第82話 相坂礼奈〜過去②心の距離〜

 悠太くんと異常に距離の近い女子がいることを最初に知ったのは、付き合ってから一ヶ月が経った頃だった。

 物理的にではない。

 その女子と近いのは、心の距離。

 そちらの方が、私にとっては些か気になった。


 交際期間が長くなれば、二人で一台のスマホを見ながら雑談に花を咲かせる機会も少なくない。

 そして悠太くんのスマホで動画サイトを楽しんだりする際、彼のスマホへたまに同じ名前の通知が届くことが引っかかっていた。

 付き合ってから半年も経てば、その名前も記憶に残ってしまう。

 通知からは下の名前であろう【彩華】と登録されているのが判って、悠太くんの彼女としては気にならない訳がない。

 浮気を疑っている訳じゃなかったけれど、それとは別に確認だけはしておきたかった。 


「たまに通知くる彩華さんって、悠太くんのお友達?」


 私の問いかけに、悠太くんは動画を停止させて素直に頷いた。

 彼も、いつか私に質問されると思っていたようだった。


「友達だよ」

「幼馴染?」

「いや、高校から」


 高校からといえば、ごく普通の友達。

 でも悠太くんの表情からは、どこか二人がただの友達ではないという雰囲気を容易に感じ取ることができた。


「ごめん、あんまり女友達とラインしない方がいいよな?」


 悠太くんの発言に、私は思わずかぶりを振った。


「ううん、いいの。ちょっぴり気になっただけだから。高校生の時の友達も大事にしないとね」

「え、そうか?」


 悠太くんは少しほっとしたような声を出す。

 私も自身の発言を悔いることはなく、子供みたいな答えをしなくてよかったと安心した。

 実際今しがたの発言は、本心からくるものだ。

 直接悠太くんに確認が取れただけで、私の心に引っ掛かっていたものが綺麗になった気がした。


「でも、やっぱりなるべく控えることにするよ。動画見てる時に通知がきたら、集中できないしな」


 それは通知の設定を切れば解決することだと思ったけど、私は何も言わなかった。

 悠太くんが私を安心させるために、あえて言ったことだというのが伝わったからだ。

 お互い落ち着いて会話をしたおかげで、彩華さんのラインで私たちの関係に波風が立つことはなかった。

 悠太くんが下手に動揺していたらこうはいかなかっただろうから、彼の性格が幸いした。

 同い年の私がいうのもなんだけど、彼は同年代の中でいくらか冷静で、落ち着いた部類に入る人だと思う。

 初対面でそれははっきりと分かって、好印象だったのをよく覚えている。

 でも彼は、自分が子供のような振る舞いをしても受け入れてくれるような存在の前ではよく冗談を言う。

 その側面から、彼が自分に対して心を開いているというのを感じることができる。

 そんな姿が可愛くて、付き合ってから彼を愛しく感じるのに多くの時間は要さなかった。

 恐らく悠太くんにとって彩華さんという友達も、私と同じように自分の素を見せることのできるような存在なんだろう。

 彼にとって大事な存在を、彼女である私が口を出すなんて望ましくないと思う。

 恋人を作ったからといって、異性の友達との付き合いを減らせだなんて私は言いたくない。

 人によっては恋人ができたなら、女友達との連絡は控えるべきだという意見を宣うかもしれない。

 でも友達には、友達にしかない心地いい空間がある。

 そして恋人にも、恋人にしかない心地いい空間があるから。

 両者ともに違っているのだから、どちらも楽しむことが彼にとって一番いい選択肢に決まってる。


 その考えを那月に伝えた時、彼女は眉を顰めた。


「礼奈は?」

「え?」


 那月の問いに、私はキョトンとしてしまった。

 その反応に何を感じたのか、那月は真剣な眼差しを私に送る。


「そんなに彼氏さんのことを考えてあげるなんて、礼奈はとっても良い彼女だね。男にとって、こんなにできた彼女はいないと思う」


 那月は私が誕生日にあげたブレスレットを触りながら、続けて言った。


「でも、礼奈はどう思ってるの。異性が二人きりで遊ぶのって、世間ではデートって言うのよ。まあ、人によって判断が分かれることかもしれないけどさ」


 私が口を噤むと、那月は私の背中をトンと軽く叩いた。


「しっかり。礼奈が彼の行動が浮気かどうかを決める、唯一の人間なんだから」

「……ねえ、那月はどう思ってる?」

「それは私には決められないよ。二人の問題なんだから」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 アドバイスくらいはしてほしかったというのが本音だったけど、私はこの問題を一人で結論付けることにした。


 ──彩華さんは、私の彼氏を支えてくれる貴重な存在。


 私が支えることのできない方向から手を伸ばして、私の足りない部分を補ってくれる存在。

 そう思うことにしたし、そう思うことはできた。


「彩華さんに、いつか会ってみたいな」


 本心から、悠太くんに告げる。

 私の発言に、悠太くんは嬉しそうに口角を上げた。


「お、いいね! 二人が仲良くなってくれたら、俺にとっては最高だ」


 その言葉が、私にとって彼が浮気をしていないという何よりの証拠。

 悠太くんの嬉しそうな表情を見て、私も幸せな気持ちになった。


「いつか会えたら……彩華さんにお礼言わないとね」

「お礼? なんで」

「だって悠太くんが日常を楽しめてるのは、彩華さんのおかげもあるでしょ?」


 私は、悠太くんの楽しそうな顔を見ると幸せになれる。

 それは間接的に彩華さんから幸せにしてもらっている側面もあるということ。

 悠太くんはちょっと考える素振りをみせてから、「確かに……あいつのおかげもあるのかな」と頷いた。

 

「でしょ? だから彼女として、お礼を言うの」

「なるほどな。律儀だな、礼奈は」

「ふふ。それほどでも……あるのかな?」


 悠太くんの口調を真似てみると、彼は面白そうに肩を揺らした。

 それから手を握ってくれて、私も呼応するように指を絡める。


 この時までは、私は悠太くんの理想の彼女だったと思う。



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