水着の世界

 ここは咎人たちが罪を償うための世界である。

 しかし今現在、罪を償おうとする咎人などここにはいない。

 住人でさえ浮かれ始めており、この世界には狂いが生じていた。


「よう、そこのお姉ちゃん。今晩一緒にどう?」

「ごめんなさい。先約がいるの」


 街中で女の子をナンパする一人の咎人。

 彼は、そして彼女の姿は客観的には異常だった。

 男はすべてパンツ一枚、女は基本的にはプラジャーとパンツの一対。

 これはいわゆる水着である。水に濡れても平気な素材で作られたそれを常識と言わんばかりの顔で誰もが着こなしていた。

 いまここはほぼすべての人間が水着を着用する常夏の世界となっていた。


「まったく……何が原因だというのだ」


 そんな状況にただ一人だけ不満を漏らす女性がいた。

 彼女はキリコと言い、この世界では重要な存在である。

 もし彼女が願ったのならこの状況も起こり得たであろう。だが彼女には身に覚えがない。それなのに皆が水着を当たり前としていることにキリコは困惑していたのだ。


「つ~、釣れねえなあ」


 不機嫌な顔でアイスコーヒーを嗜んでいたキリコの前に先程フラれていた咎人がやって来る。キリコも皆に会わせて水着を着ているので、性別を間違える男など今はいない。

 当然のように男はキリコに粉をかけに来た。


「お! さっきの様子を見てたなお嬢ちゃん」

「まあね」

「だったら俺が暇してるのも解るだろ……今晩どう?」


 キリコは答えに困って黙る。

 男が誘う夜遊びが食事にいったり盛り場で遊ぶだけでは終わらないことがあからさまだからだ。

 いくらそういうことはご無沙汰とは言え行きずりの男と関係を持つほど尻軽ではない。それに相手は咎人、理由もなしに遊んであげるつもりはさらさらない。

 だが黙っているキリコの様子を恥ずかしがっていると捕らえた男はさらに続ける。よかれと思って男は余計な言葉を並べてしまう。


「もしかして何か遠慮してる? 気にしなくたっていいって。お嬢ちゃんの貧相な体だって俺は好きだぜ」

「だれが貧相だって?!」


 怒りに任せてキリコはついストローを指でつまんで先端で喉元を小突いた。傍目にはわからないがキリコの怒りが籠ったストローは既に凶器であり、男の喉元にはうっすらと血が滲んでいる。


「わりい、また今度な」

「全く……失礼な男だ」


 男の言葉通り、キリコの体は貧相な部類であろう。

 だが貧乳で尻もそんなに厚くないとはいえキリコも一人のレディだし、真正面からバカにされて怒らないわけがなかった。

 男の方もこのイカれた状況だからか、まるで普通のナンパ男のようにキリコに恐れを抱いて逃げ出している。こうなる前ならまた一暴れになるところであろうが、そういう強制執行が不要なところだけは今の状況にキリコも感謝していた。


「さて、体も冷えたし行くか」


 アイスコーヒーをのみ終えたキリコは店を立ち去った。

 彼女が探すのはこの世界を水着の世界に変えた元凶……それがわからなければ将来何が起きるか管理人としては気が気でない。


「まった、まってくれ」


 立ち去ろうとしたキリコを誰かが呼び止める。

 小首を傾げながら振り替えると 、現れたのは丸いビール腹を晒すカフェの店長のようだ。


「あたし?」

「そう。アンタだキリコさん」


 店長は住民だが、住民ゆえに顔馴染みではないキリコの事など本来なら知らない。だがこの状況によるのだろうか、彼はキリコを知っていた。

 キリコはあえてその点を指摘しない。その方が住民とはうまく噛み合うと今の立ち位置になってから学んだからだ。


「これに出てみないか?」


 店長が持ってきたのは水着コンテストのチラシである。こんな催しが行われるほどに今のこの世界はフリーダムなのかとキリコは少し立ちくらむ。だが本題はその先にある。


「優勝商品は『今アナタが最も欲するもの』だっていうんだ。探し物があるんだろう? ちょうどいい機会じゃないか」

「それは……そのようだね」

「だったらエントリーは俺がやっておくよ。俺もいい線いくと思うんだよなキリコさんは」

「調子がいいがサービスはしないよセーシさん」

「それくらいわかっているさ」


 店長はまるで旧友のような振る舞いでキリコをコンテストに誘い、キリコもそれに承諾した。

 彼女の目的は当然例の願い事ではない。その願いをどうやって叶えるのかを探れば現状の打開に繋がるであろうと踏んだからだ。

 先程の彼が自分と親しかった頃の記憶を呼び起こされたのもきっと天命なのだろう。キリコはそう認識して帰宅し、コンテスト対策を考えることにした。

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