異物
それはまだ、とある書店の店主が代替わりするよりも前。そして次の店主となる女性がアルバイトとして働いていた頃の話になる。
自分の美貌に過剰な自信を持っていた女性が、店の前にある大学に通っていた。
彼女は高木莉愛といい、中学時代はいわゆる読モで鳴らしていた。
いまでこそ平凡な大学生ではあるが、それはいずれ芸能界に進出するための踏み台にすぎないと彼女は慢心していた。そんな自信に溢れていたからこそ、先日の文化祭での出来事に落ち込んでいた。
「今年のミスノガミは……」
まさか自分が負けるとは思っていなかった。地味な女性に莉愛はミスコンで負けてしまったのだ。負けた理由は探せばいくらでもあるとはいえ、それらは莉愛本人は相手の力だと思っていなかった事柄である。故に自分が読者モデルという前線から身を引いたことで牙を鈍らせてしまったからだと思い込んでいた。
そこからはよくある拒食症のパターンだろう。問題の起きたあの日、あの場所で横たわった莉愛の体重は三十キロにも満たない。
「おや、これは困りましたね」
偶然なのか必然なのか、莉愛が倒れたときに店にいたのは一人の魔女。彼女は莉愛を救おうとは考えず、むしろこの場で死なれて変な噂が立ったら問題があると、事切れそうな彼女をごみを見るような眼で見下ろす。
「あ、あぁ……」
「ダイエットだか知りませんが、死ぬまで自分を追い込むなんてバカなことをする人ですね。助けてあげようにもアナタ、もう先がないですよ?」
魔女の言葉を莉愛は理解できない。倒れた時点で既に意識は混濁しており、むしろ倒れる直前まで意識がハッキリしていたことが奇跡的とも言える程に彼女は危篤状態にあった。
魔女の力なら莉愛を救うことも可能なのだが、この魔女にはそんな得にもならない施しをする気概などない。虚ろな眼で返事もない彼女を救おうとは思わない。
「死ぬのは構いませんが、ここで死なれても困ります」
そう言うと、魔女はどこからか一冊の本を取り出す。そしてページをめくって記述を指でなぞった。
「ちょっと強引ですが、ここで勝手に死ぬことは罪! ということにさせてもらいましょう」
開いた本のページが輝き、それを魔女が閉じるとすべては終わっていた。死にかけていた莉愛の姿はそこにはなく、その日から莉愛の姿を見たものはいない。
最初は莉愛の両親も彼女を探したが見つからず、そしてマスコミはかっこうのゴシップでありながらこの事件を見て見ぬふりをして放置した。
すべては魔女の思惑のまま、こうして高木莉愛はこの世から姿を消したのだった。
高木莉愛の死から時が流れ、彼女はようやく咎人となった。時間が本の外と異なる罪の世界では咎人となる時期に差があるとはいえ、既に死している彼女が引きずり出された影響は大きい。
歴の長い咎人が特殊能力を得ることがあるが、彼女の場合は最初からある特異性を得てこの世界に現れていた。管理者権限から離れた一個の知性体としての確立がそれである。
ガンに近い彼女の存在は周囲に影響を与え、罪の世界を水着の世界へと変えつつあった。皆が自分の美を誇り競いあい、そして彼女がその頂きに上るための世界へと。
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