第5話 クリスマスの合コン

 クリスマス当日。

 俺は彩華が事前に予約していた、お洒落なのにカップルがほとんどいないお店の席に座っていた。


「しかし、こんなお店よく見つけたな。この時期ってお洒落なお店、カップルに占拠されてるもんだと思ってたけど」


 さすがに昨日のお店には劣るが、それでも値段が比較的リーズナブルなメニューが多いことを思えば俺にはこのお店の方が合っている。

 そんな胸中を知って知らずか、彩華は親指を上げてニヤリとした。


「ネットサーフィンより、やっぱり下見よ。私が幹事を務めるからには、キッチリしてあげるんだから」

「そういうところはしっかりしてるよな」


 素直に褒めたが、どうやら彩華はその言葉では不服の様だった。


「そういうところは、って言ったら普段しっかりしてないみたいじゃない。私、しっかりしてるんだからね」

「おー。じゃあ一つ聞きたいことあるんだけど、いいか」


 テーブルを挟み、向かい合った位置で確認する。


「な、なによ改まって」

「うん。なんで他の人来ないんだ?」


 質問すると、彩華はどきりとした表情を浮かべた。


「あ、あんた。聞いてしまったわね、この集まりのタブーを」

 そんな表情も芝居めいた口調も、俺の友達が口を揃えて美人だと言う顔だけあって女優の様になっている。

 だがそういった顔に胸を高鳴らせる段階は高校の時に過ぎ去っていた。


「うるせえ。男も女も、俺たち以外いないってどういうことだよ」

 電話口ではしっかりと合コンと言っていたはずだ。


「……間違えたの」

「はい?」

「時間伝え間違えたのよ! あんたにだけ二時間早めの時間で!」

 彩華は芝居めいた口調を一瞬で放棄して、いつもの様に話し始めた。


「確かには私が悪いけど、あんたも携帯見なさいよね。私、メッセージ何回か送ったのに既読すらつかないんだもの」

「え、まじか」


 確認すると、今日のお昼頃にラインが何件か届いていた。


『ごめん、時間伝え間違えた。夜の八時集合ね』

『夜の八時集合ね!』

『ねえ、返信くれないと私もその時間に合わせなきゃいけなくなるんだけど』

『せめて既読つけて』

『分かったわよ! 行けばいいんでしょ!』


「……ほんとだ」


 基本俺は家で動画サイトなどを垂れ流しているので、ラインの通知に気付かなかったらしい。

 マナーモードにしていたのも災いした。


「なんで返信くれないのよって思ってたけど、どうせあんた一人暮らしが寂しいからって音楽でも垂れ流してたんでしょ」


 彩華が呆れた声を出す。


「集合場所で待たせるのもアレだし、わざわざ時間早めて来たのよ」

「ふーん」


 ──まあ、最初にミスをしたのは彩華ではあるのだが。

 しっかりと後始末を付けてくれるところは、良くも悪くも彩華らしい。

 後でお礼くらいは言ってもいいかもしれない。


「そういえば、なんで予約の一時間前なのに入れたんだ?」

「この時間はまだ空いてるからね、融通効かせていただいたの。お会計の時にお礼言わなくちゃ」


 それから四十分ほど、メンバーが揃うまで他愛のない話で盛り上がった。

 癪ではあるが、友達の中で彩華が一番気を許せる存在だ。本人には十中八九からかわれるので言えないが、合コンなんかよりこうして二人で過ごしたほうが楽しそうだな、と思った。


◇◆


「チッス!」「ウィッス!」「ハロ!」


 男のメンバーが大学生の挨拶三拍子と共に訪れて、合コンのメンバーが揃った。

 彩華が選ぶだけあって、さすがに顔のレベルは高い。

 普通の挨拶さえしていれば、かなりの高ポイントだろうに。

 チッスやウィッスはまあ分かるが、ハロってなんだ。ハローの略だとしたら、別に略すほどの時間は取られない上に今は夜だ。


「みんな、こんばんは!」


 彩華がニッコリ挨拶する。

 俺はそれを見て、思わず心の中でニヤリとしてしまった。

 高校の時から彩華は友達が多い。俺が知る範囲では裏から何か言われている、などということもない。

 その理由が今の態度、八方美人である。

 仲良くなるにつれて普段のキツめな態度が見え隠れしてくるのだが、どうやらここに集められた男には当たり障りのない、元気な女の子を演じている様だった。


「やや、彩華ちゃん! 今日は呼んでくれてありがとね」

「ううん、こちらこそ急なのに来てくれてありがとう! 元坂もとさかくんが来てくれて嬉しいわ」

「いやいや、彩華ちゃんからの誘いはどこへでも付き合うよ」

「そんなこと言っても何も出ませんからねー?」

 彩華はクスクスと笑っているが、普段の彩華を知る俺もクスクスと笑いそうになった。


 合コンが始まると、男女の話は盛り上がった。

 時間がなかったので急に集めたという話だったが、男は饒舌だし、女子はみんな可愛かった。

 他愛のない話でも、盛り上がらないわけがない。

 俺も俺で、最初は嫌がっていたのにも関わらずなんだかんだと一時間ほど楽しんでしまった。

 男女がそれぞれ向かい合う形式だったのだが、俺の正面の女の子とは漫画の趣味が合ったのもあって話しに花が咲く。


 だが彩華の正面に座る元坂という男だけが、話をするというより彩華を口説くことに集中しているようだった。


「いやー、まじ彩華ちゃんみたいな彼女ほしいわー」

「元坂くんカッコいいんだし、すぐできるよ!」

「どうだろなー。まあ、彩華ちゃんとかが良いよねー、なんて言ってみたり」

「やだぁ、もう!」

「アッハハ!」


 俺には分かる。

 これは冗談の様に見せかけた本気のアピールだ。

大した経験は積んでいないが、彩華に寄ってくる男の口説き文句なら嫌というほど見ていた。


 彩華も彼氏はほしい、と言いながらもこういうタイプの男をいざという時には全てね退けている。

 そして悲しいかな、彩華の容姿に釣られて寄ってくる男はほとんどがこういったタイプなのである。

 高校の時はそうでもなかったのだが、大学に入学するとそれが顕著に現れた。


 そんな彩華にとっては好きでもないタイプにも関わらず、友達としてはみんなと仲良くしていることを疑問に思い、「なんでそんなにみんなと仲良くするの」と聞いたことがあった。

「とりあえず、損はしないから」というのがその答えだ。

 俺からしたら何か面倒ごとが増えそうな気がしてならないのだが、彩華のスペックだと面倒ごとに発展させる前に処理できたりするのだろうか。

 そこまで聞いたことはないので分からないが。


 それにしても、この元坂という男。

 合コンが始まると途端に酒をがぶ飲みして、段々声が大きくなってきている。

 このお店は居酒屋ではないのもあって、俺たちのグループは少し目立ってきている。

 挙げ句の果てには下品な話題を女子に振り始めて、さすがの彩華もこめかみをピクピクとさせた。


「元坂くん、ちょっと声大っきいかも。あと、まだ会って間もない子たちにあんまりそういう話題は……」

「えー、なんで? 俺ここにいる男たちの代弁役買って出てるんだけど! みんなが女子に聞きたいことをだなー」


 元坂は相変わらずな大きい声で反論する。それに男たちで纏めているあたり、俺が下ネタの先陣を切ってやったとでも思っているのだろうか。


「そんなこと言っても、女子困ってるだろ」

 俺が言うと、元坂は思いっきり顔をしかめた。


「なんそれ、みんなノリ悪くねー?」

「いや、ノリとかじゃなくてさ。現に今こんな空気になってんじゃん」

「それ、お前が話止めたからじゃん?」

「そんなわけないだろ」

「何で言い切れんの?」


 元坂は不機嫌な声を隠そうともせず、俺を凝視した。


「それにさー、俺が行ってた合コンってそんな感じだったけど、これが普通でしょ?」

 その言葉を聞いて、彩華も反論するため口を開ける。

「確かに、そういう合コンもあるかもしれないけど……」

 察してよ、という彩華の心の声が聞こえてくる様だった。


 だが絶望的に察しの悪い元坂には伝わらず「まあ、いいや。でさでさ、続きなんだけど」と話題を再び戻し始める。


 今まで彩華の隣にいる女子たちも元坂の話には終始困った様に笑うばかりだったが、それも今になると表情が暗い。

 この様子から察するに、彩華はあまり絡んだことのない友達を呼んでしまったらしい。

 だが、元坂を呼んだのは彩華だ。

 それも彩華は分かっているようで、今度こそ強い表情で顔を上げた。

 だが彩華が口を開いた瞬間、その場の雰囲気には少々明るすぎる声が飛び込んできた。


「あっれー、先輩だ!」


 元気良く飛び出してきたのは、先日サンタを辞職した女子大生、志乃原の姿だった。

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