コンテストクイーン

 チラシを受け取ってから三日後、コンテスト当日になる。

 キリコは雑誌の写真を集めてポーズを考え自信満々で会場に乗り込む。

 参加者に名乗り出ているのは女性だけではなく美男子も入り乱れる。優男やら美しい筋肉やら、男の参加者の多さにキリコは驚く。

 女性の参加者は住民が多いのだが男性参加者はほとんどが咎人である。こんな美形がどうして咎人となったのかと言いたくなるが、彼らの顔は初めてみる顔ばかりである。入れ換えがしばらく起こっていないのだからそれは不自然だとキリコは小首を傾げるが、それを含めて原因究明だろうと気持ちを切り替える。


「それではエントリーナンバー3、キリコさんどうぞ」


 自分の順番になるとキリコは壇上で腕を伸ばして体を反らせる。細身の美しさをアピールしようと必死にポーズを決めて、審査員一人一人に視線を流す。

 結果はどうであれ充分なアピールは出来ただろうとキリコは感じていたが、その後にアピールタイムに入る優勝候補たちはやはり手強い。

 爆乳のアンヌが水着をポロリさせて男の注目を集めたり、デブのナカノはそのふてぶてしい態度と太い腹が噛み合って威風堂々である。

 自信はあっても難しい勝負になるなとキリコは思っていたのだが、最後にやって来たそれはキリコの自信すら打ち砕いた。


「それでは最後の───」


 それはまさに完璧だった。

 いくらコンテストとはいえ素人の付け焼き刃な自分たちとは違う完璧な動きに同じ女性であっても見とれてしまうほどである。おそらく彼女はその道のプロなのだろうとキリコはプロフィールを確認するがその内容に驚く。


「なんでさ?」


 身に覚えがないが、イレギュラーな状況が産んだモデルの住民だろうとキリコは予想していたが結果は異なっていた。壇上の彼女は咎人で、しかも罪状を含めた一部の情報がブラックボックスになっていたからだ。

 普通咎人ならここに来る以前に何をしたのかキリコには把握できる。それがわからないというのは彼女がイレギュラーであることを示していた。


「─それでは結果発表……優勝は、ギヤさんです!」


 キリコも脱帽した通りに優勝したのは例の彼女だった。

 名前はギヤと言うらしいが、変な名前なのでおそらく偽名だろう。同じ参加者として何食わぬ顔でキリコは話しかけてみることにした。


「優勝おめでとう」

「あら……」

「??」


 キリコに話しかけられたギヤは小首を傾げながらキリコを眺める。そして少ししてから返事をした。


「もしやと思ったけれど、アナタも咎人かしら? 女性の咎人は珍しいわね」

「それはあたしも同意見さ」


 この世界では住民と咎人を見極める方法として右手の甲を確認するという手段がある。咎人ならばそこには太陽の紋が浮かんでおり、管理者権限をもつキリコ以外からすればこの手段しか明確に判断する術はない。

 ギヤはキリコの右手をみて彼女を咎人だと勘違いする。本当は咎人ではないが、彼女の右手には同じ太陽の紋があるのでそう認識するのは仕方がない。


「でしたらこれからご一緒しませんか? 住民の方々はどうも退屈で」

「いいですよ」


 キリコを誘うギヤの態度にしめたと思い、キリコは彼女に付き合うことにした。言われるがままに着いていくと、その先はプールだった。街中やミスコンよりも皆の格好にふさわしい場にキリコは軽いめまいを起こす。

 どうしてみな、ここ以外でも水着になっているんだ? とはキリコの心の声。

 彼女のぼやきはもっともである。


「さあ、泳ぎましょうか」

「それは構わないが、食事はいいのか? コンテスト中は食事の暇もなかったから、ずっと我慢していただろうに」

「これくらい軽いダイエットよ。それともアナタはお食事がしたかったのかしら?」

「ああ。てっきり食事のお誘いかと」

「そんな調子じゃダメよ、キリコさん。一日でも気を抜いたらこのプロポーションは維持できないんだから。むしろ飲まず食わずでも痩せすぎないこの世界の特性を生かさなきゃ損だって」


 ギヤの態度にキリコは少し違和感を得ていた。

 ダイエットという禁欲を自らに課すことができる彼女がどうして咎人なのかと。とても咎をもつ人間には見えない。

 あるとするならば自分の目的のためには他人の苦しみを無視できる類いであろうかとキリコは座った目で彼女を見つめてしまう。

 その目に不信を抱いたギヤはプールサイドに上がってキリコに詰め寄る。


「───別にお腹が空いたのならここで食べてしまえばよろしいですわ。私の事はおきになさらず」

「すまない。そんなつもりでは」

「でしたらその目はどういうことかしら。ダイエットを進めた私への当て付け?」

「それこそ誤解だ」

「でしたら理由くらい教えてくれてもよろしいのでなくて」

「それは……」


 本音を言えばこの世界の管理人としてアナタを疑っていると言いたいが、この態度のこの状況で下手なことを言えば彼女は自分を拒絶するだろう。そうなったら近づくのが面倒になるとキリコは一歩引いてしまう。

 このまま勘違いさせた上で自分の非を認めた方が丸く収まると考えたキリコは言葉の方向をそらすことにした。


「我慢は出来るが確かにあたしは空腹だよ。少し顔に出てしまったようだ」

「でしたら私もお付き合いしますわよ」

「いいって。あたしが我慢すればいいだけだし」

「お気になさらなくてもよろしくてよ。自分基準で不快な思いをさせたお詫びですので。

 実のところ同性の方とは久しぶりだったので、ついいつもの調子で無茶を押し付けてしまいましたわ」

「そうなのか?」

「住民の方々は詰まらないと言ったでしょう? 彼らは私のワガママもホイホイ従って来るので張り合いがないんですのよ」


 彼女の言葉にキリコは少し咎人らしさを感じた。

 舞台装置にすぎない住民は言わば決められた動きのみを行う機械のようなもの。それを機械と認識するが故に自己の欲望を押し付ける咎人は少なくないからだ。

 プロフィールが不鮮明なものの、そこまでイレギュラーではないのかと少し緩んだ考えをつい浮かべてしまうが、さすがにそれこそ都合がいい考えだと心のなかで首をふった。


「ではむこうの売店に行こうか。アナタにはいろいろ聞きたいことがあるし」


 ギヤの申し出を受け入れたキリコは彼女を売店に誘うことにした。

 買い物を済ませるとプールサイドにあるテーブルにそれらを並べ、早速キリコは焼きそばに箸を伸ばす。ギヤにあわせた演技でもあるが、それ以上にキリコは空腹だった。


「なかなかの喰いっぷりですわね。もう少しおしとやかにしないと男にモテませんわよ」

「余計なお世話さ」

「そう…」


 ガツガツと食べるキリコを憐れむようにギヤは眺める。いくら空腹だと言われても、彼女の目には豚が餌を貪るように見えたからだろう。

 そんな嫌な視線をキリコはわかっていてスルーする。そしてその目にギヤという人物のどこかしらに人格的な問題があるのだろうと納得していた。


「───さて、お待たせした」

「もうよろしいの?」

「流石に食い過ぎたくらいだよ。そろそろ話を進めていいかな」


 ギヤの態度を「もっと喰えるだろうにもういいのか」という意味で受け取りつつ、キリコは腹を擦りながらギヤの問いに答える。

 高飛車そうな雰囲気から下手に回ることを意識しながら、キリコは本題に入った。


「ギヤさん……キミはどんな罪を犯した?」


 罪とは当然、何をしたからこの世界に送られてきたのかという意味に他ならない。咎人であれば必ず咎を持つ。それがこの世界のルールである。


「それは……どうしても言わなければイケないの?」

「無理にとは言わないさ。でもアンタみたいな咎人は始めてみるし、気になるじゃないか」

「でしたら先ず───」

「あたしか? あたしの罪は大事な人を死なせてしまったことさ」

「それってキリコさん……アナタもしかして、ひとご───」

「落ち着け」


 自分を人殺しだと思った様子を見せたギヤの口をキリコはその手で封じた。この世界で人殺しだと叫ばれても問題はないが、このほうが彼女は落ち着くだろうという判断である。


「ふがふが」

「簡単に言えばある人を自殺させてしまったから、あたしはこの世界にいるという話だ。まあ、あたしのことはこれくらいでいいだろう。今度はアンタの番だよ」

「わ、わたくしは───」


 キリコは口から手を離し、今度はギヤの番だと彼女を諭す。

 嫌々ながら彼女は口を開こうとしたのだが、そのとき彼女に異変が起こる。


「!?」


 ギヤは口から泡を吹いて倒れてしまった。

 キリコは驚きつつも彼女のバイタルに問題がないことを管理者権限で確認すると、彼女を抱えて郊外にある小屋に帰ることにした。

 バイタルの確認は問題なく可能なのに、プロフィールについては黒塗りなギヤという女性。彼女は何者なのか、そして半端にわかることに苛立ちながら、キリコは彼女を抱えて走った。

 小柄なナイチチの女性がモデル体型の女性をおぶって走る。そして二人とも水着姿。こんな姿を誰も気にとめないことに、キリコは事態を重く考えていた。

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