「ギヤ」は「高木莉愛」に還る
キリコが小屋に戻る途中、灯りのない闇の中でギヤは目を覚ました。
気絶する前に襲ってきた苦痛のせいか、それとも管理者がそれを知ったからなのか。ここがどこだかわからないが、ギヤは自分が何者かハッキリとわかっていた。
今までモヤがかかっていたかのような自分の素性。本当の名前とこの世界に来た理由を知って、ギヤは一つの殻を破っていた。
「わたくしは…帰りたい。そして、勝ちたい」
勝てば望みが叶うというコンテストに勝ってもなにも満たされない。当然だろう。あれはコンテストそのものが自分の願いの具現だからだ。
だから終わった後にあれを覚えているモノはいない。いるとすればこの世界の神様だけだろう。
そして自分が何故この世界にいるかをギヤは知っている。死そのものが罪とみなされた理不尽によるため、償いを済ませても現実での死しかギヤには残らない。
「わたくしをここに追放したあの女の餞別かしら。この世界をわたくしが掌握できれば命だってきっと」
きっと生き返ることが出来るはずだ。
この世界には死んで当然の屑なら山ほどいる。
彼らの命を奪えば、自分は帰れるはずだ。
「さあ、みんなわたくしの為に」
念じるだけで部屋には灯りが宿り、念じるだけで衣服はビキニからワンピースの水着に変わる。
これまで漠然と無意識に作用していた現実改変能力をギヤが自覚したことで、その歪みで空が割れた。
「何をやっているんだ!?」
駆けつけたキリコはそれしか言えなかった。
あの空の異変はあからさまにギヤの手によるものだが、何をしたのか検討がつかないからだ。
「あらアナタは……なぜこんなところに?」
「何故といわれてもここはあたしの家だからね。急に倒れたアンタを勝手につれてきたまま、ここに放置したのはすまなかったが」
「それはご迷惑をかけてしまったようですね。でも……今のは意味が違いますのでお気になさらず」
「?!」
ギヤが手を振りかざすと、キリコの目の前が霞む。
目の前の景色が歪み、痛みはないが体が引き裂かれる感覚を伴うと、キリコはそのまま街まで弾き飛ばされていた。
住民も咎人も急に現れたキリコに驚かない。最初からそこにいたのだと気にもとめない。
ただの空間転移というわけでもない不可思議な現象に、キリコも戸惑う。
「くそっ!」
キリコは再び小屋に走ったが、到着したとき既にギヤはいなかった。
いなくなったギヤを探そうにも何処にいるのか見当がつかない。ただ先ほどの力を放置することはできないと肌が粟立つ。
希に特殊な力に目覚める咎人がいるが、あの力は彼らの比ではない。なにせあたしに通用するのだからとキリコは確信した。
出来れば穏便に済ませたいが、どうすれば彼女は己の罪を償えるのだろうか。もはやキリコには実力行使しか手段が思い付かない。
「あれ? こんなところでどうしたのよ」
悩みを抱えながらギヤを探し歩いていたキリコは、男に声をかけられた。
相手は再度登場である良仁で、彼も急な出会いに変に期待してしまうが無理もない。
「家に帰るって言っていたじゃない。それともやっぱり俺と一晩過ごしたくなった?」
「冗談じゃない」
「つれないなあ」
「それよりもだ……丁度いい、さっき言っていた女を見かけなかったか?」
「???」
キリコの問いに、少し小首を傾げてから良仁は答える。
「ああ、高木莉愛のことか。いいや、見ていないぜ。でもどうして急に?」
「少し用があるんだ」
「用事ねえ。それって、もしかして俺に紹介してくれるとかだったりして」
「そんなわけないでしょ」
「そりゃそうか。でも前とちがって今回は自信があるんだよなあ。ああいうプライドが高そうな子は過去のトラウマを攻めたらコロリと落とせそうだし」
「トラウマ?」
「といっても、推測だけどな。あの子はミスコンで負けてからおかしくなったみたいだし、その辺を刺激したらチョメチョメチョメって寸法よ。俺だけがあの事を知っていると耳元で囁いたら、誰にも言わないでぇ! って、悶えちゃったりしてさ」
「おいおい、あんまり酷いことはするんじゃ……」
良仁の妄想話をやれやれと聞いていたキリコだったが、その中に一つの光明を見つけて、思わず「あ!」と声を出してしまう。
「どうしたの?」
「それだよ! ミスコンを開けばアイツはきっと寄ってくる」
「でもよぉ、ミスコンに嫌な思い出があるんなら開いたところで参加してこないんじゃ? それにそこまでして誘き出すほどの用事があるの?」
「用事についてはこっちの都合だからキミには関係ないが、来るかどうかならたぶん来るさ。実際に水着コンテストに参加して自信満々の顔で勝利していったし」
加えて彼女はそういう場で勝つことが目的であり、負けたことがトラウマで狂ったのだろうとキリコは解説した。
ようやく彼女が減量についてあれこれ自分に噛みついた理由をキリコは悟ったのだ。彼女は自分の汚点であるミスコンでの敗北を、減量不足に責任転嫁したのだと。
流石にキリコには負けた相手も理由だとは知る術はないが、彼女の認識においてはこの世界にいる他人は件の負けた相手と同レベルなので知らなくても問題ない。
彼女にとってコンテストに参加する目的が自尊心を満たすためのモノであるならば、たとえ自分が開いたとしてもきっと彼女は現れるであろう。
そしてコンテストで彼女を敗北させれば彼女の心を折ることができる。穏便に済ますには彼女の心を折らねばまた逃げられるとキリコは睨む。
「おかげで助かったよ」
良仁と会ったことで思わぬ糸口を思い付いたキリコは彼に抱きつくと、耳元に軽くキスをして立ち去った。
その行動にポカンとした良仁はときめく心臓を残して彼女を見送る。
この行動は淑女である秋山霧子としての行動ではなく住民のキリコとしての残滓。思い返すと霧子としてはちょっと気恥ずかしいが、菱夫はこれくらいで嫉妬するような小さい男ではないから大丈夫だろうと、コンテストの仕込みと勝ち筋を見いだすための仕掛けに奔走する。
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