第11話 雨籐さんが素っ気なくなりました。
「あ、いらっしゃいませー」
「ども」
カフェ『アブノーマル』は今日も空席だらけで、平常運転だ。
ただ一つだけ普段と違う点がある。雨籐さんの様子に違和感を感じた。プレゼントを渡された子供のごとき無邪気な笑みが今日は浮かんでいないのだ。
「いつもの?」
「お、おう」
ごゆっくりどうぞ、と呟く雨籐さんは人が変わったかのように沈んでいる。一切微笑むことなく、立ち去っていった。
え……何か変だぞ?
地雷を踏んだ覚えはない。雨籐さんと最後に会ったのは荷物持ちの罰ゲームをした日で、その日も最後まで彼女の怒りを買うことはなかったはずだ。
取り敢えず読みかけの『グレースケールな彼女は色を欲する 2巻』を開いたけれど、読書に全く集中できない。気付かれないように注意を払いながら、ちらちらと雨籐さんのほうを見た。
大学生のカップルらしき男女に対して接客をする雨籐さんは、笑顔だ。
マスターの肩を叩いたりもしていた。冗談で盛り上がっているのだろう。楽しそうにじゃれ合ってる姿を見ていると、なんだか面白くない。
「お待たせしました」
「ああ、ども」
じっと雨籐さんの目を凝視する。彼女の瞳は斜め下に伏せられたままだ。遂に目も合わせてくれなくなった。
直接問い
いや、ひとまずジャブを打ってみよう。僕はラノベを手に持つ。
「ねえ、雨籐さん。見て、
雨籐さんの顔のほうへ『グレースケールな彼女は色を欲する』の作者のサインを向けた。ラノベ好きな雨籐さんにはこのサインの凄さが分かるはずだ。
「え!? すごっ……いねー、へえー」
一瞬驚きの声を上げて、すぐに冷静な声音へ変化した。最初に出た驚きは素の感じがする。
「授業を生け贄にした」
「ただ単にサボってるだけじゃん! ……い、いや、ダメでしょー」
元気溌剌としたいつも通りの雨籐さんの声を聞いた。けれどそれも
意図的に素っ気なくしていないだろうか。そんな気がひしひしと伝わってきてしまう。
「なんか、今日変じゃない?」
「え? べ、別に変じゃないけど」
そう言って雨籐さんは背を向けた。
「久しぶりだから……ちょっとおかしいのかも」
「へー」
謎理論だ。僕が相槌を打つと雨籐さんは遠ざかっていった。
一時間ほどして『グレースケールな彼女は色を欲する 2巻』を読み終える。そろそろ帰ろうと思って席を立ったとき、不意にカウンターの奥に置かれている一冊の本が目に入った。
『彼にドキッと思わせる。引いて引いて引いて押す戦術』
それが雨籐さんの所持品であってもマスターの愛読書であっても関係ない。僕は何か見てはいけないものを見てしまったかのように感じた。
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