ゴブサーの姫になった。

@iwao0606

第1話

オタサーの姫というものをご存知だろうか。

女子が壊滅的にいないオタク系サークルに入り込み、自らの付加価値を最大限に活用し、そこに巣食うものたちの総称だ。

競合相手もいないフィールドを選ぶ彼女たちのマーケティング能力は、卓越している、と俺は思う。

強豪どもがひしめき合うテニスサークルなどには行かないあたり、とても。

テニスサークル、いわばテニサーと呼ばれているところだが、揃いに揃って、レベルの高い容姿、それを生かした高難易度のお化粧、青春の汗を流すさわやかさ、がある。

それに対抗しようなどというのは、もともとの素質に血のにじむ努力が必要だ。

誤解しないでいただきたい。

オタサーの姫は努力していないというわけではない。

より労が少なく、勝率が高い場所で戦っているだけだ、という話だ。

なかなかの知恵者と言える。

さて、ここでオタサーの姫が実在しているかどうか、と気になられる方もいられるだろう。

都市伝説ではないのだ。実在するのだ。

我がアニメ研究会には、ちえみという名の姫がいる。

ツインテールに薄い化粧、フリル多めの服と言った装いで、我が研究会に降臨されている。

余談ではあるが、同じオタク系サークルでも漫画研究会は、なぜか女子が多い。

女子は女子と群れたがるので、より多くの女子が集まる。

集まるおかげで、可愛い女の子も入るときて、オタク系サークルのなかでも、男どもは豊穣な青春を味わい尽くしておる。

なぜだ!と理不尽を糾弾したいが、手間なので、臍を噛むだけにしておいてやる。

現状にこまねいている間にも、我がアニメ研究会の姫・ちえみは、舌ったらずなあまったるい怪音波で、人民を支配している。

「ちえみはねぇ、思うの。あのねぇ」

部長を始めとする男どもは、全員デレデレの極致、スライムごときやわらかさで、溶けきっておる。

いくら女に飢えていようが、俺は断固として彼女を拒否する。

はっきり言おう、好みではないのだ。

もっとふわふわなマシュマロのようなやわらかい胸をゆうし、黒髪のロングで、ほわほわの天然美女がいいのだ。

いくらみかんを食べさせておいしいと言われても、養殖は養殖なのである。

嫌なのである。俺はグルメなのである。

しいていうなら、突然美女に出会い、彼女と世界をかけて戦い、苦難のすえに結ばれるというめくるめくるラブストーリーを繰り広げたいのだ。

できれば、色々な女の子に好かれ、パンチラなどのラッキースケベイベントをこなしたうえで、美女と結ばれたい。

美女と結ばれたあとでも、ちょっかいをかけてくる女の子にも恵まれたい。

だから、言おう。

ちえみでは力不足なのである。


話は長くなったが、ここまでが前振りである。

殷王朝を滅亡させた悪女・妲己ごときちえみを、どうやって成敗するかと俺は頭を悩ませていた。

ぼんやり道を歩いていたとも言う。

ふと道を見やれば、幼稚園児がひとり、横断していた。

危ないなぁと思っていたら、なぜか前方より迫り来るトラック!

車高が高い車では、小さいものが見えなかったりするのだ。

しかも、幼稚園児は何でこんなときにポーズを決めて、道に立ち尽くしているんだよ!

気づけば、俺は走り出していた。

しかし、拾い上げた幼稚園児を持ったまま、走りきるには俺の筋力が足りない。

間に合わない。

俺は幼稚園児を植え込みに投げ飛ばした。

同時に焼けるような痛みとともに、俺は意識を失った。


誰かに踏まれるようにして、目を開ければ、そこに美少女がいた。

「起きなさい、この童貞」

「童貞って呼ぶな! ちょっと機会がなかっただけで、って、俺は……あれ、俺なんて名前だっけ?」

「これから輪廻を巡るのだ、前の世の名前など不要だろう、童貞」

「だから、童貞って呼ぶな。輪廻を巡るってどういうことだ?」

「お前はロクでもない男だったが、自分の命を賭してひとの命を救うという大金星を果たした。そのため、輪廻を巡る前に、願いをひとつだけ叶えることになっておる」

「願い! じゃあ、その願いを100回分にするとか」

「お前の来々世が、みじんこからスタートしたいというのならば、可能ではあるが」

「いや、ごめんなさい。さすがにみじんこはちょっと嫌です。あ、モテモテになりたいです! 次の世こそは、モテモテになりたいです!」

そして、トラブルでラブな日々を送るのだ。げへへへ。

「モテモテになりたいのだな、よし、わかった。願いは受理された」

俺はひかりの粒になっていった。

次の世こそは、モテモテだ!と油断していたのが、悪かった。

俺は美少女の呟く言葉を聞き漏らしていたのだ。


「お前の来世は、女だ。しかも、ひとを救ったとはいえ、善行が少なすぎる。生きとしいけるものにモテモテにするには、善行が足りず、無理がありすぎる」


しかし、俺はそんなことを聞く余裕もなく、新たな生へ踏み出したのだ。


気づけば、そこに俺はいた。

目まぐるしい記憶の奔流に流され、どうやら寝込んでいたようだ。

村娘として生を受けて、早十六年。

そこに前世の俺の記憶が混じり合った。

少し混乱が残る頭だったが、俺は思わず大声で叫んでしまった。

「ちょっと、俺、モテモテじゃないじゃないか!」

女として生まれてしまったのは諦めるとして(ふにふにとした感触を楽しめているので)。

美少女は嘘を言ったのか。

俺は愕然とした。

小悪魔ライフなど一個もできないような平凡な容姿、ちんちくりんの肢体。

これでモテモテなど土台むりだし、記憶が戻るまでもモテた記憶などなかった。

「ああああああああああ、もう!!!」

頭を抱えていると、家の外から怒号が響く。

「ゴブリンが来たぞー!!!! 逃げろ!!!!!!」

窓の外を見ると、村人たちがゴブリンに惨殺されていく。

国から警備が回されないような小さな村だ。

なすすべもなく村人が倒れていく。

外に出るのはまずい。

隠れなければ、とベッドから這いずりだそうとするものの、熱のせいでうまく動けない。

床を這っていると、ちょうどドアが蹴破られた。

ゴブリンたちが飢えた目で俺を見下ろす。

(こ、殺される!)

俺が頭を隠して丸まっていたが、衝撃が来る様子もなかった。

おそるおそる顔をあげると、なぜかゴブリンたちは目をハートにしていた。

頬を赤く染め、俺に触れるのをためらっている。

「どういうことだ? 何で襲ってこない?」

様子を見ていると、なぜかゴブリンたちは懐から奪った金貨や宝石を俺の前に重ね出した。

「ゴブゴブッ! ゴブゴブッ!」

何を言っているかわからないが、ゴブリンたちは俺の近くに財宝を押し寄せてきた。

「……くれるということか?」

まさかと思うが、口にして見ると、ゴブリンたちは大きく頷いた。

財宝はうれしいが、なぜかゴブリンたちは下卑た目で俺を見ている。

「ここまで来てもわからぬか!」

天から件の美少女が降りて来た。

「お前の生前の願い通り、モテモテになるようになったのだ!」

「モテモテって……まさか」

「そうだ、ゴブリンにだ!」

「いやああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

ゴブリンにモテモテになるなんて、誰が予測しただろうか。

俺は美少女にモテモテになりたかった!

性転換しているなら、イケメンを侍らせ、こき使いたかった!

なのに、ゴブリンにモテモテなんていやだああああああああああああ!!!!!!

「諦めよ、現実を受け入れよ」

「できるか!」

「スライムにモテモテとか、そういうのよりはマシだと思ったのだが。ほら、ゴブリンって類人の魔物だし、ちゃんと二本足で立っているし」

「せめて、ひとにしろよ!!!」

「オーバー80モテモテでもよかったのだが?」

「……………どっちも地獄じゃねぇか」

「ゴブリンたちは屈強だし、よく働くぞ。では、願いは叶えたからな、さらば!」

「こらああああああああああああああああああ」

美少女は再び天へ戻っていた。

俺の前には、ゴブリンたちがゴブゴブと口ごもりながら、何かを期待している。

もう腹を括るしかない。

生き残るためには、こいつらをこき使うしかない。

「あのねぇ〜、ちょっと〜、お願いがあるんだけどぉ〜」

オタサーの姫・ちえみから学んだテクを使い、俺はゴブリンたちに語り始めた。

俺の声に、ゴブリンたちは鼻息を荒くする。

「ちょっと世界征服してほしいなぁなんて……ちょっと無理かなぁ〜?」

「ゴブ!!!!!!!」

ゴブリンたちは力拳を天に打ち上げた。

かくして、ゴブリンたちによる世界征服が始まった。

そして、俺は花よ蝶よとゴブリンたちに崇め奉る、ゴブサーの姫となった。

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