第81話 相坂礼奈〜過去①告白〜
私はその光景を何となく眺めてから、意識を目の前に戻す。
目の前にいるのは澄んだ瞳をした、羽瀬川悠太くん。
最近学祭をきっかけに仲良くなった、男子学生。
私は今しがた、彼から告白をされた。
「付き合ってください」という、ありきたりな告白文句。
この人の彼女になりたいと思ったことは無かったけど、フィーリングが合うとは思っていた。
だから私は、一つだけ質問をした。
「なんで私と付き合いたいと思ったの?」
「……幸せになりたいから」
この返事に思わずキュンとしてしまったのは、私が変わり者だからかもしれない。
でも私は取り繕った言葉より、彼の素直な言葉に心が揺れた。
正確には、母性本能というものが
自分にも母性本能があったなんて驚きだ。
悠太くんは私からの返事を待つ間、ずっと目を合わせている。
私が了承すると、悠太くんは嬉しそうに笑って、抱きついてきた。
意外に積極的な人なんだ。
彼の温もりは不思議と心地良くて、私は背中に手を回した。
「礼奈さん、聞いていますか?」
──目の前にいるこの男子にも、あの時と同じ感情を抱いてしまっているのだろうか。
悠太くんとの一年記念日前日。
彼の家へと向かう道中、後輩とばったり出会った。
一つ年下の、大学一年生。
私と背丈の変わらない男子の名前は、豊田くんといった。
私は今、とても困っている。
「手を繋いでみてもいいですか。一度でいいんです」
「ダメだよ。私、彼氏いるんだから」
「でも、別れそうって噂を聞きました」
豊田くんの言葉に、息が詰まる。
以前共通の知り合いである人に、彼氏と上手くいっているか分からないとだけ話したことがある。
それが誇張されて伝わっているのかもしれない。
「全然そんなことないよ、勘違いさせてごめんね。心配してくれてありがとう」
私がお礼を言っても、豊田くんは毅然とした表情を崩さなかった。
「俺、見ましたよ。礼奈さんの彼氏が、他の女とショッピングモール歩いてるの。相手、すごい美人でした」
「え?」
一瞬心臓が縮む思いをしたけど、すぐに戻った。
相手が誰かであるかを悟ったからだ。
「その人、黒髪ロングの……スタイル抜群だったりした?」
「はい、そうですけど」
豊田くんが頷いたので、私は安堵する。
「それはね、高校からの友達の彩華さん。だからいいの」
「礼奈さんの友達なんですか?」
「違うよ? 悠太くんのお友達」
彩華さんとは直接の面識があるわけではない。
いつか会いたいと思っていたけれど、その機会はまだやってきていない。
でも、高校時代からずっと仲の良い友達だということは悠太くんから聞かされていた。
豊田くんは私の言葉に、息を吐く。
「じゃあ、今の発言おかしくないですか。高校からの友達なのは彼氏さんであって、礼奈さんにとっては赤の他人ですよね」
私が口を噤むと、豊田くんは畳み掛けるように言葉を連ねる。
「嫌じゃないんですか。知らない人に、彼氏とデートされるの」
「デートなんて、違うよ。二人で遊んでるだけで──」
「麻痺してますよ、礼奈さん。それを世間ではデートって呼ぶんです」
私は言い返すことができなかった。
今の豊田くんの発言には、言い返す必要があるのかも分からなかった。
彼の言葉は、私の親友である那月の言葉と、全く一緒だったからだ。
那月は彩華さんと一緒のサークルだから、たまに相談していた。
──悠太くんが、浮気をしているか否か。
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長らくお待たせしました。
12月1日に書籍第5巻が発売されることを記念して、Web用に微調整した相坂礼奈の過去編を全てお送りします。(第3巻内容)
12月上旬までに、残り4話を更新していきます!
また、新しく短編を公開しておりますので、現代ドラマジャンルに興味のある方は覗いてみてください。
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