第5話 こっち向いてほい、をしてみました。②

「次こそ本気出すから」


「その発言三回目だけど、雨籐あまとうさん」


「人は三度目から本物になるんだよ! よっし、それじゃあ……あれ、次って何回戦だっけ?」


「たぶん、五回戦」


 唐突に始まったこっち向いてほいゲームも泥沼の五回戦へ突入しようとしている。雨籐さんに絡まれ続けることおよそ10分だ。


 ちらっとカウンターのほうへ視線を移すと、マスターが丁度あくびをした。雨籐さんもマスターも暇らしい。


「じゃーんけーん」


 ぽん、という声にもそろそろ張りがなくなってきているのを感じる。惰性でやっている感が満載だ。


 じゃんけんで勝利を収めた握りこぶしを眺めていると、ふと思った。


 もしかすると、あれが必要かもしれない。


「この回、負けたほうは罰ゲームしようよ」


「え」


 僕が発言した瞬間、雨籐さんは素っ頓狂な声を上げて顔を微かにった。恋人とデートをしていた時に偶然家族と出くわしたときの決まりの悪さみたいなものが、彼女の顔から溢れ出ている。


 あれ。雨籐さんって恋人いるのかな。いないといいな、と少しだけ、ほんの微かに思った。


 雨籐さんは罰ゲームが心底、嫌なのだろう。四回のバトルのうち初回を除く三回はすべて雨籐さんが負けたのだから無理もない。


「本気出すんだし、負けないよね? 僕に罰ゲームを執行できるチャンスじゃん」


「ま、まあ? ダタローがどうしても罰ゲームしたいって言うんだったら……しょーがないな。受けてたとー」


 そう言って雨籐さんは俯いた。艶のある黒髪に輪っか状の光が浮かんでいる。天使の輪だ。


 僕のターン。彼女の食いつきそうなネタを海馬かいばと大脳皮質から引っ張り出そうと試みる。


 数秒黙して考えたけれど、見つからない。余計な欲求が邪魔をする。彼女の連絡先を手に入れたい、そんなよこしまな思考が浮かんでは消え、浮かんでは消え、を繰り返した。


「ん? もう、何かやってるの?」


「い、いや、まだ」


 雨籐さんのくぐもった声を聞いて、少しだけ焦った。苦し紛れに腕を組む。


「……スクールデイズ最終回の誠くんの顔マネ」


「おっと、危ない」


 雨籐さんの頭がぴくりと動いたのを見逃さなかった。僕はすかさず、少し誇張気味に顔を作った。口を大きく開き、白目を向いたまま顎を微かに上げる。そのまま、まるでムンクが声を発したかのようにうめいた。


 雨籐さんの姿は全く見えない。眼球の裏が締め付けられるように痛くて、すぐに元に戻す。


 彼女の脳天はまだこちらを向いたままだ。


「終わり? 終わりだよね? はいー、わたしのターン!」


 そう言って雨籐さんは勢いよく顔を上げた。ふわりと舞ったセミロングの髪から女の子の匂いがした。


「ちっ」


「危なかったー。誠くんの顔見たら刺しちゃうかもしれないからね、二重の意味で危ない危ない」


 はい、下見て、と楽しそうな声音で頼まれた。従わざるを得ない。


「絶対、顔あげないからな。絶対だから、まじで」


「はいはい、フラグフラグ……あ」


 雨籐さんはほぼ吐息に近い声を漏らした。どうしたのだろう。何か見つけたのだろうか。


「ツカサくん」


 ツカサくん!? 誰!? 


 何者だろう。男友達か。それとも彼氏か。いや、親族の可能性もあり得る。どんな間柄であろうと関係ない。ゲームなどに興じている場合でないことだけは明らかだ。


 気づけば僕は顔を上げていた。


 目の前で待ち受けていたのは、雨籐さんのにんまりとした気持ちの良い笑みだった。

 

「大丈夫。誰もきてないよ?」


「うわっ、魔性過ぎる」


「へへ、何してもらおっかなー罰ゲーム」


 後で腕を組み宙を見上げて体を微かに揺らしている……分かりやすく浮かれてるなあ。


 罰ゲームの執行が決まった訳だけれど、心のどこかでほっと胸を撫でおろしている自分がいた。とにかく彼氏じゃなくてよかった、と。

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