そして「キリコ」は「秋山霧子」になる

 老人と別れたキリコは目的の洞窟にたどり着いた。

 入り口で中の様子をうかがっていると、轟音が鳴り響いている。

 これが魔砲の音かと察するキリコは踏み込む機会を待っていた。


「ったく、俺ばかりこき使いやがって」


 しばらく観察していると、中から一人の男が顔を出した。ぶつぶつと呟いていて不満げである。

 キリコはこの男を捕らえてみることにした。

 後ろから男に近づくと、胸を押し当てながら男を羽交い締めた。


「うわあ!」

「声を上げるな、こっちに来い」


 大きくないとはいえキリコはおっぱいをむにゅむにゅと押し当てていたのだが、男はそれを感じる余裕などない。羽交い締めにするキリコの左手は月の紋が輝いていて、首筋をちくちくと軽く刺していたからだ。

 男には首を傷つけるモノが何かまでは見えなくても、このまま下手に動けば刺されるとしか思っていない。まだ「咎人」として日の浅いこの男はキリコの脅しに難なく屈していた。

 洞窟の近く、少し離れた森の中でキリコは男を離した。


「いくつか質問したい。逆らうのなら力尽くで吐いてもらう」

「何を聞きたいんだよ? あまり相手をする時間もないから、手短に頼むぞ」


 男は意外にもキリコに対して友好的だった。最初は驚いたが、彼女の顔立ちを見てこんな可愛い子が意味もなく人を殺すとは思えなかったからだ。

 もしかしたら対立しているモンスター使いの新入りかもしれないが、モンスターを連れている様子が無いので恐るるにたりないという判断である。


「お前は魔砲使いの一人で間違いないんだよな?」

「まあな」

「魔砲ってどんな銃なんだ、教えてよ」

「俺も詳しくは知らないが、知っての通り大砲並の威力を持った拳銃さ。日野さんにしか作れないのと、弾の材料にカエンタケを使うってことくらいしか俺も知らない。ただ威力は折り紙付きだ、身の丈十メートルのモンスターでも一撃なんだ」


 カエンタケと聞いてキリコはあの老人を思い出す。

 彼が魔砲使いの仲間には思えないが、彼が言うカエンタケを買い取っている連中というのは魔砲使いなのだろう。


「後は……お前たち魔砲使いは何人いる? それに、あの洞窟にはなにか罠はあるのか?」

「お嬢さん!」


 魔砲のことならいくら教えても良いと考えていたこの男も仲間の情報を聞かれては黙っていなかった。

 胸元に隠していた魔砲をキリコに向けて構える。

 この男は魔砲を人に向けて撃ったことは無いが、日野から聞いた話ではあまりの威力に咎人を成仏させてしまうらしい。

 女の咎人は珍しいし、正直言えば一目惚れだったのだが、モンスター使いとの抗争を前にしたら妥協できなかった。


「魔砲のことなら何だって答えるが、仲間は売らない。正直言うと俺はアンタに一目惚れだよ。顔立ちも口調も凄く好みだ。でも仲間と天秤にかけるのなら、俺はアンタでも撃つ」

「モンスター使いから聞いていた印象とは違うんだな。アンタ、良い奴そうだ」

「やはり連中の仲間か!」


 モンスター使いを話題に出されたことで男はキリコをその仲間だと思って威嚇発砲をした。轟音と共に耳元を魔砲はかすめ、あまりの威力に鼓膜が破れる。

 この程度は咎人なら数時間で治るだろうという判断で男はキリコを攻撃していた。


「勘違いをするな。あんなクズはあたしが始末したよ」

「始末? どうやって」

「こうやって」


 キリコは脅しをかねて断罪の月を投げた。

 満月は木々を切り倒して大きな音を立てる。


「今のはなんだよ」

「クズどもを処刑するための力だ」


 仲間思いのこの男をキリコはどうもクズとは判断しかねていた。

 だが彼一人が善人であろうとも魔砲使い全員がそうとも限らない。特に日野とかいう魔砲を作った男は信用ならない。


「正直言うと、アンタら全員を始末するつもりでここまで来たんだよ。でもアンタはクズじゃないみたいだ。

 あたしに一目惚れだっていうアンタを見込んで聞きたい。アンタの仲間はあと何人いる?」

「それは……」


 男は悩んだ。

 仲間は売りたくないが、目の前の彼女は俺に好意らしきモノを示したからだ。

 彼女にすり寄りたいが、そうすればきっと彼女は仲間たちを襲うのだろう。互いの衝突を避けたいと男は思う。


「言えない。でも、お前が俺たちの仲間になってくれればみんなを紹介するよ。こんな世界で言うのは気が狂っているかもしれないけれど、俺の彼女になってくれないか? 

 でもアレだな……一目惚れしてコクっておいて、お前呼ばわりは変だよな。俺は番町一郎、お前……いや、キミの名は?」

「あたしはキリ───」


 キリコは急な告白に心が揺らいだ。

 まだ完全には「住民」から変質しきれていないため、キリコはその性質に引っ張られたのだ。

 「住民」は異性に熱意を持って好意を示された場合、世界に歪みを産まないために一時的に相手に合わせて恋人や夫婦として生きようとしてしまう。

 一目惚れとはいえこの男───番町一郎の熱意はそれだけのモノがあった。

 だがそんなキリコが自分の名を告げようとしたところで、轟音はそれを遮った。

 一郎の背中から血が噴き出して大穴が開く。

 そしてその威力はキリコの胸さえも貫いていた。


「なんで……なんで俺が」


 一郎はあれだけ信頼を寄せていた仲間に撃たれたことで困惑した。だが一郎には未練など無い。目の前の彼女と出合えたのだから。


「まあ良いか、この世界はあんまり長居をする場所じゃない。俺はキミに出合えて満足したよ。先に向こうに帰っているから、向こうでキミを探す。だから名前を教えてくれよ」

「秋山霧子。ノガミ大学前にある本屋の妻だったわ。でも残念ね、一郎さん……アンタは若い頃の菱夫を思い出す熱血漢だけれど、咎人という時点であたしとアンタは一緒になれない。アンタが生きていた時代には、あたしは既に死んだ人間だから」

「そりゃ残念だ。でも勢い半分とはいえ霧子さん……キミに告白できたんだ。真っ当に生きてキミみたいな子を探すよ」

「よく反省したね。それじゃあ、もう二度と万引きなんてしちゃだめよ」


 胸に穴の開いたキリコは口調が少し変わっていた。

 同じキリコではあるが秋山霧子はキリコとは厳密には別の存在である。

 この世界───ギルティワールドそのものとも言えるキリコと同化した本。そしてこの世界の創造主が秋山霧子である。

 二度目の死を引き金にこれまであやふやな存在だったキリコは完全な「咎人殺し」に変質しきった。

 それはキリコが秋山霧子の新しい器になったことに他ならない。

 キリコとしてのアイデンティティは保ってこそいるが、もはやキリコは秋山霧子になっていた。

 キリコの右手には太陽の紋が浮かぶ。

 月と太陽の力が揃い、キリコはこの世界の創造主として完全な力を得たのだ。


「イチローの奴、怪しい女と逢い引きなんて気にくわないぜ」

「でもいいんですか? 女が勿体ねえっす」

「女なんて街でさらえばいくらでもいるじゃないか。正直言うと生真面目なイチローが目障りで不自由していたが、もうアイツもイっちまったんだし気兼ねなくやれるぜ」


 洞窟から出てきて一郎ごと自分を撃った男たちは四人。完全体となったキリコが目をこらすと彼等の罪が頭の上にリストアップして表示される。

 殺しにレイプ、リンチなどの項目が並ぶが細かいのでキリコはいちいち確認しない。ただ二桁を超える合計数を見てキリコはこの男達をクズと判断する。

 口調一つとってもチンピラにしかこの男達は見えない。仮初めの死と共に償いを終えて元の世界に帰還する最中の一郎とはまるで違う人間のようだ。

 きっと一郎は都合良く騙されて、そして邪魔になったから撃たれたのだろう。

 自分を好きと言ってくれた男を殺した日野たちをキリコは許さない。


「一郎はあたしを好きと言ってくれたんだ! なぜ撃った?」

「あり? お前は今ので成仏しなかったのか。いいじゃねえか、成仏したってこの世界から退場するだけなんだし」

「一郎はなあ……反省して二度目の人生を生きようとしたから償いを終えたんだ。ただ殺されても苦しいだけなのよ!」


 魔砲使いの一人、サングラスの男はキリコの言葉にあっけにとられた。

 男たちの中で実際に撃ったのはこの男なのだが、何を言っているんだこの女はと心に思い、そしてその理由を考える間もなく死んだからだ。

 完全な「咎人殺し」は空間を操ることくらい造作もない。瞬間移動で間合いを詰めて、貫手で軽々と目から脳を突き刺してぐちゃぐちゃに爆ぜさせたのだ。


「この女ぁ!」


 男たちは一斉に魔砲を弾くが効果は無い。

 空間を操るキリコは弾丸の行き先をねじ曲げて、銃口にそれを返したからだ。

 魔砲は暴発して右手は千切れる。

 時間をかければ治るとはいえ「咎人」といえどもこれは痛い。


「ひぃ! 死ぬ!」


 痩せた男はキリコを前に死を覚悟し、今度はこんな奴に狙われないように慎ましく生きたいと願った。

 多少不純だがこの世界のルールに沿えば成仏による償いの完遂。この世界から帰還するために体から光の粒が溢れる。

 それを見たキリコは痩せた男を逃がさない。この程度で改心しようだなんて、それではこの世界に来てから重ねた罪が償いきれていないと。


「死んで逃げるな!」


 右手を突き出したキリコが力を込めてそれを握ると、痩せた男に勢いよく炎がともる。

 骨まで消し炭になる業火に男は元の世界に戻ること無くそのまま灰になった。


「カエンマイトをくらえ!」


 残るは魔砲の製作者でもある金髪の男、日野と半裸の男、松永である。

 松永はズボンに刺していた爆弾に火柱で着火してキリコを抱きしめる。

 自分は自爆しても成仏しない、だからこんな化け物を倒すために受ける苦痛くらい屁でもない。

 そんな目算での特攻である。


「ヒャッハー! キメてんじゃねえかよ松永!」


 松永の特攻に日野も上機嫌で馬鹿笑いをする。

 魔砲使いの中でもとりわけこの二人は狂っていた。

 キリコはこんなクズどもに負けてはならない。

 なによりこの世界の調整者としてこんな連中は間引かなければならない。

 抱きつかれて跳躍こそ出来ないキリコではあったが、右手と左手の紋を重ねてキリコは耐えた。


「誰が道連れなんかになるか」


 日野が作り出したカエンタケを用いた火薬は大層な威力を持っており、仮に「咎人殺し」であってもひとたまりは無い。

 だがそれは先程までのただの処刑人としての「咎人殺し」ならばの話である。既にギルティワールドそのものと言ってもいい存在になったキリコには通用しないのだ。

 空間跳躍は出来ない間合いでも自分を覆うようにバリアを貼ることなど造作もない。それに例え手足が粉微塵になろうとも放っておけばキリコは蘇る。これまでは「住民」としての制約で翌朝まで待つ必要があったが、今はもう即時である。

 逆にカエンマイトの爆発に月の紋の力を上乗せすることで松永はそのまま爆死した。

 派手に吹き飛んだ松永と、平然と立っているキリコの姿に日野は錯乱した。


「しゃあっ!」


 無事な左手で魔砲を構えた日野は乱射乱撃しながらキリコに襲いかかる。先程同様に弾道をねじ曲げられることなどもう頭に無い。

 猿のように本能のままにキリコを撃ち殺す気でしか無い。そんな彼をキリコはあえて空間を曲げずに嬲った。

 右手の紋が輝いていて、太陽の後光が魔砲を遮ったのだ。

 死ぬまで撃ちつづけてやると日野は引き金を引くのを止めない。既に魔砲は弾切れになっても、彼の太陽の紋が輝いて彼自身の命でそれを補う。

 日野も交尾によってモンスターを従える術を身につけモンスター使いのリーダーと同様に長く「咎人」で居すぎたことで力を手に入れたイレギュラーだった。世界の調整者として、キリコは自分以外のイレギュラーなど認められない。

 脳内麻薬の興奮に任せて即席の魔砲をガシガシと撃ちつづけるが次第に日野は弾切れになる。もうカエンタケも彼の精液も枯れ果てた。骨と皮だけになった日野にキリコは最後の鉄槌を下した。


「自慢の魔砲を使いすぎて随分お疲れね」

「あ……あぁ……」

「ねぎらうつもりなんて無い。それでもまだお前の罪を償うのには足りていないからね。

 正直言うとお前は償いなんて出来る人間じゃ無い。だってそうだろう、そんな魔砲をポコジャガと生み出す力を得るくらいにここに長居をしているんだから。

 死ぬ前に一つだけ教えてやるよ。ここは三十年も籠もるような場所じゃない。そんな奴は死んだ方が他の咎人のためだ」


 キリコの言うように日野がこの世界に来たのは三十年前。咎人としては世界誕生時に秋山霧子の願いと共に収容された罪人で、本にとらわれた後に順番待ちをしていた最古参である。

 外界とは時間の流れが異なるギルティワールドにて年数を問うのはナンセンスとはいえ、彼のようにクズには最古参組が多い。

 「月影」

 月の力で日野を凍らせて塵に変えたキリコはそれに太陽の力を加えた対消滅で西の洞窟を吹き飛ばしてからその場を立ち去った。

 モンスター使いに続いて魔砲使いと、ギルティワールドに蔓延っていた二大巨悪はこうして駆逐される。


「おや、またアンタか」


 魔砲使いを滅ぼしたキリコはそのまま帰らずに老人の元に向かった。

 ただの「咎人殺し」ではなく、世界の調整者としての「咎人殺し」として、魔女の力で来訪した彼のことを清算するために。


「あたしは本屋のキリコではもうない。だからこれはこの世界そのものであるあたしの仕事としてもう一度おじいさんに問うよ。

 あたしに咎人として殺されるのと、住民になるのはどちらがいい?

 住民になるのなら、好きなときの姿でレイアの恋人として生きてもらうよ」

「カッカッカ! 本当にそれが出来るなら嬉しいね」

「ただし、どちらも選ばないというのはナシだ。咎人でも住民でもないおじいさんをこの世界に置いておくわけにはいかないんだ」

「そんなのワイの心は既に決まっているさ」


 老人はギルティワールドから消えて、本屋のキリコも消えた。

 本屋には新たにアリスという住民が以前のキリコそのままに、暇そうに店番を続ける。

 「住民」では完全に無くなったキリコには街に居場所は無い。世界そのものなのでいくらでも居場所をねじ込めるとはいえ、歪みを避けてキリコは老人が残した本と小屋を引き継ぐ。

 馴染みのバーに行ってももう彼は顔パスでブラッディマリーを出してはくれないだろう。

 だが仕事はもう良いのかと尋ねることの無い彼と、かつての自分をトレースするアリスの姿を肴に、キリコは定期的にバーに通い続けた。

 普段は読書で暇を潰しながら、次に始末すべきクズの出現を警戒しつつ。

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