第60話 新入生歓迎会②〜乾杯の音頭〜

『Green』の新歓開始の時間まで、あと五分。

 既にブルーシートは殆ど埋まっており、ここにいるメンバー人だけで恐らく八十人を越える。

 Greenメンバーと入学して日も浅い一年生以外に、俺のような誰かから招待された人間も何人かいるようだ。

 これでGreenのメンバーの半分以上が、別の場所で飲み会を開いているというのだから、大学随一の規模というのも頷ける。

 そんな大きなサークルの副代表を務める彩華は、俺が思っている以上に大変なのかもしれない。


「そろそろ乾杯の音頭とるから、行ってくるね」

「……こんな大勢の前で? まじで?」

「テストお疲れ飲みの時も同じようなもんだったわ。急に振られないだけマシよ、今日は事前に決まってたから」


 そう言って、彩華はビールを片手に皆んなの注目を浴びやすいような場所へ移動していく。

 ……俺なら絶対に無理だ。

 俺の所属しているサークルは、飲み会の挨拶も適当に始めてしまうので、たまに乾杯の音頭をとる事はあっても気楽なものだった。

 だが改まった場を用意されてしまうと、絶対に緊張してしまう。

 大人数の前となればなおさらだ。


「あ、那月」


 少し離れた場所でお酒を配布している那月に、手を振りながら声を掛ける。

 あらかたお酒は配り終えたようで、手には二本の缶しかない。


「おっ、お酒がご所望かな?なにがいい、ビール?角ハイ?」

「ビールで!」

「分かった角ハイね!」

「おーい、日本語大丈夫?」


 俺は角ハイボールを受け取りながら笑う。


「最初の一杯目がビールだと誰が決めた!党に入ってるからね。悠太にも賛同してもらうための賄賂だよ〜」

「賛同するからビールくれぇ」

「だめー、実を言うとビールは人気だから会費を払っていない悠太にはあげられないのでーす」

「痛いとこつくな! あとで彩華に払うっての!」


 樹さんは会費は貰わないと言ってくれていたが、少しは払うつもりだ。

 あれから事前準備なんて殆ど無く、ブルーシートを敷いた後雑談に混ざったりしただけだったので、さすがに樹さんの言葉に甘えるのも申し訳ない。

 知らない人との雑談に混ざるのもそれはそれで体力を消耗したのだが、そこは言っても仕方ない話だ。


「冗談冗談。招待客として楽しんでね」


 那月は缶ビールを置いてウインクする。

 それが何故かおかしくなって、肩を震わせて笑ってしまう。

 那月とも礼奈の関係で色々あるかもしれないが、それとこれとは別の話。

 久しぶりに漫画の話でもしたいなと、俺は那月のためにスペースを空ける。


「最初の時間は、前みたいに一緒に飲もうぜ」

「わお、お誘いかな? いいねいいね、それではお言葉に甘えまして」


 那月が腰を下ろすと、ふわりとフローラルな匂いがする。

 マッシュボブの茶髪が灯りに反射して赤く染まって見えた。


「ねね、後で私の後輩が来る予定なんだけど、その子も混ざっていい?」

「いいよ、その頃には酔いが回って俺も気さくになってるはずだから」

「またまたぁ、悠太結構フレンドリーでみんなも仲良くしやすいと思うよぉ〜」


 那月は角ハイボールを手に取りながら、楽しそうに笑う。

 フレンドリーに見えるのは恐らく俺の努力の成果か那月のお世辞だが、この場ではその言葉もありがたく頂戴しておく。


「はーい、皆さん注目ー!」


 よく通る男の声がして、皆んなその場に注目した。

 樹さんと彩華がブルーシートに囲まれた真ん中の位置に立ち、他のメンバーを座らせていく。


「……あんなどこからも視線浴びる場所に立つとか、きっついな」

「私もあーいうことしたくなかったから、役職付きになりたくなかったんだよね。あの二人には感謝だわー」


 那月の発言に、俺も頷く。

 逆の立場でも十中八九そう思うことは自分でも分かる。


「今日はGreenの新歓に来てくれてありがとうございます〜代表のタツキっていいます! 今日は楽しんで帰ってくださいねー!」


 樹さんの言葉に、サークルのメンバーは缶ビールなどを掲げて応える。

 一年生たちもジュースやお茶を持って戸惑いがちながらも盛り上がった。

 言ってることは普通なのに、雰囲気作りは中々のものだ。

 それもこのサークルが成す一体感というものだろう。


「ここに混じってる俺って一体なんなの」

「皆んな大好き副代表のお友達だよん」

「その副代表のお言葉をありがたく頂くとしますかね……」


 彩華の方を見ると、パチリと目が合う。

 一瞬彩華は口元を緩めかけたが、首を振ってそれを止める。

 那月は横で「さすがに緊張してそ〜」と笑った。


 樹さんはその後も何か話しているようだったが、全然聞いていなかった。


「皆さん、今日はGreenの新歓に参加していただいてありがとうございます。副代表の彩華です」


 彩華が名乗ると、辺りからは盛り上げようとする掛け声や、一年生たちの「やばっめっちゃ美人!」などの声が聞こえてきた。


「……さっきから思ってたけど、なんで自己紹介で名前だけなの?」

「フルネームだと人数多すぎて覚えられないからねー」


 那月は自分の胸に付けているガムテープを見せてくる。

 ガムテープには『ナッツー』と書いてあり、那月のニックネームだと分かる。

 辺りを見渡してみると、サークルメンバーは皆んな胸の位置にガムテープを付けていて、一年生に名前を覚えてもらおうとしているようだ。

一年生にも同様にニックネームを訊いた後にガムテープを渡し、会話をする際逐一名前を訊かなくても済むようにしている。

 初対面の人間を一度の歓迎会で覚え切るのは至難の業であることから、多くのサークルではこの方法を採用している。

 コスパ良しの、単純だが効率の良い方法だ。

「このサークルはGreenっていうんですけど、実はちょっとした由来があるんですよ」


 彩華が言うと、横にいる樹さんは「えっ!?」と驚いた声を上げる。

「なんで知らないんですか……」と彩華が呆れた声を出すと、那月を含めサークル員たちにかなりウケていた。


「由来といっても、そんな大したものではなくて。うちはアウトドアサークルなので、時には山に行ったり、海に行ったりするわけです」


 彩華の言葉に、俺は「そうなの?」と那月に訊く。

「一年に二回くらいね」というのがその問いへの答えだった。


「要するに、自然っぽい雰囲気って緑っぽくない? というのが由来です。こんなに適当なものでごめんなさい。なんでもそれを最初の新歓で伝えるのが、このサークルの習わしみたいで」


 彩華が少し苦笑いして見せる。

 俺がよく見かける苦笑いと違い、周りからの見栄えを意識した表情だ。

 その甲斐もあり、男子を中心に大いに盛り上がっている様子。

 仮に俺がGreenの由来を説明していたとしたら、恐らく雰囲気は死んでいた。

 樹さんは彩華の手腕に感謝するべきだ。


「自然に触れるのは、私たちが社会人になってもできます。でも同世代、この人数で同じ場所へ行く経験は、きっとこの大学生活が終われば難しいと思うんです」


 ──それは確かにそうだろう。

 社会人になって大人数で旅行に行くとなれば、すぐに思いつくのは社員旅行。

 だがそれも仕事仲間との旅行で、関係性も違えば世代も違う。

 大学という括りがあるからこそ、叶うこともある。


「好きな人たちと旅行に行くのは、もちろん楽しいです。でも、このサークルの良いところは大人数で旅行できるというところ。自分で選んだ仲の良い人たち以外とも、一緒に過ごすことができるところ」


 俺には、その良さを完全に理解することは難しいかもしれない。感じ方も人それぞれだろう。

 だがこうしたアウトドアサークルの新歓に好んで来るような一年生には、嬉しい文言になっているに違いない。

 俺のような人間が混ざっているのがおかしな話なのだ。

 実際、一年生らしき学生たちは目を輝かせている。


「それはきっと唯一無二の経験になって。きっと良い財産になると思います。なってますよね? メンバーの皆さーん!」


 彩華がサークル員に呼び掛けると、皆んな一斉に「おー!」と応える。

 その中には一年生も混ざっていて、横のサークル員にツッコみを入れられてはしゃいでいたり。

 サークルのPRと共に、雰囲気も確実に盛り上がってきている。


「私たちと一緒に過ごしたい! この新歓を通じてそう思ってくださった方は、ぜひエントリーシートを出してくださいね。私、楽しみに待ってます! それでは──」


 彩華は満面の笑みでビール缶を掲げる。

 皆んな口々に声を上げながら一斉にビール缶、角ハイボール、ジュースにお茶を掲げた。

 桜の木々の傍らで、大人数の大学生が同じ人物を見て、同じように何かを掲げている。

 興奮が隣から隣へと伝染し、今か今かと彩華を凝視する。

 皆んなが、彩華の一声を待っている。


「──乾杯!」


「「乾杯!!!」」


 たった二文字の言葉が一斉に、あちらこちらで飛び交った。

 皆んながそれぞれの飲み物を当てていき、「よろしくー!」と笑い合う。

 俺のサークルでは、到底あり得ない光景が目の前に広がっている。

 仮に俺がこの光景を側から見ていたら、一体どう思っていただろうか。

 また大学生がはしゃいでる。

 また大学生がよく分からないノリでお酒を飲んでいる。

 そんなことを思っていたかもしれない。

 だが、この場に参加した俺は、少なくとも。


「那月、ごめん! ちょっっとだけ抜ける、場所取ってて!」

「えっもう? 女の子を一人にしないでよー!」


 その言葉を背に、俺はブルーシートの真ん中へと歩いていく。

 ──見つけた。


「よっ」


 俺の声に振り向いた彩華は、驚いた表情を見せる。

 これから色んなサークル員や一年生たちと乾杯しようと、挨拶回りに行く前だったようだ。


「え、あんた那月は?」

「一番先にお前と乾杯する」


 そう言うと、彩華は目を丸くした後、吹き出した。


「あはっ、なにそれ。変なの」

「うっせ。ほら、乾杯」


 缶ビールを突き出すと、彩華は頬を緩めてから口を開いた。


「仕方ないわね。……乾杯っ」


 コチンと、軽く缶同士が触れ合う。

 たったそれだけの動作。

 こんな状況下でも、この動作だけはどこにでも有り触れるもの。

 珍しくも何ともない、普段なら軽く流して終わりの、日常的な一幕。

 それなのに、無性に嬉しくなってしまうのは──


「ばーか。早く戻りなさいよ」


 ──同じように嬉しそうな表情をするやつが、俺の目の前にいるからだ。




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