モンスター使い
ギルティワールドは咎人のための世界である。
正確には創造主がそう願ったように、彼女の財を奪おうとしたモノを閉じ込める檻である。この檻から咎人が出るための条件は一つ、己の罪を償うこと。
そんな咎人達におあつらえのようにこの世界にはモンスターが居た。彼等の中には化け物退治をしていれば償いになると思っている人も多い。
「本屋のキリコじゃねえか。店は良いのか?」
昼間からバーに通うキリコにバーテンが問いかける。
それもそうだろう。彼を含め「住民」には仕事を放棄するという考えなどない。
最近まで自分もそうだったことを認識しながら、キリコはあえてこの場所にいた。
「いいよ、どうせ誰も来ないし」
「だからといっても店番はお前の仕事だろうが。おかしいぞ、お前」
バーテンは小首を傾げつつもブラッディマリーを彼女に差し出す。仕事終わりに立ち寄った際に決まって彼女はコレを飲む。
「……トマト臭い」
「なんでえ、いつもの味だぜ?」
「ゴメンね、今日の気分には合わないみたい。もう帰るわ」
「……本格的に狂ったか?」
いつものカクテルを気に入らないキリコをバーテンは不思議がるが、そんな考えもキリコの背中が消えると彼の中から消えていた。
「とりあえず噂のモンスター使いに会ってみるか」
キリコがバーに入り浸ったのは酒が目的ではない。「咎人殺し」としての標的を探すためである。
しばらく観察しても客の中にクズは居なかったが、咎人達の会話には度々モンスター使いという言葉が混じっていた。
曰く、本来は野生である街の外周にいるモンスターを従えているらしい。
モンスターを従えることで治安を良くするのが目的なら構わないが、これが悪意を持っての行為なら処罰すべきクズである。
噂に従ってキリコは街の外にある北の砦に向かった。
「そこのお前、新入りか?」
砦に着くと鎧を着込んだ門番がキリコを出迎える。
自分を新入りかと尋ねる門番をキリコは少し怪しむ。
なにせ「咎人」と言うのは入れ替わりが激しい存在だからだ。彼等の言葉で言う「償い」を終えてこの世界を立ち去る咎人と入れ違いになって新しい咎人はやってくる。常に街の住民と同じ五十人が咎人の定員らしい。
この知識も同化した本より得たモノであるのだが、それを踏まえるとわざわざ初見のキリコを新入りかと尋ねるのは不可思議だった。
何かあると思いつつもキリコは頷いて中に入る。
「アンタ、名前は?」
「キリコ」
「名字は……まあいいか。見たところ銃は持ってないから奴らとは無関係のようだし、歓迎するぜ。まずはリーダーに挨拶してこい」
門番の言葉に少し疑問を抱きつつもキリコは砦の中に入った。彼の言うリーダーに会えば、彼等の行為が見定められると信じて。
砦の中には檻で飼われたモンスターが大小様々な種が揃っていて、噂の通り操るために飼育しているのだろう。
これだけなら彼らを悪とは思えないキリコであったが、砦の奥にいたリーダーを見て考えを撤回する。
「女の新入りとは珍しいな。お嬢ちゃん、何を盗んだ?」
笑いながらキリコにそう問いかけるリーダーは異様だった。
身の丈が低く乗り物に適したコドモドラゴンを彼は文字通り抱いていたからだ。
下半身は露出していて雄の象徴を突き刺して腰を振っている。
その行為に悪寒を感じたキリコがその場で吐き気を催して口を押さえるのも無理はない。
「こんなところに来る女にしてはウブだな」
「そういうアンタもあたしを一目見て女だって解るのは珍しいよ」
「そうなのか? ちっぱいだからって臭いはちゃんと女だぜ? 間違える連中が失礼だろう。
まあここに来る連中はガキも多いから、その格好で男だと思う奴がいても不思議じゃねえが」
キリコは胸も薄ければ衣服もズボンを穿いて中性的な格好である。
彼女の名誉のために言うならリーダーの言うように男と間違える方が失礼な顔立ちではあるが、咎人には妙にそういう勘違いをする人間が多かった。キリコのボヤキは当然、その間違える咎人を指してのモノである。
会話だけを切り取ればなんてことのない世間話なのだが、依然としてリーダーは交尾を止めない。それが当然のことように交尾を続け、一仕事を終えてコドモドラゴンが横になると、ようやく彼はズボンを穿いた。
「おっと! いつもの調子だから見せつけちまったか。どうだ、嬢ちゃんもやるか?」
「やらない。というか、今の気持ち悪い行為は何なのよ」
「見ての通り■■■■だ。俺とコイツのな」
キリコには彼の言葉が聞き取れない。
故に小首を傾げる彼女を見て、そんな性知識もないのかとリーダーは呆れて説明を変えた。
「わかりやすくいうとだな、ここに居るモンスターはみんな俺の子供なんだよ。どういうわけか、俺と交尾したモンスターが産んだ新しいモンスターは俺たちに従うんだ」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿もなにも、実際そうなんだから認めるしかないぜ。そもそもチャチな盗みでこんな世界に連れてこられた時点でクレイジーなんだ。これくらい出来ても不思議じゃねえさ」
ケタケタと笑うリーダーの言葉にキリコは憤った。
「チャチな盗み」だと? その「チャチな盗み」のせいで身を滅ぼした人だって居るんだぞ。
彼女の中に誰かの声が響いた。
「こんなにモンスターを揃えて、償いって奴には過ぎた力なんじゃないか?」
「償いか……そんなの今はどうでも良いことだ。だってこの世界は普通なら死ぬような大けがを負っても寝ていれば治るし年も取らねえ。金さえ稼げば何でもやり放題。元の世界に帰って惨めな俺に戻る方が馬鹿げた選択だぜ」
「その考え、ここの連中はみんなそうなのか?」
「あったりまえだろ。むしろお前はそれが目的で、力を求めて仲間になりに来たのと違うのか?」
「解った。それ以上は黙れ!」
この砦の連中はどうしようもない。
キリコはそう判断した。
左手の月の紋を輝かせると、キリコはそれを縦に振る。
「断罪の月」
キリコの頭の中で本が技名を教える。
飛来する光の三日月は回転して満月となり、咄嗟に身を捻ったリーダーの左腕を切り落とす。
「敵襲だ!」
その声に反応して砦の咎人が集まった。
リーダーを含めて四人の男とモンスターが多数。だが閉所なのでおあつらえ向きにモンスターは一度に動けない。
この好機をキリコは逃さない。
「騙したな!」
先程の門番は槍をキリコに突き立てた。
キリコは穂先に左手を併せると、そのまま月の紋を輝かせて前に進む。グラインダーに押し当てられたように槍は塵に変わっていき、それは門番の右腕にまで至り、そしてそのまま心臓を掴む。
「おぐぁ」
「松岡! そんな、俺達は死なないんじゃないのかよ!」
「次はアンタだ」
門番の男……松岡の死に驚いてたじろぐナイフの男の咽をキリコは手刀で突いた。
瞬く間に二人が死んでリーダーも手負い。無傷のデブは泣きながら逃げ出したのだが、その無防備な背中にキリコは断罪の月を投げつけて殺す。
自分たちを不死だと思っていた砦の男達に対しての一方的な虐殺行為。死に体のリーダーはモンスターを暴れさせて最後のあがきを見せる。
「やれ! 砦なんてどうなってもいい! 徹底的に暴れちまえ!」
全てのモンスターが暴れたことで砦は崩れてキリコは瓦礫に埋もれてしまう。
首尾良く先程まで交尾していたコドモドラゴンに跨がったリーダーは脱出しており、しばらくは潜伏して力を蓄えるかと呟く。
あの女はいったい何者だ、まさか最近現れたという「咎人殺し」か?
そう考えていたリーダーの予感は的中している。
そして逃げ切れるという予想は外れてしまう。
「逃がすか、このクズが」
「あの瓦礫のなかから、もう追いついただと? というか、撒けなかったのか?」
「アンタのその腐った魂が臭うんだよ」
「俺が腐っている? 俺は俺がやりたいようにしただけだぜ。むしろ活き活きしているんだからフレッシュさ」
「お前が言うチャチな盗みで死ぬ人間もいるんだ。それが解らないような奴は殺してやる」
「ま、まて!」
リーダーは観念したのか両手をあげて命乞いをすることにした。
キリコの目的がクズを殺すことならばうってつけの相手を宛がってやろうとにやけながら。
「西の洞窟にいる連中は俺なんて目じゃないんだ。むしろ俺のモンスター軍団はアイツらの魔砲に対抗するために用意してたんだぜ」
「魔砲?」
「ああそうだ。どうやって作っているかはしらねえが、拳銃なのにモンスターでも一撃で吹っ飛ばせるヤバい武器だ。鉄砲どころの威力じゃないから、俺達は魔砲と呼んでいる」
「情報提供……ありがとうね」
「だったら俺のことを……」
「それはそれ、コレはコレ。クズの時点でどっちも殺すに決まっているさ」
情報を出して命乞いをするリーダーをキリコは構わずに手にかけた。
ここまでキリコが手にかけたクズは七人。
人口比率を考えれば次で浄化も一段落だろうか。
「次は西か」
キリコは最後の戦いを覚悟して西の洞窟に向かった。
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