キャットファイト

 翌日、商店主たちに企画を知らせたキリコは準備に奔走した。

 呼び掛けの期間を含めて二日を準備に当てていたが、その間にもギヤが自己満足するためのコンテストは開かれ続け、勝つ度に罪の世界は歪んでいった。

 これまでと一つ違うと言えばコンテストが男女別になっていたことだろう。女子の部は当然ながらギヤが勝つわけだが、男子の部は二度開かれた大会でそれぞれ別の咎人が勝利していた。

 そして彼等はこの世界にから姿を消したが、新しい咎人はいまだ補充されずにいた。


「さあ、本屋主催のコンテスト……『美と力の大会』、始まるよー!」


 そして準備期間を終えて当日、本屋のアリスが司会を務め、キリコの大会が始まった。


「この大会は美しさだけではなく強さも基準にしたコンテスト! まずはスタートの美しさを審査しましょう」


 この大会はキリコがギヤに勝つべくして企画したためいくつか仕掛けがある。そのうちの一つが力比べであり、単純なミスコン要素では本職のギヤには勝てないことを承知しているキリコにとっては稼ぎ場である。

 ルールは戦闘前、戦闘後の審査に加えて自立起動する木偶を相手にした戦闘審査の合計点で優勝を争う。

 自分の力を自覚したギヤは、この大会が自分の願望外で開かれていることなど知っている。だが彼女はキリコの予想通り、勝つために参加していた。


「あれアナタ……」

「あれ以来だなギヤさん。ようやく会えたよ」


 キリコがいうあれが、自分が彼女を街に転移させたことなのにギヤもすぐ気がつく。そしてそれを自覚するキリコを見て、ギヤは大会の黒幕を察した。


「あのときも思いましたが、やはりアナタはわたくし同様に特別なのですね、キリコさん」

「話が早いな」

「と、なると……もしやこの大会もアナタがわたくしに勝つために仕組んだと考えてよろしいのかしら」

「それは想像に任せるさ。だが今日はアナタに勝つつもりで、あたしはここに来ているのは確かさ」

「でしたら負けるつもりはありませんことよ。いかにアナタも特別とは言え、美ではだれにも負ける気が致しませんので」


 なにやら自信に満ちるキリコを見て、なおギヤは負けないと豪語する。いかに戦闘審査などを加えてボーナスポイントで勝とうと考えても、いまの自分なら戦いでも敗けはないとギヤは確信していたからだ。

 浅はかな女性を圧倒し、彼女を先の男たちのように掌握すれば……自分同様に特別であろうこの女を取り込めば、本来の自分の蘇生に繋がるとギヤは予感してにやける。


「一次審査はこれで終了です」


 手始めの審査はやはりと言うべきか、ギヤに勝る相手はいなかった。

 キリコをはじめ他の参加者も意地を見せるものの、常勝のクイーンを相手に太刀打ちできない。

 二位以下と十五点以上の差をつけるほどだがここまでは他の参加者にも想定内であろう。戦いは不得手だろうから、放され過ぎなければ二次審査逆転できると益荒男たちは皮算用していた。


「では続いて二次審査です。時間内にどれだけ木偶を倒せるか、競っていただきなす」


 二次審査は単純に撃破数が加点評価となる。

 総数百の木偶が順に参加者たちを襲い、各々はそれに立ち向かう。

 キリコも刀をその手に抱え、鞘を紐で背負って木偶に挑んだ。

 普段何かと戦う場合は咎人殺しの権限を振るうキリコだが、今回はそれを封じてチャンバラで華麗に舞う。イメージするのはあの人がよく見ていた映画や舞台の殺陣。「魅せる力と戦う強さは違う」とはあの人はよく言ってた。

 若い頃から腕っぷしでは敵なしだったあの人の最後を知っているからこそ、キリコには算段があった。身のこなしだけは見た目以上のモノではあるが、それくらいはご愛敬だろう。

 右肩を前に体を捻り、木偶の拳打を剃らしながらの抜刀一閃。そのまま間を置かずに一度屈み、背後の木偶の首を刈る。

 生身の相手ならキリコの動きに戸惑いを見せそうなモノではあるが、定められた目的に襲いかかる自動人形木人オートマタン木偶にはそのような感情はない。機械として襲いかかるそれらを切り伏せるキリコの姿は、彼女が思い描く通り主役と雑魚の殺陣そのものであろう。

 九十九の木偶を葬ったキリコは座った姿勢で最後に残る一体に切っ先を向けて威を放つ。その間合いに自動人形もまるで答えるように一瞬足を止め、キリコの真っ向が吸い込まれるようにその頭を二つに割った。


「キリコさん、百点です」


 これまでのハイスコアが六十四点だったこともあり、圧倒的なスコアの前に参加者たちの空気は諦めの様相に変わっていた。

 それは正確には感服と言っていいものなのだろう。点数が発表された直後、観客の一人とキリコが交わしたやり取りが「この人には勝てないか」と他の参加者に思わせるに充分だったからだ。

 これを見た残りの参加者は一人を除いてコンテストから身を引いたわけだが、彼女だけは当然諦めない。それどころかあの程度で勝ったと思うなど恥ずかしい限りだと言わんばかりにキリコの姿をほくそ笑んだ。


「アガタさんにソフィアさん……それにヘクターさんまで。皆さん棄権ですか?」

「ああ」

「と、なると…あとはギアさんだけでいいですかね?」

「よろしくてよ」


 最後の一人となったギヤは顔色一つ変えることもない。

 ただ口を結んだまま、ぶっきらぼうに突き出した右手を木偶にかざし、太陽の紋を輝かせる。

 名前をつけるなら完璧な美しさペルフェクシオンとでも名付けようかと少し緩む口元と共に閃光が走り、そして百体の木偶は一瞬で塵一つ残さず燃え尽きた。


「思った以上に脆すぎましたわね」

「ぎ、ギヤさん……百点…です…」


 クリア時間が採点基準にあれば、だれも自分には勝てないだろう。そう豪語するように胸を張り高笑いをギヤは決めた。

 その圧倒的な火力を前にアリスも少し引きずった顔をしているがギヤは気づかない。その思い上がりがこれから影を指すことにも。


「ここまでの途中経過です。一位は二百点満点のギヤさん。二位は百八十二点のキリコさん。他の方々はリタイアしましたので、最後はこの二人で競ってもらいましょう」


 最後の審査のために二人はステージに上がる。顔色一つ買えないギヤと、顔を赤らめて息が整っていないキリコは対照的であろう。

 キリコの顔色にもはやこれまでと自信を見せるギヤは、アリスからマイクを借りるとキリコに高らかに言い放った。


「顔色が優れないようですわね、キリコさん。点差もありますし、アナタもリタイアなされては?」

「ふざけてな小娘。あれくらいで勝負を棄てるような女じゃないよ、あたしは」

「まあいいでしょう。ですが、それなら一つ条件がありますわ。この後ご一緒しません? わたくし、あなたに用事がありますの」

「それは嬉しいお誘いだね。あたしもアンタとはゆっくり語り合いたいところだったんでね」

「気が合いますわね。それでは後程、足腰がたたないようにして差し上げますことよ」


 二人の会話が終わり、それにあわせて最後の審査が執り行われる。点差こそあれタイマンになったことで、予定を変えて一度に審査することになり、審査員たちは壇上の二人を眺める。

 最後の審査は戦いを終えてからの姿を見るため、二人は木偶と戦ったときの姿である。木偶の攻撃を回避したときの薄い擦り傷や砂の汚れが見えるキリコと、汚れ一つないギヤとでは対照的である。

 この審査は性質上、戦っていたときに受ける印象が与える影響が強い。そしてそれ故に先の段階である程度決めていたモノが、比較されることで余計に浮き彫りとなっていた。

 勝ちを盲信するギヤの心とは裏腹に、審査員の心はギヤから離れていた。


「それでは結果発表です。二百八十二点対……」

「(キリコさんは百点のようですわね。予想外ですが、なかなかですわね)」

「二百点! 優勝はキリコさんです」

「え?!」


 キリコの勝利を告げるアリスの声。

 それをギヤは聞き入れられなかった。

 信じられないのは負けたこと以上に自分が零点という評価をもらったこと。何が起きたのかギヤにはわからない。


「どういうことですの?」

「アンタは…やり過ぎたンだよ」


 流石にここまで露骨な結果になろうとはキリコも思わなんだが、彼女が審査員から拒絶されること自体はキリコの予想通りである。


「あんな攻撃を見て怯えない奴なんて少ないに決まっている。手をかざしただけで木偶が一瞬で消し飛ぶ光なんて、彼らの理解を越えていたんだ」

「それがなんだというのです?」

「要するに、ここの住民たちにはアンタが咎人には見えなくなってしなったのさ。住民としての常識を越えたあの力を見て、化け物に見えていたのさ。彼らにとって最早アンタは人の形をしたモンスターでしかない」

「ふざけないで!」


 ここまで来たというのに。

 あと一歩だというのに。

 感情を爆発させるギヤの周囲に一陣の風が吹く。

 アリスたち住民は余波に飲まれ、会場のセットは空に舞い上がっている。


「なあ」


 そんな嵐の中で、ただ一人無事なキリコはギヤに問いかける。

 インチキ紛いの判定で自分より上だと判断されたキリコをギヤは睨み、キリコは彼女…高木莉愛を睨みかえす。


「こんなふざけた判定でわたくしに勝ったつもり?」

「そうだね……たしかにこの判定は半分インチキだし、あたしとしても勝ちとは言いがたいものさ」

「でしたら!」

「だからこそだ。アンタのその傲慢な心をいっぺん砕いてやらないと、アンタは帰れない」

「わたくしはまだ帰るつもりなんてありませんわ。それどころか今帰っても死んでしまうだけ……」

「そういうことか、高木莉愛」


 ギヤの発言に彼女の抱える闇を察したキリコは合点がいったと喉を鳴らした。因果関係はわからないが、彼女が罪の世界に来て早々にイレギュラーとなったのは、来る寸前で死んだからのようだと。

 仮に無茶なダイエットで倒れた彼女が、あの店で息を引き取ったとしたら……おそらくあの魔女はこちらに彼女を放り込んでくるだろう。霧子が罪の世界というシステムに成り下がったときのように、彼女はもしかしたらこの世界の修正者として送り込まれたのかもしれない。

 その予想がたとえ真実だとしても、自分は彼女を認められないとキリコは月の紋に力をこめる。たとえ帰れば死ぬだけだとしても、彼女を償わせなければ第二の自分を産むだけだと。


「察しがいいわね、キリコさん」

「まあね。これでも年の功ってやつさ」

「ならその力もわたくしに譲って頂けないこと? いくら若く見せてもババアには過ぎた力でしょうに」

「舐めるなよ、小娘!」


 二人は戦う構えのまま舌戦を繰り広げる。

 もはや殺してでも償わせるしかないほどにギヤは意固地になっているが、キリコはまだ諦めていない。

 その手に握る刀はその証拠、殺す気なら刀より咎人殺しの力のほうが速い。


「かかって来なさい。腕比べでさっきの判定が正しいことを教えてあげるから」

「死なない程度に痛め付けてあげますわ!」


 霞に構えるキリコに向かい、ギヤは光弾を霰のように放つ。四肢を砕き、戦意を削ぐためのそれは、当たっても死にはしないが間接から四肢を引きちぎる力はあるのだろう。

 かわしながら近づくキリコの後ろでは流れ弾が瓦礫を粉砕しているのが音だけでわかる。あれは当たったら終わりのヤツだ。


「ちょこまかと」


 一向に当たらないことにギヤはイラつく。彼女からしたらキリコの力を奪うために手加減しているのであり、本気なら木偶のように軽く塵に出来ると思っている。

 この構図は図らずもコンテストにおける対キリコの認識と同じであり、彼女がなにか特別な存在であり、自分は成り変わる必要があるという確信を除けばギヤはキリコを見下していた。


「成敗!」

「ひぃ!」


 ついに懐までたどり着いたキリコはギヤの喉を貫く。

 いかに特殊な力を得たとはいえ、まだ戦いには慣れていないギヤは悲鳴をあげるが、それに呼応する彼女の力は彼女を守護る。

 喉を貫いたはずの切っ先は光になり、キリコの突きはギヤの腰を抜かすだけに留まっていた。

 元より咎人はこの程度では死なないと見越した上での一撃だが、手応えのなさにキリコも一息つかざるをえない。


「まさか、そこまでやるなんて」

「あ、ははっ!」


 自分の無意識が自分を守護したことを見てギヤは笑いが止まらない。

 特別な存在、しかもおそらく戦いの専門家と見受けるキリコでさえ自分を相手にしたらこうなるのだ。やはり自分はより特別な存在として彼女の上になるべきだと。

 苦々しいキリコの顔もそれに拍車をかける。

 ただギヤはキリコの真意を見誤っていた。


「今のうちに笑っていな!」


 切っ先が消えた刀を構えてキリコは再び飛び込むが、ギヤは反撃すらしない。ただ両手を広げてキリコの太刀を体で浴び、そして刀を光の盾で砕く。

 袈裟掛けに切りつけた刀身は消滅し、もはや柄しか残らない。

 完全に油断したギヤの笑いを止めるために。そして彼女を悔い改めるために。キリコは柄を強く握る。


「無駄よ、無駄無駄。さあ、諦めて一緒に寝ましょうか。アナタのその力、搾り取ってあげますわ」

「生娘が、人妻を舐めるなよ!」


 キリコを見て学習してきたのだろう。

 ギヤは光の檻を地面からせり出させてキリコを捉える。

 それを察したキリコは蓋が塞がれる前に檻の柵を足場に脱出し、勢いそのまま彼女の目と鼻の先に近づいた。


「キスしてしまいそうですわね」


 軽口を言い放つギヤはキリコの肩をつかんで唇を奪わんとする。

 これは覚醒以後に他の咎人から命を吸い取ったときと同じ行動であり、並の咎人では一人二人補職したところで足りなくても、キリコなら違うだろうと予想しての強姦である。


「冗談が過ぎるよ。女の喧嘩はビンタかコレって相場が決まっているだろう?」


 近づいたキリコはそのまま自分も抱き締められるかのように密着し、そして……


「おふぅ!」


 次の瞬間、ギヤは悶絶して胃液を吐き出していた。

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