第3話 サンタとのディナー

「ただいま」


 家に着くと、誰かは返事が返ってくるわけでもないのに挨拶をする。

 一人暮らしをしていて、寂しいなと思う瞬間である。

 大学と実家はさほど離れていないが、一人暮らしに憧れて親に頼み込んだ。

 友達を家に呼んで遊びたいと思っていたのだが、俺にとって一人暮らしはデメリットの方が多かった。

 特にご飯が出てこないというのはとても辛い。


 お気に入りのコートをハンガーに掛けて、スマホを絨毯に積まれた洗濯物の上に放り投げた。


 瞬間、スマホの電源が付く。新着メッセージを表す色に顔を覗かせると、彩華からラインが届いていた。


『クリスマスに合コンやるけど来なさいよ』


「クリスマスにかよ」

 思わず声に出して返事をしてしまう。

 明日はイブ。

 随分急なお誘いだが、明日は志乃原との約束があるし、このイベント中に両日とも家から出たくない。


『予定できたから無理』

 送信。

 すると二秒後には着信を示す画面が表示された。案の定、名前には彩華と書いてある。


「んだよ」

「こっちのセリフよ、何嘘ついてんのよ」

「嘘?」


 そうか、彩華は俺に予定ができるとは微塵も思っていないらしい。

 実際サンタに会わなければその通りだったことが、ますます腹ただしい。


「人数足りないのよ。ほら頭下げるから、この通り」

「いや見えねえから」


 どうやら合コンで男と女の人数が合わないようだ。

 顔の広い彩華が人数集めに焦るのは珍しい。

 彩華が一声鳴けば、寄ってくる人たちはいくらでもいるだろうに。


「ていうか男の人数は男サイドに任せろよ、なんでまたお前が動いてんの」

「今回は私が選りすぐりの男友達を、私の友達たちに紹介しようって感じなの」

「はあ、選りすぐり」

「そこで貴方は見事入選を果たしたのです! おめでとう!」

「切るわ」

「ごめんごめん待って!」

 慌てた声を出す彩華を見るに、相当切羽詰まっているようだ。


「なんだよ! 第一、お前の選りすぐりじゃ、俺が行ったって浮くだけだろ」

「あら、そんなことないわよ。私は結構あんた好きだけど?」


 キョトンとした声でそう言われる。


「お、おう。なんだお前、頭でも打ったか?」

「お、照れてる照れてる。それで、何よ予定って。ほんとに嘘じゃないの?」

「お前……」

 まんまと動揺させられたことに唇を噛む。


「……サンタに誘われたんだよ」

「はあ、サンタ?」

 何に言ってんの、と言いたげな口調。


「サンタの格好した年下に。まあ、色々あってさ」


 そこから先程のこと説明する。

 事の顛末を聞くと、彩華はうーんと唸った後に訝しげな声を出した。


「……あんた騙されてんじゃないの?」

「げ。そう思うか」

「チラシバラまいたくらいで待ち合わせをこじ付けたあんたもあんたでさすがナンパ王ってとこだけど」

「おい待て、俺ナンパなんてしたことねえぞ」

 聞き捨てならないと俺が抗議したが、「話遮らないで」と一蹴される。

 遮られるような事を言うのが悪いと思う。


「それでね、初対面の年上を誘うその子のほうがもっとヤバいと思うの。デートしてるところに別の男がやってきて金を要求してきたり……」

「美人局かよ。さすがにないだろ」

「どうだか。でもま、良かったわ。約束の日が明日のイブだって分かったし」


「は?」

「じゃ、明後日午後六時にいつもの駅前でね。ばいちゃ」


 ブツンと切れたスマホの画面を呆然と眺めた。

 高校時代から傍若無人ではあったが、最近ますます俺の扱いが雑になってないか、こいつ。


◇◆◇◆


「お待たせしました」

 クリスマスイブ、志乃原との約束の日。

 元サンタこと志乃原は、集合時間ぴったりの登場だ。


「ういっす。ぴったりだよ、待ってない」

「ほんとはもう一本早い電車で来るつもりだったんですけど……人が多くて、乗りそびれちゃいました」


 その言葉に俺は思わず頷く。電車に乗っているカップルが心なしかいつもの倍はいたように感じていた。


「行きましょっか」


 案内します、と言われ付いていく。

 道行くカップルの彼氏がチラリチラリと志乃原を見ている。

 心なしか昨日よりメイクに気合が入っていて、年下のような雰囲気はどこにもない。

 ハッとするくらい可愛い志乃原に、俺も不本意ながら胸の高鳴りを感じていた。


 高架下を潜り、カップルで溢れかえる大通りから少し外れた道に出る。

 閑散としているとは言えないものの、先程より人の数は明らかに少なくなった。

 十階建てや、もしくはそれ以上のビルが建ち並ぶ大通りと違い、二階建ての建物が多い。

 そのどれもがクリスマスカラーの飾り付けがされており、一目でカップルが出入りするお店の多いことが分かった。


「ここです」


 志乃原が指差したのは二階建てのビルではなく、地下へ続く階段だった。

 こちらを振り向きもせずに進んでいくのを見て、昨日彩華から忠告されたことを思い出す。


「? どうされたんですか?」


 志乃原は途中で立ち止まりキョトンとした表情を見せた。


「いや、なんでもない」


 彩華のことを頭から振り払って、俺も階段を降りた。太めのドアがあり、志乃原はドアノブを手に取る。

 一目で重そうだと分かったので、後ろから引いてあげた。


 シャララン。

 クリスマスとよく合う音が、ドアを開けた瞬間俺たちを迎えた。

 チェーン店では滅多にない、慇懃いんぎんな礼をされて思わず背筋を伸ばす。


「十八時半から予約してた志乃原です」

 志乃原の言葉を聞いて、お店の人はもう一度礼をした後店の奥へと歩き出した。

 店内は薄暗く、廊下から見える席は一つもない。全てドアで仕切られて個室になっている。

 案内された部屋は、二人が隣り合うソファー席。

 テーブルには既にグラスが用意されている。

 これは明らかに……


「カップル専用、って感じなんだけど」

「そりゃ、クリスマスコースですもん」


 サラッと言うと、志乃原は奥の席に座る。視線で、俺にも座るようにと促した。


「えーっと」

「これ、お詫びのはずですよね?」

「……そうだった。悪い」


 その一言で、これは自分から言い始めた事だと思い出す。

 いくら昨日知り合ったばかりだからといって、いきなりこんなお店に連れてこられては意識しないわけにもいかなかったが、少し冷静になろう。


「コースですけど、ドリンクの注文はできますよ。私は飲めませんが、先輩はお好きにお酒でも」


 そういって志乃原はドリンクメニューを差し出す。ドリンクどれもがそこらの居酒屋の三倍程の値段で、財布と相談しながらの注文になりそうだった。


「ここ、まじで八千円?」

「そうですよ。穴場ってやつです」

 志乃原はふふん、と得意げに言った。


「それで……なんでまた、ここに連れて来たがったんだ?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 俺の質問で、待ってましたとばかりに目を爛々と輝かせる志乃原には、美人局なんかではない理由がありそうだった。


「私! 先週彼氏に浮気されたんですよ!」

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