第37話 志乃原のSNS

【お知らせ】

篠原真由子→志乃原真由へ改名

同姓同名のタレントさんがいた為、書籍化にあたり名前を変更致しました。

タイトルも『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』に改題し、角川スニーカー文庫より【12月1日】発売です。

ツイッターにてカバーイラストも公開しておりますので、興味のある方はぜひ。

めちゃんこ可愛いです。


それでは、久しぶりの本編スタートです。






◇◆◇◆






 バレンタインパーティが終わってから一週間が経った。

 二月も残すはあと僅か。だというのに寒さは一向に衰える気配がなく、俺はベッドから離れられずにいた。

 時計の針は十時に差し掛かろうとしている。

 今日は大学に行く用事もあるので、そろそろ起き上がりたいところなのだが。

 結局十分ほど布団と戯れていると、枕元に置いてあるスマホが震える気配がした。

 寝返りを打ってから、スマホを手元へたぐり寄せる。

 ラインを開くと、まだ既読を付けていないトーク欄が上部に上がってきた。


「……みんな元気だな」


 高校の友達が集まるグループラインが活発に動いているのを見て、思わず呟く。

 まだ午前中だというのに、通知はどんどん増えていく。

 何十件目かの通知が上から降ってきたタイミングで、画面が暗くなった。

 いつもの着信だ。

 少し躊躇した末に出ると、午前中とは思えない元気な挨拶が飛び込んできた。


『せんっぱーい!』

「うっせえな!」

『なんで!?』


 志乃原真由。知り合ってから二ヶ月が経とうとする、新しい後輩。

 まさか俺がサンタの格好をしていた可愛い女子と、こうして電話するような仲になるなんて誰が想像しただろう。

 だが今の俺は嬉しさよりも、のんびりダラダラしたいという気持ちの方が大きかった。


『先輩ー、少しくらい優しくしてくださいよ。ね? ほら先輩、朝の挨拶は』

「はよっす、またな」

『待って待って待ってください!』


 電話越しに大きな声が鳴り響く。

 俺は思わずスマホを耳から離して、顔をしかめた。


「大した用事ねえだろ、絶対」

『ないですよ。私だって別に朝から長電話するつもりで掛けたわけじゃないですもん。ちょっとバイト前に話したかっただけですもん』


 志乃原の拗ねたような声色に、若干の罪悪感に苛まれる。

 朝の挨拶をしたかっただけの後輩に、我ながら大人気ない対応だったと反省し、上体を起こした。


「ああ、そうか。いや、悪い。俺も別に志乃原と電話するのが嫌っていうわけじゃなくてさ──」

『でも気が変わりました。先輩、あと一時間は電話しますよ』

「なんでだよ!」

『邪険にされると追いかけたくなるのが私のさがなんですよ!』


 膨れっ面をする志乃原が目に浮かぶ。

 想像の中でも可愛い顔をしていると思ってしまい、それが無性に腹立たしい。


「分かったよ、間とって五分な」

『先輩、間って知ってます? それ私の要求が十分だったことになるんですけど』

「じゃあ十分でいい?」

『……それくらいで勘弁してあげます』


 渋々了承する志乃原に、俺は口角を上げた。


「これがドアインザフェイスか」

『ドア……はっ! 計りましたね!』


 最初に大きい要求をして断られた後は、小さな要求が通りやすくなるという交渉術だ。何となく試してみたが、効果はあったようだ。


『小癪な……』

「小癪って、日常生活でそんな単語聞いたの久しぶりだわ。ほらあと九分な」

『そんな時間を急かされたら話せるものも話せないですよー。先輩、今何してたんですか?』

「別に。SNSで皆んなの近況を確認しようかと思ってたところ」


 言うと、志乃原は意外なことを聞いたかのような声を出した。


『先輩も、普通に朝からタイムラインとか見たりするんですねー』

「まあ、たまにはな。久しぶりの知り合いもいるかもしれないし」


 実際、SNSがきっかけで疎遠になりかけていた縁を繋ぎ直せることもある。

 SNSが好きな訳ではないが、メリットもあることは認めざるを得ない。

 志乃原もそうしたことに心当たりがあったのか、「まぁ言われてみれば、そうかもしれないですけど」と言葉を濁す。


『じゃあ、先輩のSNSフォローさせてくださいよ』


 唐突な要求に、欠伸をしようと開けていた口がガチリと閉じた。


「なんでそうなるんだよ。別に大した投稿してないぞ」

『だってだって、こうして電話はするのにSNSのフォローはしてないって、よくよく考えたらおかしな話じゃないですか。普通は順序逆ですって』

「それは……」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 少なくとも知り合ってから二ヶ月が経とうとする仲で、ラインでしか繋がっていないなんて状況は今時の学生だと珍しい。今までそうした話が出なかったのは、単にタイミングを逃していたからだろう。


『見られたら困る投稿とかしてるんですか?』

「いや、ない。わかったよ」


 そう言って、俺は自分のアカウントのIDをコピーする。

 志乃原の言う通り見られて困る投稿はないし、別に教えても全く問題はない。俺のアカウントに、秘匿する程の価値もないのだし。

 IDを送ると、志乃原は『おっ』という反応を示してから、笑った。


『へへっ、ありがとうございます』

「いや、全然いいけど」


 早速リフォローの通知が鳴る。確認すると、アイコンは志乃原本人の後ろ姿だ。夕陽に照らされて、シルエットのみが映っている。


「がっつりSNS映えのアイコンじゃねえか」

『当たり前じゃないですか。象徴アイコンですよ。アイコンの画像くらいはオシャレにしないと』


 そう言われて、俺は自分のアイコンを見つめる。

 ブサカワイイご当地キャラと目が合った。

 そういえば、飲み会のノリでアイコンを変えて以来、そのままだ。


『……先輩、アイコン変えた方がいいですよ』

「いや、なんか負けた気がするから嫌だ」


 いずれ変える予定だったのだが、変えた方がいいと言われた途端に拒否したくなる。志乃原は『まぁ、先輩の自由ですけど』と言って息を吐いた。


「じゃあ、フォロー申請送っといたから。承認よろしく」


 志乃原のアカウントは非公開設定で、投稿を見るためには本人からの承認が必要となっていた。申請が通らなければ、投稿を見ることができないのだ。

 そのことを踏まえて俺はごく普通のことを言ったつもりだったが、返ってきた言葉は意外なものだった。


『え、嫌ですけど』

「へ?」

『嫌ですよん。私、先輩の投稿は見たいですけど、自分の投稿は見せたくないので』

「なんでだよ。俺がアカウント教えて、お前が教えないなんて話があってたまるか」


 別にどうしても志乃原のアカウントが知りたいという訳ではないのだが、これでは何だか教え損をしたようで癪に触る。


『ところがどっこい、あるんですよねそんな話が』

「じゃあもう寝るわ」

『わっかりましたよ、何なんですか! そんなにすぐ私との電話切ろうとしないでくださいよ!』


 ……こいつの電話欲は一体どこから来るのだろうか。

 バイト前だというのに、よくギリギリまで電話しようとするものだ。

 俺ならバイト当日は余計な体力を使うことは避け、ベッドの上で過ごしたいというのに。


『もー。バカにしないって誓います?』

「しないしない。何なら宣誓してやろうか」

『いらないです。もう時間も無いんで』

「何で急に冷静なんだよ」


 時計を確認すると、約束が刻々と近付いてきている。

 時間を測っている訳ではなかったのだが、志乃原はしっかり見ていたようだ。変なところで律儀なやつだ。


『ほら、通してやります!』


 芝居めいた台詞とともに、フォロー申請の承認が下りる。

 瞬間、志乃原の投稿が画面一杯に表示された。

 真っ先に目に入ったのは、憂いを帯びた雰囲気を醸し出している志乃原のアップ写真。

 前髪をクシャリとパーマにしており、いつもより数段大人に見える。

 恐らく、サロンモデルをした際の写真だろう。


「綺麗だな」


 思わず口から言葉が漏れた。

 綺麗系と可愛い系、どちらかに分類するなら可愛い系であろう志乃原だが。

 この写真に限っては、間違いなく綺麗系だ。


『……ま、まあそうなんですけど。私、綺麗なんですけど』

「なんだよ」

『いやあの、からかわれると思ってたので。……先輩ってたまにそういうこと素直に言ってくれますよね。いつもは言わずに、たまに言うところが良いですよね』


 志乃原の反応に、何となく気恥ずかしくなってくる。

 意識せずに出た言葉だったが、傍から見れば口説いているような発言だったかもしれない。

 俺は恥ずかしさを誤魔化すように志乃原のアカウントを眺めていると、ある事に気付いた。


「お前、フォロワー少なくね?」


 志乃原のフォロワーはたった八人。キラキラとした女子大生にしては、些か少ないように思える。


『親しい人にしか教えてないですからね。フォロワーにいる異性は先輩だけですよ』

「そ、そうか」


 親しい人限定のアカウント。

 そう聞いた途端、画面に映る志乃原の投稿に視線が惹きつけられてしまう。

 相手が志乃原だからなどではない。

 誰にだって、こうして好意を視覚化されると嬉しいのだ。


『……十分経過! じゃあ、バイトの準備してきますね!』


 志乃原はそう言うと、プチっと電話が切れた。

 相変わらず嵐のようなやつだ。

 時間を確認すると、まだ約束の時間より三分ほどの猶予がある。


「……まだ七分しか経ってねえじゃねえか」


 呟くと、自分の口角がいつの間にか上がっていたことに気付き、頬をつねる。

 志乃原の投稿に『いいね!』ボタンを押し、俺はスマホをぶん投げた。

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