第7話 サンタとの電話
彩華と別れて家に帰ると、いつもの散らかったワンルームが俺を迎えた。
時間はまだ午後十時。そろそろ世間のカップルが元気になる時間だろうか。
久しぶりにSNSを開くと、高校や大学の友達の投稿がタイムラインに載っている。
この時期の投稿は、俺にとって色々ツッコミを入れたいものが多い。
『今日はクリスマスコーデでデート!でも全然自信ないよ〜』という投稿には、それなら写真なんて載せるなと言いたいし。
『クリスマスツリーほんとにおっきい!』という投稿は、ツーショット以外何も写っておらず、ツリーを写せと言いたい。
普段は特に何ともないのに、今日に限ってそう思ってしまうのはクリスマスだからだろうか。
認めたくないが、やっぱりどこかで羨ましいと思ってしまっている自分がいるのだ。
このままタイムラインを眺めていても心が荒んでいきそうだ。
電源を切る前に何となく、もう一度だけスクロールする。
すると、ある投稿に目が止まった。
『今日は、素敵な日になりそうな予感♪』
内容は別に、当たり障りのないものだったが。
そのユーザーアイコンには、嫌というほど見覚えがあった。
ブラウンに染めた髪を後ろで括っているその人物は、俺の元カノだ。名前は
礼奈には一ヶ月前に浮気をされて、別れたばかりだ。
それなりに吹っ切れてはいたものの、いざこうして顔を見ると胸がざわついた。
「……チッ」
部屋に誰がいる訳でもないのに、その傷心を隠すかのように舌打ちをする。
礼奈が発した素敵な日というワードだけで、色々想像できてしまった。
一年記念日が近づいてきた時から、礼奈の気持ちが離れていく兆候はあった。
初めはラインを返す頻度が徐々に少なくなっていった。
デートに誘っても半分くらいは断られ、ついにはドタキャンまでされるようになった。
それでもたまに行くデートは楽しかったし、礼奈もデートへ行くたびにSNSに投稿していたからまだ気持ちを戻せると思っていたのだ。
そんな矢先の、浮気だった。
「……あー、思い出すのやめ!」
考えたってどうにもならない。
別れて散々落ち込んだ時、一度吹っ切れたらウジウジはしないと決めたじゃないか。
いつまで経ってもこんなんじゃ、らしくない励ましを繰り返してくれた彩華に合わせる顔がないってもんだ。
気持ちを切り替える意味も込めて、思いっ切り身体を伸ばす。
背中がバキバキと音が鳴って気持ち良い。
モヤモヤとした気分になった時は、こうして身体を動かすのが一番だ。
……そういえば。
志乃原は無事に帰っているだろうか?
昨日は、軽く仲を見せつけてから振りたいというようなことを言っていた。
その日が、早速このクリスマスだったということか。
あのプライドの高そうな元坂のことだ、皆んなの前で喧嘩したあげくクリスマスに振られるなんて、かなりキツいものがあるだろう。
だが、カップルの別れ際というのは一番ゴタゴタが起こりやすい時だ。
立つ鳥跡を濁さず、なんてことわざはカップルに通用しない。
お互いが合意の上で別れ、時間が経つと友達に戻るなどということは志乃原と元坂を見ているとあり得ないのではないかと思えてくる。
気づくと、俺はラインで志乃原の画面を開き、通話ボタンを押していた。
いつも流れている呼び出し音が、今日はより無機質に聞こえる。
解散してからそろそろ一時間が経とうとしているので、もう家に帰っていてもいいはずだが──
「もしもし、先輩?」
それまでと同じ、普段通りの声が電話口から聞こえた。
「お、志乃原。よかった」
思わず安堵の息を漏らす。
するとスマホの向こうから、クスリと笑う声が聞こえた。
「もしかして先輩、心配してわざわざ電話くれたんですか?」
「んー、まあな……ほら、何か面倒そうなやつだったしさ。二人は先に行っちゃったし、ちょっと気になって」
「あはは、別に何もないですって」
明るい声色で否定される。
「実は私も、ちょうど電話しようと思ってたんですよ。先輩からかかってきた時、思わず二度見しちゃいました」
「へえ、偶然だな。何言おうとしてたんだ?」
俺が聞くと、志乃原はバツが悪そうに答えた。
「……謝りたくて。巻き込んじゃったなあ、と」
「え?」
「その、今日の件とか。私のせいで、場の雰囲気悪くしちゃって。先輩たちは何も関係ないのに、私ったら」
「ああ、それなら大丈夫。志乃原が来るまでも雰囲気最悪だったよ」
むしろ、志乃原が来たことで助かったとさえ言える。あのまま永遠と喋り続けられる方が、俺にとっては嫌なものだった。
「それでも、一応私彼女でしたしね」
「結局別れたのか?」
「まあ、はい」
含みのある返事が少し気になったが、追及はしなでおく。志乃原が話したい時に、話せばいいだろう。
「カップルぽいことしたいが為に告白を受けるのも、考えものですね。今回の件、元を辿れば私がそんな気持ちで付き合ったからですし」
少し落ち込んだ様子の志乃原に、俺は日頃から感じていたことを言うことにした。
「そんなもんだろ。最初から完全な両想いで出来上がるカップルの方が少ないって」
中学、高校の頃ならその比率は高かったかもしれないが。
両想いからでしかカップルが成立しないなら、大学にいるカップルは恐らく半分以上が出来上がっていないだろう。
中にはカップルのイベントに憧れて誰かと付き合う人も数多くいることは、確信を持てる。
とはいえ、それを思っている人は多くてもはっきりと口に出す人はなかなかいない。
そんな中志乃原が俺に心の内を話してくれていることは、素直に嬉しかった。
「先輩って、やっぱり先輩ですね」
「どういう意味よ」
「いや、慰め方上手だなと。今の状況なんて、そうだな、志乃原も悪かったねって言われるかと思ったんですけど」
意外なものを見たような雰囲気だ。
「それを重々分かってて、それでも気持ちの整理がつかないから俺に話してるんだろ。わざわざ追い討ちかけて何になるんだよ」
「……ひゃー」
志乃原は間の抜けた声を出す。
「先輩……やっぱり大人の余裕ってやつですか。尊敬です」
「なに。いきなりそんなこと言われたら気持ち悪いんだけど」
「あ、ひどい。私こう見えて、なかなか人のこと尊敬したりしないんですからね?」
「なかなか人を尊敬しないやつが俺を尊敬するなんて、それはどこかズレてんじゃない。俺なんかより彩華とか尊敬しなよ」
一瞬だけ間を置いて、志乃原が返事をした。
「彩華先輩ですか。まあ、そうですね。考えてみます」
それからは三十分ほど、他愛のない話をした。要件が済んでも通話を続けるのは、彩華を除いたらあまり数は多くない。
特に盛り上がったのがSNSあるあるで、俺と近い感性を持っていた志乃原との話はかなり笑えた。
「ふう、そろそろお風呂に入らないと」
「だな、俺もそろそろ寝るわ」
「はい。じゃあおやすみなさい先輩。この埋め合わせは、また後日」
「おう」
「……今日はありがとうございました」
お礼とともに、電話が切れる。
いつの間にか、立場が逆になったな。
そのことが無性におかしくて、くつくつと笑ってしまった。
それに、彼氏とのことがとりあえずの収束を迎えても。
「また後日、か」
窓から顔を出し、冬の乾いた空気を浴びる。
今日はもう、過去を思い出さなくて済みそうだ。
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書籍版では7話と8話の間に大幅な加筆があります。
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