しみを感じさせている店だ。

 最後の一社は、古い時代はダンジョン探索に犬を使っていたころにちなみ、「ダンジョン物語」。

 ダンジョン内で遭難した冒険者と犬の感動物語を全面に出しており、「生存率をあげるためには『携帯を!』」と呼びかけている。

 これら三店は『携帯』の販売を行っている傍ら、冒険者たちがダンジョン内でとってきた魔石の買取を行っている。

 現在、魔石を動力源ににすべての機器が動いている。

 角灯もコンロも自動湯沸かし器も水洗トイレも、何もかも。

 しかし、それは魔石鉱山の採掘もしくはダンジョン内で生息する魔物を狩ることでしか手にいれることができない。

 長い時間をかけて地中で凝縮された魔石を掘れる場所はいい。

 そのような場所がないところは、ダンジョン内での魔物狩りによって魔石を得ている。

 というのも、魔石のもとはダンジョンの土に含まれており、機器に使用するには小さすぎるのが難点である。

 魔物はダンジョン内のものを喰らうことによって、土壌に含まれいた魔石のもとを体内で精製する。

 そして年月を経て大きな魔石へと育てて行く。

 大きな魔石ほど価値があるため、冒険者はそのようなものを持っている魔物を狩ろうと努力する。

 史上最高の魔石の取引額は、国家予算にも相当するものだったという記録もあるくらいだ。

 まさに冒険者ドリームとも言える。

 しかし、そういった魔物ほど強くなる傾向があり、倒すのは困難になる。

 だが、弱い魔物ばかりを倒していても、まったく儲からない。

 だからか、ひとは夢を見るのだ。

 死ぬなんて露にも思わず、命を賭しているなんて気づかないままに。『携帯』の普及がその夢に拍車をかけた。

 昔より生存率が下がったとはいえ、いまでも冒険者の命はあっさり散るのだ。

 ポーン!

 番号札を持っていた新米冒険者らしき少年が、ベンチから腰をあげる。

 その目には未来への輝きがぎゅうっと詰まっている。

 店員は襟元を正して、口角をきゅっとあげる。

「初めまして、英雄ショップへようこそ。英雄になりませんか」

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