第6話 クリスマスの合コン②
「こんばんは、羽瀬川先輩!」
志乃原は目を輝かせて近付いてくる。
抜群の容姿で周りの目を惹きつける志乃原は、可愛い子が集まったこの合コンの席から見ても一層際立っていた。
彩華も口を開かなければ負けず劣らずといったところなのだが、今は突然の来訪者に驚いて口を開きっぱなしだ。
通路側にある端の席に座っていた俺は、何でこのタイミングでと思いながらも席を立つ。
「よ、よう、奇遇だな」
「先輩〜、昨日振りですねぇ!」
甘えた声を出してくる志乃原は、昨日と少し様子が違う。
俺は志乃原にこんなに甘えた声をかけられる覚えはないし、志乃原だって人前で甘えようとするやつじゃなかったはずだ。
そもそも今日は場所だって知らせていないのに、一体どうやってたどり着いたのだろう。
そんなことを疑問に思っていると、意外な人物が口を開けた。
「おい、何やってんだよ真由」
元坂である。
俺や彩華に言動の注意をされてもビクともしなかった元坂は、志乃原の姿を見るや顔を青ざめた。
名前呼びと、この焦り様。
二人がどういった関係なのか分かった気がした。
「あれ、ここに居たんだ」
志乃原は元坂の姿を認めるなり、俺の時とは違う冷ややかな声を出した。
「まあ、な。それより真由、なんでここに」
「私がここにいる理由なんてどうでもいいでしょ?奇遇だっただけですよ、
志乃原はチラリと女子サイドの席を見ると、ため息を吐いた。
「また、随分楽しそうですね」
「いや、これは違うんだ。みんなでクリスマスパーティーをだな」
「はあ、パーティーですか。とてもそうは見えませんが」
「そんなわけないだろ、この前の件で懲りたって」
「合コンだろ」
二人の関係を察した俺は口を開いた。
元坂がもし友達ならばもちろんのこと、普通の言動をする男なら沈黙を守っただろうが。
別に今は、口に出してもいいかなという気分になっていた。
「お前も自分で言ってたろ。ここは今までと同じ、女子に下ネタ振りまくる合コンなんだろ? 何嘘ついてんだよ」
「お、お前……」
元坂はとんでもない形相で俺の顔を睨みつける。
俺は察しの悪い振りをして、何食わぬ顔で見つめ返した。
俺の言葉を聞くと、志乃原は首を振って呆れた仕草をする。
「やっぱりね、そうだと思いました。私一応遊動先輩の彼女やってるんだから、恥かかせないでくださいよね」
「ち、違うって! こいつのつまんない冗談だろ!」
元坂は俺に舌打ちすると、志乃原の方へ向かい合った。
「それに、真由こそこの男とどういう関係なんだよ、男友達少ないとか言ってたくせに!」
「自分のこと棚に上げて何言ってるんですか……と、迷惑になるので声抑えて」
志乃原は周りの目を気にして、指を口に当てる。すると俺たちが注意しても聞く耳を持たなかった元坂はすぐに押し黙った。
昨日志乃原が言っていた、「浮気をしてもあいつ私のこと大好きですから」という言葉は本当みたいだ。
「それと、羽瀬川先輩との関係ですけど。ただイブを一緒に過ごしただけの仲ですよ」
「ブッ」
思わず吹き出す。
語弊を正すために口を開くと、志乃原の眼光に押し留められた。
「頼むから合わせて」と言わんばかりだ。
……後日、何か奢らせよう。
イブのことを聞いた元坂は、青い顔がさらに血の気が引いていた。
「いやいや……浮気だろ、それ……女が浮気していいと思ってんのかよ」
「男は浮気していいんだ?」
「でも、女はダメでしょ」
元坂は小声で反抗的な声を出す。
彩華がパンパンと手を鳴らした。
「はい、今日はここで解散にしよ。また日が合ったら集まろうね」
隣に座る女子達は顔を輝かせた。
どうやら彩華は、元坂をなだめて場を収めるより解散したほうが良いと思ったようだ。
「はあ……彩華ちゃんの誘いだから来たけど、メンツがなあ。また違う時に呼んでくれよ」
元坂は聞こえよがしに言うと、先に会計の方へズカズカ進んで自分の代金を支払う。
まだ彩華から誘われると思っていることに驚いた。
志乃原に声をかけて店から出てたが、意外にも志乃原は二つ返事でついて行った。
「みんな、クリスマスなのにごめんねー……」
会計を済ませながら彩華は珍しく落ち込んだ様子を見せる。
男女共に口々に彩華をフォローしている。俺はそれを横目に、一足先にドアを開けた。
シャラン、というクリスマスに合った鈴の音が、随分寂しげに聞こえた。
◇◆◇◆
「あーもう! ほんと最悪!」
帰り道、俺は夜道を彩華と二人で歩いていた。
合コンにいた一同とは駅で解散して、皆それぞれの方面に帰った。
「まあ、勉強になったろ。一緒に酒飲んだことない人連れて行ったら、ああいうのもたまにいるってことがさ」
「だからってなんでクリスマスなのよ……みんなになんて謝ればいいか」
「みんな彩華のことフォローしてただろ。ああなるまで楽しんでたって」
俺も結構楽しんでいたので、元坂に邪魔をされたのは残念だった。
「楽しんでたなら、元坂くんが居なくなった後に二次会開くかーって話でも出るわよ。今回ほんとに失敗しちゃった」
「そうなの? 割りとみんなの声聞こえてたけど」
「ずっと元坂くんに迫られてたせいでみんなに話題振れなくて、自然と一対一で話す環境にしちゃってさ。私の両隣、頑張って話を止めないようにしてて……って言い訳ね、これも」
彩華は盛大にため息を吐いて、髪をかきあげた。
「まあ、あんたのところは楽しんでたみたいね。連絡先聞いておいてって頼まれたわ」
「お、まじか。漫画の趣味合ったからかな」
彩華は素直に頷いた。
「イブに他の子と過ごす男って知っててのお誘いだから、多分普通に友達になりたいんじゃないかな。メッセージくらいは返してあげて」
そこまで言うと、彩華は思い出したように立ち止まった。
「てかあんた、志乃原さんと知り合いだったの? イブを過ごした例のサンタも、あの子?」
「ああ、そうそう。サンタが志乃原だよ」
「へえ、とんだ偶然もあるもんね。あの子、私の後輩よ」
そこで、俺が薄っすらと感じていた疑問も解けた。
「そっか、彩華がお店の場所伝えたから志乃原が来たのか」
「うん、合コンの場所聞かれてね。……にしても私、志乃原さんにあんたと友達だってこと言ってたっけな」
「知らね。忘れてるだけじゃない?」
彩華の勝手な紹介で他人に一方的に知られているのはよくある話だった。
それに納得したように、彩華は頷いた。
いつも俺たちが別れる道に着いた。
人通りが多い道なので、送る必要はないだろう。
「今日はごめんね。また埋め合わせするから」
「別にいらねえって。そんな気にするなよ」
「無理やり連れ出しといてこれだもん、それじゃこっちの気が済まないの。デートにでも連れてってあげよっか?」
黒髪をくるくるといじりながら彩華は提案した。
街灯の白い光で、綺麗な黒髪がよく映えている。
そんな感想を飲み込んで、
「埋め合わせがそれって、どんだけ自意識過剰だよ」
「あれ、普通の男子なら喜ぶはずなんだけどなあ」
彩華はわざとらしいニヤけ顔をする。
……それがどうにも無理しているように思えた。
普段からよくからかってくる彩華だけに、その表情の違いは俺にとって分かりやすい。
「……まあ、なんだ。そんなんで簡単に
それを聞くと、彩華は大きな目をパチクリとさせた。
「……そうね」
街灯の下で、彩華は夜空を見上げる。
その表情はいつもの貼り付けたような笑顔ではなく、二人の時にしか見せない柔らかい微笑み。
ありがと、と呟く彩華はいつにも増して綺麗だった。
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