第9話 サンタへの買い物

「頼む」


 手を合わせてお願いをすると、頼りになる女こと彩華は眉をひそめた。

 大学の正門前に彩華を呼び出したが、好感触とは言えないようだ。


「志乃原さんへのお礼の品を、私が?」

「おう、頼んだ」

「やだ」

「だめ」

「だめってなによ」


 彩華は呆れたような声を出して、続けた。


「会えるか、なんて聞いてくるからわざわざ足運んであげたのに。ご飯奢ってくれるのかと思ったじゃない」

「奢るためにわざわざ女だらけのグループから呼び出すわけねえだろ、めちゃくちゃ勇気いるんだからなアレ」

「ああ、でしょうね。現に私また口説かれてると思われてたし」

「は、まじ!?」

「嘘よ。あんたのことはあそこにいた子達全員知ってるわ、高校の友達ってこと」

「ビビらすなよ、タチ悪い嘘だな」


 俺は学部内でも一際目立つ彩華とは仲良いが、その他の女子とはあまり絡みがない。

 彩華といると知らない女子がやってくることもあるのだが、そういう時決まって彩華はなんやかんや理由を付けて俺と二人になろうとする。

 理由は単純、「楽だから」だそうだ。

 彩華は先程のグループでは比較的素を出している様子だったが、それ以外の浅い付き合いの仲では八方美人になる。

 本人は楽しんでそういった振る舞いをしているようだが、たまには羽根を休める場所も欲しいのだろう。


「第一ね、志乃原さんはあんたにお任せって言ったんでしょ。それじゃあんたが選ばなきゃ意味ないんじゃない?気持ちでしょう、こういうのは」

「いや、志乃原はああ見えて合理的な女だ。付き合ってもない男に"お任せ"を使うあたり、プレッシャーをかけてきてると俺は見た。だから実用的なものがいい」

「はあ、まあ、どうでもいいけど」


 彩華は全く乗り気ではなさそうだ。

 バイトなどと理由を付けて断らないあたり、可能性はゼロではないのだろうが。であれば、何か一押しする材料が必要になる。


「彩華」

「何よ」

「テスト近いだろ。過去問、知りたくないか」

「生憎、あんたが知ってて私が知らない過去問なんてないと思うけど」


 その通り。交友関係が広い彩華と対峙しようものなら、俺が五人いても太刀打ちできない。

 むしろいつも過去問を見せてもらっているのは俺の方だった。


「てか思い出したわ。あんた、私があげた過去問別の友達に横流ししたでしょ」

「げ!?」

「その分も、きっちりご飯奢ってもらうからね」


 鼻を鳴らす彩華に、最終手段を行使することにした。


「……駅前のホテルにある、期間限定のバイキング。それならどうだ」

「なに」


 今週末から、一週間限定でホテル最上階で開催されるバイキング。普通のバイキングではない、高級食材や珍食材を扱っている分値段は張るが、そういった珍しいお店に目がない彩華には効果があったらしい。


「よし、そういうことなら仕方ないわね!」

 勢いよく了承する彩華に、ホッと胸を撫で下ろした。


 ◇◆◇◆


 後日、俺と彩華は予定通り市内で一番大きなショッピングモールへ訪れていた。クリスマスの時は色とりどりの装飾に溢れていた大ホールが、今はバーゲンを知らせる垂れ幕に変わっている。

 志乃原に贈る財布を選ぶため多くの店に足を運ぶが、なかなか彩華が頷く財布が見つからない。かれこれ二時間である。


「財布が、どれも一緒に思えてきた」


 疲れてきて、思わずそんな言葉が口をついて出る。


「あんたが選んでって言ったんでしょう。引き受けたからには妥協しないからね」

「……心配しなくても、バイキングは俺がちゃんと全額もつぞ」

「関係ないっての。一旦引き受けたんだから、志乃原さんにはちゃんと喜んでもらわないと私の株が下がるじゃない」

「いい性格してるわ……」


 そう言いながら、四つ目の店を出る。

 女子大生の定番であろうブランドを取り扱った店だったが、彩華を唸らせるものはなかったらしい。

 ここまで回った四つの店は、いずれも学生御用達のブランド店だ。

 大学生になって使うお金が増えると、それに比例するかのように周りにもブランドを気にする人が明らかに増えた。

 俺自身はそこまでブランドに執着がないのだが、好きな人は全身をお気に入りのブランドで統一したりしている。

 デザインがそこそこのものでも人気のブランドならそれだけで箔がつくので、女の子への贈り物ならとりあえずどこかのブランドにしておけば間違いないというのが俺の認識だった。

 それなのにそのブランド店を四つも袖にする彩華には、相当なこだわりがあるのだろう。


「あった。次はここに行くわよ」


 彩華が指差したのは、店名を連ねた案内板。八階にあるその店は、学生にとってはかなりお高いことで有名なブランドだった。


「金……」

「大丈夫よ。私ここの会員なんだけど、今会員限定のシークレットセールやってるの。二つ買ったら更に割引されるから、私も何か買ってあげるわ」

「え、それはさすがに悪いって」

「いいのいいの。友達を助けるためだから仕方ないよねって自分を騙せる良い機会だもの。前から欲しかったバッグ買うわ」

「いいのかそれ……」

「さあ行くわよ!」


 威勢のいい声とともに、ガシッと腕を掴まれる。

 エスカレーターを登って店の前に着くと、それまでの店とは違った高級感のある雰囲気を感じた。


「こういうとこ苦手」

「そうね、じゃあ行くわよ」

「うい」


 無視に近い返事をもらい、ついて行く。チラリとバッグを見ると、お値段なんと九万円。


「だめだ帰る」

「ちょ、はやい! 買えるやつもあるから!」


 そこから彩華が一人で行動し、再び店内で合流したのは十分後のことだった。

 その腕にはもう、これから買うであろう鞄がぶら下がっている。


「良い財布見付けたわ。来て!」


 彩華に首根っこを掴まれて、財布が置いてある場所に移動する。値段は……


「二万一千円。まあこんなもんか」

「今日は財布が一番安くなる日だから、多分一万やそこらで買えるわ。よかったわね」

「うお、そんな割引されんのか。それは魅力的」


 だが、それは自分への買い物だったらの話だ。いざこの財布を人のために買うとなると、相当な覚悟が必要になる。

 冷静になると、彼女でもない女の子に一万越えのプレゼントを渡すなんてとんでもないことのような気もしてくる。


「店員さん呼んで来るわね、ゲージ開けてもらわなきゃ」

「早いって、まだ考えたい」

「私に任せるって言ったじゃない。値段も予算内に収まるし、これしかないと思うけど」

「そうは言ってもなあ……」


 逡巡していると、ふと女子大生らしき二人組が目に入った。

 その二人組には、不思議と目が惹きつけられる。

 華やかな雰囲気だが、それくらいは大学で見慣れている。それなのになぜこんなにも惹きつけられるのかと、二人を視線で追った。

 気になったのは、スマホをいじりながらショーケース前に立つ、茶髪をベースに前髪のみアッシュに染めている女子大生。

 その女子大生は俺の目線に気付いたように、顔を上げた。


 ──元カノの相坂礼奈が、そこにいた。

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