第9話 私の好奇心関数における閾値はものすごく低いようです。②

 やばい、どうしよう、やばい、どうしよう、やばい、どうしよう。


 ダタローに手首を掴まれてしまいました。心臓が張り裂けてしまいそうです。


 意外と大きい手のひら。ダタローから妙な男っぽさを感じて、なんだか体がカッと熱を帯びていきます。


 と、とにかくお礼を言わなければ。私は慌てて、ダタローのほうを見ました。


「ご、ごめん。ありがとう。ふざけてたらバランス崩しちゃった」


「う、うん。とにかく落ちなくてよかったよ」


 ダタローはそう言って、そっと私の手首から指を離します。一億円の時計を置くような丁寧さでした。


 私は咄嗟に俯きました。じっと見つめられていては変に意識してしまうのです。意図的に睨んでいるのか呆然としているだけなのか、真実は全身黒タイツの犯人が持っていってしまいました。


 ……怒ってるのかな。


 私はゆっくりと視線を上げて、ダタローの顔色をうかがってみます。


「ダタローがいなかったら私、死んじゃってたかもだね」


 あまりシリアスな感じにならないように、微笑みながら言いました。


「ほんとに寿命縮んだから、まじで。これは罰ゲーム案件だよ」


「えー、不純なのは内容によるかな」


「すでに不純なやつって決められてるのはやばいし、内容によっては可能性がありそうなのも結構やばいね」


「冗談」


「知ってる」


 私がへへっと笑い声を漏らすと、つられたようにダタローも口角をあげました。


 ……やっぱり、ダタローと話してると楽しくなっちゃうなあ。



    *     *     *



 駅ナカの巨大商業施設から外へ一歩踏み出すと、冷気が首元を撫でました。恐ろしく寒くて凍死しそう!


 ちらっとダタローのほうをみやると、セール帰りの主婦のような、日本経済を潤す中国人観光客のような、ひどい両手の塞がりようです。


 思わず吹いてしまいました。そして、少しずつ申し訳なくなってきました。


「荷物の数、すごいね」


「こんなに持ってて僕の購入品が一切ないんだよなー」


「ごめんごめん、右手の二つ貸して? 持つよ」


 私はダタローのほうへ、ほいっと手を差し出しました。


「いや、いいよ」


「いやいや、表情がもう我慢しきれない感満載だし」


「いやいやいや、大変だからいいって。それよりさ」


 ダタローはかたくなです。一度言葉を切ったせいで微かな間が空きました。どうしたのだろう? と不審に思った私は、ダタローの顔を凝視して言葉を待ちます。


「ちょっとマフラー取って。この状態じゃ自分で取るの無理っぽい」


 何の脈略もなく突然だったので、驚きました。ダタローの首には紺と黒のマフラーが巻かれています。


「え、暑いの?」


「荷物持ってたら体あったまりそうなんだよね」


「な、なるほど」


 納得して、そして思いついちゃいました。


「だけど、ダタローの首元から私が追いはぎするのはやだなー」


「え……まあ、そっか」


 しゅん、と目線を下げるダタローの顔を見て、すこし口元が緩みました。


「わたしが右手の荷物持つから、自分でマフラー取ってよ」


「お、おう? あー、その含み笑いはそういうことか」


 気付かれてしまったようですが、私は気にせずダタローの体の前へ手を差し出します。


 じゃあ、ほい、と渡されたのは最も軽いビニール袋と二番目に軽いであろう紙袋でした。荷物、ゲットだぜ。


 ダタローは片手で器用にマフラーをほどき、ふわふわな細長いそれを私の首元に垂らしました。そうして、くるくると巻き始めます。片手で。


「雑っ!」


「さっき話してた罰ゲームとしてちょうどいいかも」


 罰ゲームって感じはあまりしないよ。心の中で呟きました。


「暖かくなった?」


「え? う、うん」


 えへへと声が漏れてしまいました。ダタローに聞こえたのかどうかは分かりません。彼は私のいる方向と逆側に顔を向けて景色を眺めているようでした。

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