第94話 彩華とドライブ
大学生と高校生の、プライベートの時間。
両者を比較すると、やはり大学生の方がお金が掛かることが多い。
夜に「ご飯に行こう」と誘われれば、高校生の時はファミリーレストランで済んでいたものが、大学生になれば居酒屋へと変わる。
一日中遊ぶとなると、一万円が飛んでいくことも珍しくない。
だが自分で稼いだお金で好きに遊ぶというのは、高校生の時には味わうことのできなかった愉しさがあった。
かといって高校にも、あの場所にしか無い愉しさも確かに存在していて、両者を比較することは難しい。
だが、俺の中で確信を持って大学の方が愉しいと思える分野があった。
交通手段。即ち、自動車の運転である。
運転免許自体は十八歳から取れるが、高校三年生は受験勉強真っ只中でそれどころではない。
従って大学生になってから免許を取りに行くのが大多数。
だが、自分の車を持っている学生は殆どいないと言っていいだろう。
そこで活躍するのがレンタカーである。
大体五千円程あれば六時間程度は借りることができ、同乗者と割り勘すれば学生の財布にも優しい値段になる。
俺が運転免許を取ったのは、一年以上前のこと。
実家に帰省する度に親の車を借りて練習し、友達とレンタカーでドライブしたりしていた為、最近では少しずつ慣れてきている。
そして今まさに、俺は彩華とドライブ中だ。
「ねえ、一つ訊いていい?」
「ん?」
横で彩華が、若干戸惑った声を出した。
「ドライブ、あんたが提案してきたわよね」
「ああ。たまにはこういうのも良いだろってな」
「うん、まあ。確かに良いけど」
信号が赤になり、前方との車間距離を十分に保って車が停車する。
そして、彩華が目を細めて俺を見た。
「あんたは運転しないわけ?」
「まずはお前のドライビングテクニックを確かめるための時間が必要だと思ってな!」
「もうちょいマシな言葉を貰えると思ってたわ」
彩華は呆れたような声を出す。
確かにこちらから提案した手前ずっと運転を任せるのは、あまり良くないかもしれない。
「帰りの運転は任せろ!」
「そのつもりよ。私より運転歴がお子様だから、ちょっと心配だけど」
「いやいや、別に大して変わんないっての」
「そうかしら。ま、私このレンタカー明日までの期限で借りてるし、返すのは今日じゃなくても良いんだけど」
「へえ、予定でもあんのか?」
「まだどうなるかは、全然分からないけどね」
何気ない会話をしているうちに、信号が青になる。前方の車に引っ張られるように発進し、少しずつスピードに乗っていく。
「彩華っていつ免許取ったんだっけ」
俺の質問に、彩華は思い出すような仕草を見せた。
運転中に思考を巡らせることに若干の申し訳なさを感じつつ、答えを待つ。
「一年生の秋かな。友達と合宿して一気に取ったわ」
「あー、合宿って短期間で楽そうだよなあ」
それに、友達と二週間程同じ屋根の下で過ごすのは楽しそうだ。
俺は一人の時間も好んでいるが、そういったイベント毎もなんだかんだと気になってしまうタチなので、免許合宿は正直羨ましい。
「あんたは合宿じゃなかったっけ?」
「俺は自動車学校に半年通ったよ。今考えればお前みたいに一気に取ってた方が良かったわ」
通える期間などが決まっている自動車学校では、学科と実技を自分のペースで予約する形式でこなしていくのだが、前半にサボりすぎていた俺は危うく卒業できないところだった。
費用も二十万円程度を要するので、ラスト一ヶ月は生徒の予約キャンセル待ちなどを利用して何とか免許取得に漕ぎ着けた思い出がある。
「計画的にスケジュール組めないなら合宿にすれば良かったのに」
「いやー、あの頃は無理だったんだよなぁ」
「まあ纏まった時間が必要だものね」
横断歩道の前に歩行者が立ち止まっており、彩華は車を一時停止させて渡らせる。
「で、私適当に車走らせてるけど目的地とか決めてるの?」
「今から作ればあるぞ」
「そんなことだろうと思った。じゃあ私の家でいい?」
「え、ごめん」
いつになく塩対応の彩華の顔色を、恐る恐る覗き込む。
車を再発進させた彩華は、そんな俺の視線に気付いたのかチラリとこちらに視線を投げた。
「いや、別に怒ってないから。家に来る? って言ってるだけよ」
「ああ、なら良かった」
これ以上ふざけたことを言うなら家に帰るわよ、という牽制かと思ってしまった。
だが落ち着いて考えてみれば、彩華ならばそんな遠回しな表現などせずに直接的な言葉で伝えてくるだろう。
一安心して、車窓からの景色を眺める。
歩道から眺めるそれと異なっていることに感動したのは、記憶に新しい。
初めて運転した時は──
「──え? 家?」
俺は思わず、彩華を綺麗に二度見した。
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