第31話 バレンタインパーティ②
「確認が取れました。お入り下さい」
入場券を渡されて中へ案内されると、軽く百人は入りそうな会場だった。実際にいる人数は四十人ほどなので、随分広々している様に感じられる。
更に高層ビルのワンフロアを会場にしているため、夜景が一望できた。高級感を味わえるのにも関わらず値段がリーズナブルな為、学生からの人気が高い会場だという触れ込みにも頷ける。
「へえ、案外しっかりしたところね。会場には期待してなかったんだけど」
「普通こういうとこ行こうと思ったら参加費だけで七千円くらいは飛んできそうなもんだけどな」
俺が感心していると、彩華は怪訝な顔をした。
「何言ってんの、それくらいいくわよ。ドリンクオーダー制だし」
「えっここからまた金取られんの!?」
「声が大きい!」
再び頭を叩かれる。ジンジン痛む後頭部を撫でていると、会場に見覚えのある姿を見つけた。パーティに誘ってきた那月だ。
声を掛けようとしたが、那月もまた隣にいる男と談笑していた。その男にも見覚えがあった。
「彩華、那月の隣にいる男って」
「げっ」
彩華が思い切り顔をしかめた。
那月の隣にいるのは元坂遊動だ。クリスマスの合コンで彩華ら女子勢に下世話な話を振りまくった挙句、乱入してきた志乃原に振られた男。
彩華が幹事を務めたにも関わらず失敗に終わったその合コンは、彩華本人にとって苦い記憶となっているだろう。
「なんであの人がここにいんのよ。てかあいつ那月と友達だったの? 同じ大学だから分かるけど、なんで那月と仲良いのよ」
「俺が知るかよ、あーやだやだ」
「あんたは女子としか話さないんだからいいでしょ」
「お前もいつもみたいに猫被れば余裕じゃねえか」
「なんですってこの──」
彩華が言いかけた時、会場全体に音声が響き渡った。
会場は薄暗くなり、表に出てきた男のみに照明があてられる。
「本日はようこそお越しくださいました、バレンタインパーティ主催の津田です」
そう名乗った男性は若く、まだ学生にも見える。
彩華は退屈そうに主催者を眺めていたが、周りの人達は目を輝かせている人も多い。
「突然ですが、今日既にチョコ貰ったよって人ー!」
主催者が手を挙げて質問すると、疎らに手が上がる。
元坂も誇らしげに手を挙げていた。
彩華が肩を叩いてきたので、耳を彩華に近付ける。
「あんたは貰った?」
「貰ってねえしこれから貰える気もしねえよ」
「なによ、私のも数に入れなさいよね」
そうは言っても、希少価値の低さではこの会場で一番なのではないだろうか。複数チョコを作っている人はいるだろうが、彩華のように紙袋が膨れるほど持ってきている人は全く見当たらない。
「当たるといいな豆鉄砲」
「豆鉄砲って言わないで。立派な大砲よ」
「大砲は何発も連射できねえよ」
「私は弾を詰め込む速さが違うから」
彩華が得意げに言う。俺が更に言葉を返そうした時、茶髪のマッシュボブがそれを遮った。
「彩ちゃん」
那月だ。
後ろには元坂を連れている。
「彩ちゃん、来てくれたんだ嬉しい! 今日楽しもうね!」
「那月〜! 私こういうの一人じゃ心細かったから、那月が誘ってくれていいきっかけになったよ〜!」
小声できゃっきゃと喋る彩華の切り替えの速さに目を見張る。豆鉄砲と大砲の話をしていたと那月に暴露したらどうなるのだろうか。
元坂も彩華に気付いたらしく、テンションが上がったように口を開いた。
「彩華ちゃんお久じゃね? まじアツいわ来てよかった! もしかして俺にもチョコくれる感じ?」
「元坂くんお久、そうなの作りすぎちゃって〜。勿論あげるよ、ペアになった人全員にあげたいなって多めに作ってきたから!」
俺はニッコリ笑う彩華から離れる。後で怒られるかもしれないが、あの場にいるよりは一人でいた方がマシだ。
幸い会場は主催者が立っている場所以外は薄暗くなっており目立つことはない。
「それでは皆さん、お持ちの入場券をお確かめください!番号が書かれているのが分かりますか?」
主催者の説明にポケットから入場券を取り出すと、見えにくいが確かに大きな文字で31と書かれている。
「このように参加者一人一人に番号が割り振られています。この番号でランダムにペアを作ります。十分ごとに前で張り出すので、各自号令があったら確認しにきてください。入場券の端にワンドリンクのサービス券が付いているので、カウンターにて切り離してお使い下さい!」
男女比の擦り合わせといい番号の振り分けといい、随分と参加者任せな企画だ。手書きの模造紙の上には照明が当たっており、最低限の配慮はしているようだったがそう思ってしまった。
前へ赴き、ようやく自分の番号を探し当てると、相手は14番と書かれていた。
周りを見渡すと皆それぞれ「40番の人いませんかー」などと相手の番号を口に出して歩き回っている。
この薄暗い会場の中から相手を自分で探さなければならないことに絶望しながら、俺も周りに倣って歩き始めた。
数十秒間「14番の方ー」と探していると、ようやく返事が聞こえた。
「はい、私14番です」
聞き覚えのある声だ。
声の主に近寄ると、先程彩華と話していた那月だった。
「あれ、なんだ那月か」
「ありゃ、悠太だ。なんだ知り合いじゃーん」
那月はつまらなさそうに反応した。
「失礼なやつだな」
「先になんだって言ったのそっちだし」
「あ、そっか。ごめんごめん」
素直に謝ると、那月も気にしてないよと笑った。
それが愛嬌のある笑顔で、あのサークルに入っているだけのことはあると勝手な感想を抱く。
「とりあえず雑談しよっか。今日は来てくれてありがとね」
「ありがとって……やっぱ那月って運営陣の人?」
参加者の中に運営陣が紛れていると聞いたことがある。
だが那月は首を振った。
「違うよ。私運営の人と友達なんだ、だから入場枠を多めに貰ったの。友達を入れられるように」
「ああ、それで俺誘ってくれたんだな」
「そういうこと!」
「ふーん。でもなんで俺だったんだ?」
那月なら誘う友達は他にいくらでもいたはずだ。
まして俺など、誘われた時点ではまだ二回しか会っていなかった仲だ。どちらも話は盛り上がったので特別不自然なことではないのだが、それでもどこか引っかかるものがあった。
「なんでって。そうね。そのうち分かるかな」
「なんだよそれ」
含みのある言い方に俺は苦笑いする。
これ以上この話をしても那月は何も言わないだろう。
気にはなっていたが、仕方なく話題を転換させる。
「このパーティって欠席者が出たら番号の振り分けとかどうなるんだ? ペア出来なかったりしねえの?」
那月はあまり興味が無いように答えた。
「番号は運営の人達がその場で決めてるの。男女のペアでないと入場ができないのは、欠席者によって男女比が変わらないようにするためみたい」
「へえ。参加者にとっては面倒だけど、運営からしたら色んな手間が省けてるわけだ」
そこからは以前のように好きな漫画の話などで時間を潰した。共通の話題があれば、こういう場面で苦労せずに済む。
話は盛り上がったが、同時に違和感も覚えた。
その違和感が何なのか考えようとすると、主催者からペア変更の旨を伝えられる。
いつの間にか前にある長テーブルの上に箱が置いてあり、それぞれに番号が振り分けられている。女性の様子から、どうやらその中にチョコを入れる仕組みらしかった。
「まあ、最初のペアが悠太でよかったかも。緊張ほぐれた気がする」
「俺もだわ。ありがとな」
視線を変えないまま言うと、那月は俺がチョコを入れる箱を見ていたことに気付いた様子で、「ごめんチョコはあげられない。知り合いにあげるのはなんか今日来た意味薄れるし」と申し訳なさそうに付け加えた。
期待していたわけでは無かったので、俺は笑いながら手を振った。
「いいよ、チョコの数が少なかったらそれが当然だし。大量に作ってる彩華がおかしいんだって」
その言葉と共に二人で彩華を探すと、彩華は丸眼鏡を掛けた男とまだ談笑していた。傍から見れば上手くいっているのだが、その笑顔が本物でないと知っている俺は思わずため息を吐く。
こうした場で出会う初対面の相手にまで猫を被っていたら、彩華の欲しい彼氏はいつまで経ってもできないんじゃないかと思ってしまう。
表面しか見ずに言い寄られることを是としないなら、自ら全て曝け出す他ないだろうに。
「彩ちゃんとは付き合わないの?」
「またそれか。ないよ」
「でもずっと仲良かったよね」
「まあ、そうだけど」
彩華と長い付き合いだということを、那月に言ったことがあっただろうか。きっと彩華から聞いたんだろうと思案していると、那月はそれを見抜いたように否定した。
「彩ちゃんから聞いたんじゃないよ」
そう言い残して、那月は俺の元を去って行く。
那月の返答に胸がざわつくのを感じた。
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