【2巻記念 限定SS復活!】大学生のクリスマス〜過去⓪〜

「お前って、クリスマスのことどう思ってんの?」


 大学一年、冬。

 試験終わりにゼミ室にて開催される、クリスマスパーティーの前日。

 俺は机に配置されている大量のお菓子と、椅子に置かれているプレゼントを眺めながら、彩華に訊いた。

 彩華はプレゼントのラッピングに勤しんでいた手を止めて、「急になに?」と反応する。


「いや、だってさ。お前高校の時、クリスマスとか全然楽しそうじゃなかったじゃん」

「あの頃とは違うもの。環境も、私自身も」


 高校と大学。高校生の彩華と大学生の彩華。

 どちらにも大きく隔たりがあることは間違いない。


「確かに、お前大学に入ってから凄い人当たり良いキャラだもんな。成果出たか?」

「出まくりよ、出まくり。こうやってパーティーの準備を自ら引き受けちゃうくらいに、私もはしゃげてるし」


 高校時代の彩華を思い出すと、こうしたパーティーへ進んで参加する姿が少し感慨深い。

 俺はラッピングされたプレゼントを椅子へ置きながら、そう思った。


「まあ、最初はムズムズすること多かったけどね。もう慣れたし、慣れてしまえばこっちの方が快適よ」

「じゃあ俺にももうちょい丁寧に接してくれよ。ほら、我は個人的なクリスマスプレゼントを所望するぞ」


 言うと、平等院鳳凰堂で買えるスナック菓子が飛んできた。

 体勢を崩して寛いでいたこともあり反応が遅れ、取り損なう。


「菓子投げんな!」

「あはは、ごめんごめん。食べていいから許して」


 お菓子は大量に配置されていることだし、一つくらい食べても問題ないのだろう。

 俺は封を開けて、スナック菓子を口の中に放る。

 癪だが、そんなことで許してしまう自分がいる。


「終わり!」


 彩華はラッピングしたプレゼントを空いている椅子に置いて、嬉しそうに手を叩いた。


「お疲れ。誰のプレゼントが当たるかなー」


 試験終わりに開催されるクリスマスパーティーは、ゼミ生一人一人がプレゼントを購入し、事前に椅子に置くことになっている。

 座る場所をランダムで決めて、その椅子に置かれているプレゼントが貰えるという訳だ。

 俺と彩華はゼミ室から出て、戸締りをしながら雑談を続ける。

 廊下はすっかりクリスマス仕様となっていて、ちょっとしたイルミネーションのようになっていた。


「私は豪華なプレゼントが良いわね。あんたはいくらの物買ったの?」

「千円くらいかな」

「あんたのプレゼント、何色の袋だっけ?」

「不正する気かよ。そんなに俺の欲しいのか」

「違うわよ、あんたの席に座らないためによ。言ったでしょ、私豪華なプレゼントがいいの」

「罰当たれお前……」


 思わず呆れた声を出す。

 その瞬間、ポケットが震えた。

 スマホを確認すると、礼奈からのメッセージだ。

『今から電話してもいい?』とある。

 大方クリスマス当日のディナーの件だろう。


「わり、もうすぐ彼女から電話来るわ」

「……あんた、彼女さんにはもっと良い物買ったんでしょうね。彼女さんにも千円のプレゼントとかだったら、私が代わりに怒るわよ」


 彩華は疑うような目でこちらを見てきた。

 とても心外である。


「さすがにもっと高えって、心配すんなよ」

「ふ、不安だわ……これで千五百円とかだったらどうしよう……」

「高校生か俺は!」


 声を大きくした瞬間、着信音が鳴った。

 最近流行りの曲のイントロが、廊下で鳴り響く。


「じゃ、そゆことで」

「はいはい。仲良くね」

「ういっす」


 彩華は短く手を振って、一足先に階段を下りていく。彩華の姿が見えなくなったのを確認して、俺は漸く通話ボタンを押した。


「よっ」

『もー、遅いよぉ。何してたのー?』


 耳元で、礼奈の声が聞こえてくる。

 艶のある、温かい声が俺はとても好きだ。


「クリパの準備。友達と話してたから気付くの遅れたわ、ごめん」


 言うと、礼奈は『いいなぁ』と声を漏らした。


『私女子大だし、そういうのあんまり無いんだぁ。やっぱり男女がいないと、クリパとかやる気も起きないのかな』

「確かに男だけだと、少なくともプレゼントまでは用意しないかな……」


 プレゼント交換というのも、女子が言い出した案だ。

 男だけだと、クリスマスパーティーがただの飲み会へと変貌することは間違いない。


『でも今年のクリスマスは、悠太くんがいるもんね。わはは、勝ち組だ!』


 礼奈が胸を張る姿が目に浮かぶ。

 想像の中の礼奈はとても可愛かった。無論、実物も可愛いのだが。


「俺みたいな男で満足してくれるなら嬉しいわ、まじで」


 本当に思う。礼奈は共学の大学へ行けば、彼氏になりたいという男なんて山程いるだろう。

 俺が礼奈と付き合えたのは、礼奈が女子大ということと、その女子大で開かれる学祭という場で早い時間帯から声を掛けていたからだ。

 俺が声を掛けていなければ礼奈は他の男に声を掛けられていただろう。

 例えそこで付き合うまでに至らなかったとしても、同じような機会は毎年ある。

 大学生になってから半年程度の内に出会えたのは、とても幸運なことだったのだ。


「すみません、リラックスルームってどこですか?」

「ん?」


 茶髪の女子高生が、俺に声を掛けていた。

 女子高生は俺が電話中と気付き、慌てて頭を下げる。


「この階段上がってすぐだよ」

「あ、ありがとうございます……!」


 女子高生は最後にもう一度深く頭を下げてから、階段を上がって行った。


『どうしたの?』

「いや、女子高生から道聞かれてさ。一人で大学見学しに来たんだろうな」

『こんな時期に! やっぱり人気だね、悠太くんの大学。普通この時期に高校生なんてあんまり来ないよー』

「んなことねえって。礼奈の大学にもいるだろ」

『来るには来るけど、その子は一人で室内まで入ってきたんでしょ? 中々そこまで熱のある人はいないよ』


 言われてみれば、そうかもしれない。

 大学へ見学に来る高校生を見かける機会は多いが、その殆どが友達同士だ。

 こんなクリスマスシーズンに一人で足を運ぶような女子高生は、恐らく珍しい。


「受かってほしいな、あの子」

『ね、私も応援しちゃう。頑張れーって』

「だな。来年見かけたら普通に嬉しくなっちゃうわ」

『そんなこと言って、顔覚えてないんでしょ』


 そう言われて、俺は顎に指を当てて考えてみる。

 とても可愛かった気がするが、礼奈との電話中だ。

 ついさっきのことだというのに、ぼんやりとした輪郭しか思い出せなかった。


「電話中だったから、全然覚えてないわ。電話に夢中だったし」

『え、ほんと。……それはそれで嬉しいから、もー私がディナー予約してあげよっかな』

「いやいや、そこは男に見栄を張らせてくれよ。俺が予約すっから」


 俺はそう言って、ネットでピックアップしていたリストを確認する。

 フレンチやイタリアンの洒落た店が並んでいて、後は予算との兼ね合いを考えるだけだった。


『うふふ、じゃあ楽しみにしてる。実はそのことで電話したんだ、そろそろ予約が埋まり始める日だし』

「確かに、ギリギリかも。電話終わったら弾丸で予約するわ」

『任せました!』

「任されました」


 礼奈との電話していると、廊下のイルミネーションが一層輝いて見える。

 これが一人身だと、そうは思えないという確信がある。

 そう思いながら廊下を見渡していると、先程までは無かった物が落ちていた。


 ──学生証だ。


 名前は、志乃原真由。

 恐らく一瞬で忘れてしまうだろうが、何となく心地いい響きの名前だと感じた。


『どうしたの?』

「いや、学生証落ちててさ。多分さっきの女子高生のだろうし、ちょっと届けてくるわ」


 そう言うと、礼奈はクスリと笑った。


『そういう優しいところ、好き』

「照れる照れる、ニヤけるからやめろって」

『ほんとのことだもーん。じゃあ、届ける時は電話切った方がいいかな?』

「そうだな。まあ学生証渡すだけだし、またすぐ電話かけるよ」

『うん。じゃ、また後でね』


 電話が切れる。

 そのことを確認してから、学生証を再び見た。

 顔写真に写る女子高生は黒髪で、いつ茶髪に染めたのだろうと疑問に思う。

 受験のストレスで染めた訳じゃなければいいが。

 苦笑いして、俺は階段に足を運んだ。


 ◇◆


 ──結局、先程の女子高生はリラックスルームにはいなかった。


 リラックスルームの中は、人っ子ひとり見当たらない。

 外から様子を見学しただけで、すぐに別の棟に移ってしまったのだろう。

 これでは探し当てるのに時間がかかる。

 俺は学生部へ行き、落し物として学生証を届けた。

 もう名前も覚えていない女子高生だが、この大学に受かりますようにと、心の中でキリストに願う。

 外へ出てから空を見上げると、願いに呼応するように雪が降ってきていた。

 雪に触れようと手を伸ばすと、着信音が鳴る。


 意外と時間が掛かったので、待ち切れなかったのかもしれない。

 幸福感から、思わず口元を緩める。

 クリスマスを彼女と過ごした経験がない俺にとって、今年のクリスマスはとても特別な日になるに違いない。

 俺はかじかんできた指で通話ボタンを押した。


『やっほっほ〜、雪だ、雪だ!』


 礼奈の戯けた声が聞こえてくる。


 ──今年のクリスマスが楽しみだ。


 礼奈の笑い声を聞きながら、俺は柄にもなくそう思った。

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