漂白

伝説オムライス

第1話

 私は大好きなAの応援のために強い日差しの照りつける陸上競技場を訪れた。

 Aは陸上部に所属する笑った顔が素敵などこにでもいそうな普通の男子高校生だ。しかし、Aはクラスでも地味で目立たない無色透明な空気に徹していた私にも声をかけてくれ、面白おかしく話してくれたりして、つまらない私に色を与えてくれた大切な友達だった。

 2年生になってクラスは別になってしまったが、そんなAのことを私はいつのまにか好きになってしまっていた。

 そして、私は今日、ある決心をしてこの競技場に足を運んでいる。

 Aの出場する1500mが始まろうとしていた。ゴールがよく見える席に座っている私から見て反対の直線のほうにAは立っている。

 スターターがピストルを鳴らす。乾いた音が耳に届いてくる。Aは弾かれたように反対側の直線を駆けている。トラックの周りの色々なところから声援が聞こえてくる。私とAの高校の陸上部員たちが私のいる席から数十mほど離れたところでAを応援している。

 Aがちょうど私の前を通ったときに声援を送ろうとしたけれども、Aは先頭の何人かで思っていたよりも速い速度で駆け抜けて行ってしまった。

次の周回では声をかけようと決めた。再び彼が目の前に迫ってきた。

「Aー、ガンバレー!」

精一杯の声をあげて応援した。Aにその声が届いているかは定かではないが言うことができた。これは今から決心していることからすれば通過点に過ぎないレベルかもしれないが少しだけ自信がついた気がした。

 ラストの一周になり、鐘を審判の白髪のおじさんが鳴らす。3人で先頭を争っているAが苦しそうな顔で通過していくので再び声援を飛ばす。

「A先輩ー、ラストガンバです!」と陸上部の後輩と思わしき人たちも声を投げかけている。その中でも髪の短い女の子は必死に応援しているように見えた。

 もしかするとあの後輩の女の子もAに好意があるのかもしれない。そう考えると突然落ち着かなくなり、Aが何位でどのくらいのタイムでゴールしたのかを見逃してしまった。

 しかし、Aが爽やかな笑顔でトラックにお辞儀している姿を目にすることができたので、きっと、目標や狙い通りの結果だったのだろうと考えていた。


 しばらくするとクールダウンを終えたAがさっきまで陸上部がいたところに戻って来ていた。

 その視線に気づいたのかAが近づいてきて私に声をかけた。

「応援来てたんだ、ありがとう。自己ベスト更新できたよ」

Aは嬉しそうに笑いながら私にそう言ってきた。

「おつかれ、よかったね。後で時間があるときか、終わった後でもいいから話せない?」

「ああ、いいよ。後で連絡するよ」

そう言うとAは再び陸上部の集団の中に紛れていった。

 私は走ってもいないのに心臓の動きが激しくなっていた。


 私はこんな状態で本当に大丈夫なのか不安になりつつもAからの連絡を待っているとAからメッセージがきた。

『終わったよ、どこに行けばいい?』

と尋ねられたので人目につきにくそうな場所を指定した。

 私が指定した待ち合わせ場所に着くとすぐにAがやってきた。

「急に話そうなんて珍しいな、どうした?」

「その……、今日はお疲れ様……」

「おお、ありがとう」

私はこんな話がしたいんじゃない。私は覚悟決める。

「……好きです。付き合ってほしい」

「ありがとう、でも、それには答えられない。付き合ってるコがいるんだ」

Aは少し申し訳なさそうに言う。

「そっか……、今のは忘れて!」

私は落ち込んでいると思われたくなくて、柄にもなく明るい調子で言った。

 それでも、私の目から流れそうになる涙を見られたくなくて空を仰いだ。

「Aせんぱーい、片付け終わったんで帰りましょー!」

 陸上部のショートカットの女の子がAを呼びにきた。

「呼んでるよ、A」

「ごめんな……」

Aはそう言い残すと後輩の方へ駆けていった。

 堪えていたはずの涙が重力に逆らえずに地面にパタパタと落ちていった。

 Aは優しいからきっとこれからも友達という関係を維持してくれるだろう。でも、そんな惨めな関係を私は耐えられないし、Aの彼女にもいい顔はされないだろう。

 だから私はAの目に映らないように透明になって消えようと、Aからもらった色を涙で洗い流そうとするが、色は滲んでばかりでなかなか消えなかった。

 それでも、幾日か涙を流し続けることで色は流れ落ち私は綺麗な無色透明になっていた。


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漂白 伝説オムライス @kuromegane5s

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