第80話 涙の意味③
「悠太くんから連絡くれるなんて、思ってもみなかったな」
相坂礼奈はそう言って、アッシュグレーの髪を靡かせた。
かつての藤堂と同じ髪色だが、今は礼奈の方が僅かに明るい。
付き合っていた頃とは違う華やかな色に、俺は思わず一瞬目を逸らした。
「あの時、途中で帰ってごめん」
俺が謝ると、礼奈は意外そうに小さく口を開けた。
「ううん、全然……悠太くんの立場なら自然なことだなって、帰った後に思ったよ」
礼奈は眉を八の字にして、苦笑いする。
そして、懐かしそうに辺りを見渡した。
俺が礼奈と待ち合わせをしたのは、住宅街の深部にある小さな公園だった。
礼奈が住むマンションの近くにあるこの公園は、日が暮れると人が全く寄り付かない。
近隣住民である礼奈でさえ、俺と適当に歩いている時に偶然見つけたというくらいに認知されていない場所だ。
こじんまりとした敷地にはベンチ一つしかないが、付き合っていた頃はこの場所でよく休憩していた。
そんなことを思い出していると、礼奈が口を開く。
「懐かしいね」
最後にこの場所に来たのは、半年以上前だろうか。
懐かしさを感じるのも無理はない。
「……そうだな」
俺が返事をすると、礼奈はベンチに腰を下ろした。
「私もね、後悔してたんだ。もっと違う言い方すればよかったって。いざ悠太くんを前にすると緊張しちゃって、場を保たせるために考えが纏まらないまま喋っちゃってた」
「ああ……俺もそういうこと、よくあるわ」
どれだけ事前に考えたとしても、緊張すれば内容が飛ぶこともある。ましてや講義などではなく、プライベートのことなのだ。頭の中で予行演習をするのにも限度がある。
冷静に考えれば思い至ることだが、あの時はそこまで気が回らなかった。
事前に邂逅することを覚悟していたら変わっていたかもしれないが、結果論に過ぎない。
こうして礼奈の視点に立って考えることができているのは、那月と話をしたからだ。
そんな思考を知って知らずか、礼奈は言葉を連ねた。
「この前那月がね、申し訳ないって言ってた。不快な気分にさせちゃったって」
「別に、不快には」
講義の時や、ラーメン屋の時。
那月の微妙な態度には確かに思うところはあったが、今はありがたいと感じていた。
大学に入ってから、那月のように俺の欠点を目敏く指摘してくる人はいなかった。
彩華もたまに指摘してくるが、その言葉の根底にはいつも愛を感じることができて、危機感を覚えることは少ない。
那月のように冷ややかな態度は、長い目で見れば俺を良い方向へと導くのかもしれないと思う。
「気にしてないよ。またいつもみたいに接してくれたら嬉しいって言っておいてくれ」
「そっか。伝えておくね」
俺の言葉に礼奈は口元を緩めて、礼奈の横に腰を掛ける。
「那月とはね、中学の頃からの友達なんだ。中高生の時はずっと一緒のグループで、仲良いの」
「だろうな。那月とは最近話すようになったけど、あいつが礼奈の味方だってことは分かる」
俺が言うと、礼奈はこくりと頷いた。
「そうだね。悠太くんでいう、彩華さんみたいな立ち位置なのかも」
「……それなら、色々納得だ」
那月は恐らく、礼奈という存在がなければ俺の在り方をわざわざ口に出して否定することはしなかったはずだ。
友達に対して気になる事の一つや二つ抱くのは自然な事だが、那月はそれを胸に秘めて上手く立ち回っていくタイプだと思う。
それはGreenというあのサークルに思うところがありながらも、広い交友関係を保っているところから想像がつく。
だが俺に対して思ったことを口にしていたのは、自分の立ち位置より優先するものがあったからだ。
那月にとっては、それが礼奈だったのだろう。
「良い友達なんだな」
「そうだよ。悠太くんと付き合ってた頃、何度か那月について話したこともあるし」
俺が驚くと、礼奈は「名前は言わずに私の友達がって言い方だったから、分からないのは当たり前だけど」と付け足した。
「あの子、意外と感情的なの」
志乃原も同じことを言っていた。
クリスマスにあった合コンで初めて会った時は気付かなかった。その後も礼奈とのことがあるまで気付かなかったのは、那月が俺に心を開いていなかったからなのかもしれない。
そう思っていると、礼奈が口を開いた。
耳元にあるピアスがキラリと光る。
「悠太くんが、もしいいなら。時間は掛かるけど、聞いてくれるかな」
──当たり前だ。
そのために、礼奈に会いに来たのだから。
俺が頷くと、礼奈はニコリと笑ってから、空を見上げる。暫く俺も礼奈に倣って、夜空を眺めた。街灯の明かりで掻き消された星の光を探していると、礼奈は笑った。
「なんだか緊張するけど」
そう言ってから、礼奈は静かに言葉を紡ぎ始める。
ゆっくりと、噛みしめるように。
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