第59話 新入生歓迎会①〜アウトドアサークル・Green〜
彩華は複数のサークル入っているが、全ての活動に注力しているわけではない。
ゼミにバイトに学部の友達、その他にも交友関係がある中で複数のサークルに注力していては、時間がいくらあっても足りないだろう。
よって、彩華が注力しているサークルは一つ。
三年生から副代表を務めることになった、アウトドアサークル『Green』だ。
二年後期にあったテストお疲れ飲み会を開催していたのも、このサークル。
所属前に集められるエントリーシートには顔選考があったりとブラックな噂もあるサークルだが、メンバー自体は気さくな人が多い。
それはテストお疲れ飲み会に参加した俺が実感済みだ。
彩華の紹介で参加してたということが周りに認知されていたからかもしれないが、みんな積極的に話し掛けてくれて楽しい時間だった。
「悠太も大変だね」
那月が公園にブルーシートを引きながら、苦笑いした。
「別に、普通だよ」
「普通かなあ。入ってもないサークルの新歓のお手伝いとか、私だったら絶対やだけどなー」
「手伝いも悪くないよ、色んな人と話せるし」
言ってから、そんな殊勝なことを思った覚えがないことに気付く。
彩華ほどではないが、俺にも外向きモードのスイッチが入っているようだ。
「悠太が話したいのは彩ちゃんだけじゃん」
「んなことねーよ。那月もいるしな」
「あっ、そっか。私もいたわ」
「なんだそれ」
俺はブルーシートの上に鞄を置いて、一旦固定する。
十人以上が難なく座れそうなブルーシートが、この公園にはいくつも置かれている。
『Green』だけではない。
他のサークル、他の大学でもこの時期はみんな新歓シーズン。
場所もお店を除けば限られているので、必然的にこういった場所には様々な集団が集まってしまうのだ。
「このサークルは良いところだよ」
俺が言うと、那月は肩を竦めた。
「分かんないよ?」
「なんで?」
「良いサークルだったら、礼奈は残ってたと思うから」
──作業している手が一瞬止まる。
那月の方を見ると、黒縁の眼鏡奥から、くりんとした瞳が俺を覗いていた。
「バレンタインパーティの時、ごめんね。礼奈呼んだりして」
「……別にいいよ。友達付き合いにも、色々しがらみあるだろうし」
「うん。その、聞いていい? 礼奈となに話したか」
那月の瞳が、少し揺れる。
ただの興味本位では無さそうだ。
那月は誰かを心配しているような表情を浮かべている。
俺の心配か、礼奈の心配か。
答えは──恐らく決まっている。
「あっ君がユータか!」
聞き慣れない声が俺を呼んだ。
振り向くと短い黒髪をパーマにした男がこちらに寄ってくる。
背は少し低く、頭部が俺の顎あたりの位置だ。
「彩ちゃんから聞いてるよ。今日は手伝いに来てくれてありがと!」
「え、とんでもないです。以前飲み会に参加させてくれたお礼ですから」
俺がそう返事をすると、那月が横から入ってきた。
「悠太、この人がこのサークルの代表だよ。
「最後の言葉余計すぎだろ!」
樹さんが噛み付くようにツッコむ。
那月が悪戯っぽく笑うことから、二人の仲は結構良いのだろう。
先程ここは良いサークルではないというニュアンスの発言をしていたことは一旦忘れておいた方がいいだろう。
そして樹さんといえば、テストお疲れ飲み会の時にはいなかったものの、名前だけは飛び交っていた人だ。
彩華が乾杯の音頭を取ったのも、代表の樹さんがその場にいなかったからだったと記憶している。
それにしても、一個上ということは大学四年。
「就活とかの時間は大丈夫なんですか?」
俺が訊くと、樹さんはピタリと動作を止め、那月は吹き出した。
「那月といいユータ君といい、どんだけ俺の第一印象を貶めたいのかな……ダブったんだよ悪かったなー!」
「げっ」
思わずそんな声を出して一歩下がる。
留年してもう一年大学に在籍することが確定したため、就活ができないのだろう。
そこでできた暇をサークル代表の業務に使っているという訳だ。
樹さんは俺の反応に傷付いたような表情を浮かべた。
「いやだって、留年したら代表くらい務めないと周りとの差を埋められないでしょ? ガラじゃないけど仕方ないんだって」
樹さんの言葉に、那月は若干呆れたような口調で返す。
「そんなこと初対面で言われて、悠太も困っちゃいますよ」
「ちょっと黙ってて、俺はユータ君と話してるんだから!」
「そのユータ君を呼んだ人が来ましたから、二人にしてあげましょうって」
那月の言葉で振り向くと、彩華が苦笑いして立っていた。
「すみません樹さん、私から紹介したかったんですけど」
「いいって、こっちは手伝ってもらってる立場なんだから。お礼に新歓混ぜてあげたら? 会費も貰わなくていいからさ」
樹さんはそう言って俺を見る。
俺はブルーシートを引いたり、宴会のための買い出しをしたりと、大した準備はしていない。
それでもお礼をされることに悪い気はしないので、「ごちそうさまです!」と口角を上げた。
「いいってことよ。珍しいからなー、彩ちゃんが誰かを連れてくるなんて」
「あはは、友達増やしてあげたくて」
樹さんの言葉に、彩華は笑って答えた。
……人手が欲しいだけだと言っていた気がするが、彩華も今は外向けモードなので黙っておく。
那月と樹さんが去っていくのを見ながら、俺は口を開いた。
「……誰の友達を増やすって?」
「しーらない」
彩華ははにかんで、ブルーシートに腰を下ろした。
「私、この場所結構好きなの」
「ブルーシートが?」
「ちっがうわよ!」
彩華は大きな声を出した後、「あっ」と声を漏らして振り返る。
周りは新しいブルーシートを敷いていたり、買い出しした物を並べていたり、談笑していたりと俺たちの会話に気付いた様子はない。
「別に今の会話くらいなら聞かれていいだろ」
「まぁうん、これくらいなら別にいいんだけどね。あんまり親しくする様子見せて、他の人に何か言われたら嫌だもの」
「そんなの、お前なら何も言われねーだろ」
高校二年生の時とは、状況が違う。
大学生となれば周りも精神的に成熟した人が多いし、なによりこのサークルに二年間所属している彩華は、皆んなから信頼されているのが俺にも伝わってくる。
テストお疲れ飲み会の時もそうだし、学内を二人で歩いていても彩華は声を掛けられる頻度がとても高かった。
「あんたについて何か言われるのが嫌なのよ」
「俺?」
きょとんとすると、彩華は息を吐く。
「そうよ。なによ、文句あるの」
「いや、文句というか。それなら俺をここに連れて来なきゃ済む話じゃんって思って」
今までだって彩華のサークルへお邪魔することはなかったし、むしろ二人以外の空間は自分から行かないようにしていた。
彩華の誘ってくる合コンがいつも知らない面子ばかりだったのも、自分の居場所と俺との居場所を棲み分けたいという心の表れだと思っていたからだ。
だが、少なくとも今の彩華はその頃とは違うらしい。
「私の好きな場所を、あんたも好きになってくれたら嬉しいって思ったの」
「……くそ照れるんだけど」
「別に他意はないわよ」
彩華はこともなげに言って、腰を上げる。
「休憩終わりっ、私また買い出し行ってくる」
「……い、いてら」
彩華の遠くなっていく背中を見て思った。
──他意はなくても、照れるものは照れる、と。
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