第11話 サンタの悩み
彩華とバイキングを堪能し、俺は帰路に着いていた。
途中、すっかり軽くなってしまった財布を取り出す。自販機でコーヒーでも買って帰ろうと思ったのだが、それも
「高っけえよ、美味かったけど」
思わずぼやき、財布を後ろポケットにしまう。
今日だけで一体いくらの出費になったのか、一人暮らしの学生には想像したくないものになっているだろう。
その出費がクリスマスのようなイベントならともかく、普通の平日によるものなのだから恐ろしい。
バイキングはファミレスのような料理を取り揃えるのではなく、単品でもいい値が付きそうなものばかりだった。
それを心ゆくままに食べたのだから、この財布の軽さにも納得するべきなのだろうが。
「コーヒーさえ買えないとは……」
なんとも情けない声を漏らして、今度こそ家に向かう。
今月欲しいと思っていたゲーム機などは見送ることになりそうだ。
◇◆
自宅であるアパートが見えると、俺の部屋には明かりが灯っていた。今日志乃原は友達から誕生日を祝ってもらうと言っていたが、それも終わったのだろう。
『今日早く終わりそうなので、鍵をポストの中に入れておいてください』
とラインが来たのは今朝のこと。
泥棒が入るという危機感がイマイチ足りてない俺は、二つ返事で了承して鍵をポストに入れておいた。
現在の時刻は二十三時半。
何をしているか知らないが、今ごろ人の家でグダグダと漫画を読んでいるに違いない。
軋む階段を登って、ドアの前に立つ。ボロアパートとまではいかないが、かなり古いアパートの二階が俺の家だった。
ドアを開けて「ただいま」と言うと、テレビの音が俺を迎えた。
廊下の奥から、ひょっこり見慣れた顔が覗く。
志乃原は緩く巻いた髪を束ねて、ポニーテールにしていた。
「あ、先輩。おかえりです」
「ただいま。こんな時間まで何してたんだ?」
「見ての通り、テレビですテレビ」
そう答えながら、志乃原は見ていたチャンネルを変える。女性がインタビューを受けていた画面がニュース番組に切り替わった。
「へえ、何見てたの?」
「内緒です。女の子に詮索しないでください」
「大した詮索してねえだろ、リモコン寄越せ」
「あっ!」
リモコンを取りチャンネルを適当に変えていくと、先程の女性に辿り着く。左上にあるテロップには、『どんな時に彼氏が欲しいと感じるか?』と書かれていて、恋バナ番組であることが伺えた。
「へえ、意外と乙女チックな番組見てんだな」
「あー! 最低、意外だなんて!」
「なんでこんな番組見てたんだ?」
問うと、志乃原は一瞬迷ったように目を逸らした。
「……まあ、言いたくないならいいや。それよりさ、今日……」
「私、ズレてるのかなと思いまして」
「──言うのかよ。え、なに急に」
「あ、冷たい! 勇気出したのに!」
志乃原はキッと目力を込めるが、可愛いだけで俺には何の効果もなさない。
「……私、元坂先輩と付き合ってたじゃないですか。その件で、どうやら私って世間とズレた感覚を持ってる疑惑が上がりまして」
「はあ。今更だな」
「別れたこと、友達に言ったんですね。別れたの先月だし今更なんですけど、一応直接報告したくて」
「へえ、それで何て反応されたの?」
「はい。浮気されて大変だったねとか、次はいい恋になればいいね、とか」
「ふーん。いい友達じゃん」
「そうなんですけどね」
志乃原は言いたいことはそんなことじゃない、と言うように首を振る。
「私、そんな言葉を貰うのがなんだかむず痒くて。クリスマスに先輩たちへ迷惑かけたんで反省はしてます。でもやっぱりただカップルぽいことしたくて付き合っただけですし……」
傷付いたわけではないんですよ、と志乃原は肩をすくめる。
「それでも一日中気遣われて、慰められちゃって。今日は疲れちゃいました」
「だから誕生日なのに割と早めに解散したんだな」
「はい。……カップルっぽいイベントをしたくて元坂先輩と付き合って、浮気されて腹は立ったけど傷付きはしなくて。私って、ズレてますかね?」
「ズレてんじゃねえの?」
「やっぱりですか」
アハハ、と志乃原は笑う。
「そりゃ、志乃原と同じようにカップルっぽいことしたいから付き合うって人は結構いると思うよ。でも多少好きじゃないと付き合えないだろうし、浮気されたら少なからず傷付くだろ」
思い返せば志乃原は浮気されていた直後もムカつくと言っていただけで、浮気をされたことで傷付いたと様子は見せなかった。
「お前、浮気された時なんで怒ってたの?」
「ムカついたからです」
「なんで?」
「コケにされたからです」
「それは、やっぱり自分以外の女に意識向けられた嫉妬とかもあったんじゃない? 愛情が裏切られたっていうか」
「違います。しつこく告白するから初めて告白受けたのに浮気するとか、なめとんか。です。それ以上もそれ以下もないです」
そう言い放つ志乃原は、やがて黙っている俺を見て不安そうに眉をひそめた。
「……私って軽いですか?」
やはり人と考え方が多少ズレていると思ったようで、次は軽いのかなと悩み始める。
「考え方なんて人それぞれなんだから、今はいつか来る出会いとやらを待ってたらいいんじゃないか?」
「待ってて、出会って、浮気されました」
「…………そうか」
「なんですかその気の毒そうな声は」
「いや、すまん。大変だったな」
「その態度が疲れるって今言ったとこー!」
志乃原は頰を膨らませる。
その後膝を三角に折り曲げて、顔を埋めた。
「みんなが羨ましいです。好き合うカップルっていいですよね」
「確かにな」
一瞬だけ、先程再会した礼奈の顔が脳裏をよぎる。
それを誤魔化す様に、彩華から貰った袋を
「ほら、やるよ。財布」
「えっっ」
志乃原は三角座りを即座に解いて、近付いてきた。家のシャンプーではない、甘い香りが鼻をくすぐる。
「誕生日おめでとう。これからもよろしくな」
「……ときめきました」
「そっか、喜んでくれてよかった」
「てか、私の好みドンピシャなんですけど。財布もちょうど欲しかったし、なんで分かったんですか。天才ですか」
さすが彩華、あいつのチョイスはいつもドンピシャだ。
「普段の会話から何となく分かるって」
……そう格好付ける俺を許してほしい。
その時、インターホンが鳴った。
ワンルームの部屋に似合わない、やたらと大きい音が木霊する。
「こんな時間に誰ですかね」
志乃原はヨイショ、と立ち上がって玄関に歩いて行った。
大事そうに財布を持っているあたり、本当に気に入ってくれたのだろう。
決して安くはない買い物だったが、そんな姿を見るとあげて良かったと思わされる。
ガチャリと志乃原がドアを開ける音が聞こえた。
その次に耳に入ったのは志乃原のものではない、聞き慣れた声だった。
「え、志乃原さん。ここでなにしてるの」
「……彩華先輩」
志乃原を挟んで、彩華と目が合った。
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