第8話 サンタへのお礼

 凍てつく木枯らしが吹いているその日は、数年ぶりに県の最低気温が更新された日だった。

 一月の下旬、クリスマスムードどころか正月ムードまですっかり消え去った街は、すっかりいつもの街に戻っている。

 この一ヶ月は、特に変わったこともない。友達とノリで宝くじを買ったことも、色んな新年会に顔を出したのも全て去年とほとんど同じ。


 一つだけ、去年と違うことがあるとすれば。


「先輩、また私が来ない間に随分散らかしましたね〜」


 週三で俺の家に訪れる、元サンタこと志乃原真由の存在である。


「うるせー、男たるもの掃除なんてしてられっかよ」

「なんですかーその訳の分からない理論。ハウスダストになりますよー」


 志乃原は気の抜けた声で、ワンルームに散らばった服を畳み出す。


「おい、やめろって。あとで自分で畳むから」

「先輩にそれ言われてから一週間信じ続けましたけど、一向に畳まないじゃないですか」

「明日からやるんだよ」

「そうですか」


 志乃原は全く信じていないという口調で返事をしつつ、服を畳む手は休めない。


 その姿を眺めながら、いつから志乃原は家に来るようになったのだろうと思い返す。

 クリスマスの合コンで元坂とゴタゴタあった後、電話で話して以来すっかり志乃原と会う機会が増えてしまった。

 その事自体は新しい縁ができて嬉しいのだが、さすがに家にまで押しかけてくるとは思わなかった。

 年が明けて初めて大学で落ち合った日に「家に行ってもいいですか」なんて、まともな神経をしている女の子の言う言葉だろうか。

 そこで了承する俺も俺、という考えは捨てておく。

 俺だからいいけど、男の家にホイホイ付いてくるなんて危ないやつだ。


 でも俺は一人の時間が大切な人で、加えてあまり他人を家に上げるのは好きじゃない。その日に志乃原を上げることに了承したのは、気まぐれだ。

 志乃原が抜群にかわいいからという理由も、まぁ無いとは言えないが。


 そんな俺にも、志乃原が家に来るようになってから本気で感謝していることが一つだけあった。


「先輩、今日もキッチン使わせてもらいますねー」

「おう、サンキュ」


 そう、料理だ。

 男学生の一人暮らしというのは何とも悲惨なもので、食事なんて適当に済ましてしまう。

 昼過ぎに起きてパンを食べ、夜は外食をして帰ってくる。友達と会わない日はコンビニ弁当を買ってくる。

 元カノ、相坂礼奈あいさかれいなと別れて以来そんな生活ですっかり手料理に飢えてた舌は、志乃原が作ってくれる料理に大いに喜んでしまった。

 まあ、あいつの手料理を食べた覚えはあまりないけれど。


「助かるわほんと。まとめてお礼しなきゃなぁ」

「私も一人暮らしですし、ついでですついで。暇な時に先輩と一緒に食べるだけなんで、気にしなくていいですよ」

「ほんとか? やっぱ志乃原いいやつだ、俺の財布事情をよく分かってる」


 思わずホッとしてしまう。

 今月はいつもよりバイトに入っていなかったのもあり、貯金も随分心許ないものになっている。卒業旅行などを考慮すると、あまり余裕がないのだ。


「お礼はヴィトンの財布でいいです」

「がっつり高いお礼要求してんじゃねえ!」

「無償の奉仕に、お礼をチラつかせる先輩が悪いんです。ヴィトンの財布をチラつかされて飛びつかない女子大生はいません」

「なんでお礼がヴィトンの財布で決定してんだよ……」


 げんなりしてベッドに寝転がる。まあ、いくら食費は割り勘とはいえ、料理の手間をかけてもらってるのは変わりないし。

 しばらく経った後にそれくらい買ってあげるのは、やぶさかではないかもしれない。

 例えばそう、誕生日とか。


「お前誕生日いつ?」

「明日です」

「はぁ!?」


 ベッドから跳ね起きると、パチクリとしている志乃原と目が合う。

 志乃原はエプロンを腰に巻いている姿勢のまま止まり、首を傾げた。


「何か?」

「……いや、まあなんだ。驚いただけ。いくつになんの?」


 無難な質問を返して、再び寝転がった。

「ふと思ったんですけど、女性に年齢聞くのって学生のうちだけですよね」

「そうだな。社会人になってからだと厳しいな」

「ですよね。年齢の上限がない分、恐ろしいです」


 志乃原は身を震わせる仕草をしてみせる。

 それからコホンと咳払いをして、口を開いた。


「さっきの質問ですけど、十九歳ですよ。合法飲酒まで、あと一年!」

「あー」

 合法で、というフレーズが気になったがツッコむのはやめた。

 以前志乃原が言っていたように、大学生なんてそんなものだ。


「むむむ。なんだか反応や悪し。もうすぐ合法、ですよ!先輩だって、十八歳になった時から──」

「はいはい、分かったから! あんま外でそういうこと言うなよ」


 本当にロクでもないことを言いかける後輩を黙らせる。

 後輩は最後まで言わせてもらえなかったことに不服の様子で、しかし続けて言い切る気にはなれなかったらしく顔を背けて言った。


「いいですよ、ここは先輩の部屋ですもん。ここには私と先輩しかいません」

「そういう問題かよ」

「そういう問題です」


 志乃原はきっぱりと言い放ってから、スマホをポケットから取り出した。

 震える携帯は、誰かから連絡が届いたことを示している。


「明日どこかご飯でも行くか」


 何気なく、そう提案した。

 日頃の礼も兼ねて、志乃原をどこかに連れて行くのも悪くないかもしれない。

 どうせ明日は予定もない。

 プレゼントを渡すにしても、俺一人のセンスでは自信もなかった。

 志乃原は俺の誘いに顔を上げたが、やがて首を振った。


「すみません、明日は無理です」

「あ、そうなの」

「意外そうな顔しないでください、私だって自分の誕生日くらい事前に予定入れますよ。友達たちに祝ってもらう予定です!」


 志乃原は嬉しそうにVサインを作ってみせる。普段から交友関係の広さは垣間見えていたが、どうやら友達に恵まれているようだ。


「あれ?」

「どうした?」

「先輩、もしかして誕生日に財布買ってあげよーかな、って思ってくれたんですか?」


 ズバリ当てられて、俺は仕方なく頷いた。すると志乃原は慌てたように手を振る。


「さっきのは冗談ですよ、冗談! 一人暮らししてる先輩にブランド財布をおねだりなんてしないですって!」

「まあ、ブランド財布は流石にアレだけど。誕生日くらいは何かあげようかなってさ」

「ほ、ほんとですか。出会って一ヶ月で、私に貢ぐと」

「アホか、日頃のお礼だっつの。俺があげたいんだからつべこべ言わずに受け取れ、気に入らないなら捨てろ。あ、俺のいないところでな。流石に目の前で捨てられると傷付く」


 俺が肩をすくめると、志乃原は「え、本気なんですか先輩」と改めて驚いた声を出す。

 冗談か何かとでも思ったのだろうか。

 志乃原は少し思案したようだったが、悪い気はしなかったらしい。


「そ、そういうことなら……」

 と返事をする志乃原に、俺の口角は思わず上がった。


「何か欲しいものとかあるか?」

「そうですね……先輩のチョイスに任せます。お任せって一番困るでしょうけど、だからこそお任せがいいです」

「う、そうきたか。……まあ、了解。任せとけ」

「期待しておきます!」

「はいよ」


 正直、どんなデザインが気に入るのかは分からない。一つ言えるのは、俺の独断で決めても恐らく志乃原の趣味には合わないだろうということ。知り合ってたった一ヶ月で趣味を把握するなんて、例えそれが彼女だったとしても至難だ。

 その彼氏彼女の場合なら別として、今回はただの後輩へのプレゼント。頼れる友達に相談したほうがいいだろう。

 真っ先に頭に浮かんだのは、もちろんあいつだった。

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