第二十三話 上客は騙される

 アーマード武具店での買い物が終わった頃には昼になっていた。昼ご飯は近くの屋台でラッシュブルの串焼きを買って簡単に済ます。ちなみに、リアはプゴ太郎の方が美味しいと言っていた。それもそのはずで、モンスターの階級が高いほど美味しい肉になる世界であり、プゴ太郎の階級の方がラッシュブルよりも上なのだ。


 それはさておき、まだ買い物は終わっていない。女の子の買い物とは時間が許す限り終わりがないものである。買い物においては決して女の子を舐めてはいけないということだ。そして女の子の買い物は男にとっては激務であるという常識も忘れてはいけない。


 まぁ可愛い女の子との買い物はデートみたいで楽しいから大歓迎だな。魂には体力とか関係ないから気疲れを除けば楽しいしかない。


 このあとは可愛いお財布や鎧下、下着や寝巻きなどを買いに行きたいそうだ。それに加え、野営用の道具や調理道具も購入しなくてはいけない。


 しかし買い物を必要なのはリアだけではない。今回の買い物で俺も欲しい物があるのだ。それは本物のモンスター図鑑である。といっても、俺はすでに一冊持っているのだが、教国で購入したモンスター図鑑は偽物だったことが昨日判明した。


 きっかけはプゴ太郎の肉を売ったときの店員さんとの会話である。プゴ太郎の内臓と肉は量が違うのに買取価額が同じで、プゴ太郎の体では一番美味しい部位らしい。かなり希少で高価な部位なのだとか。でも図鑑には内臓は焼却処分と書かれていた。つまり、図鑑は偽物だったということだ。


 偽物のモンスター図鑑を使い続けていれば何度も損をする可能性がある。そこで二度と同じ失敗をしないためにも、新たな図鑑を手に入れることは最優先事項なのだ。


 全ては美味しい食べ物が好きなリアのために。


 決意を固めた俺はリアが食事している間に午後の予定を立てる。欲しい物を整理して最短で回ったとしても、四つの店に行かなくてはならないのだ。道具店と小物店に本屋。それと女性用品専門店である。


 とりあえず、一番近い道具店に向かうことにしようと決めたところでリアから声がかかる。


「アルマ、午後の買い物も張り切って行こー!」


 元気いっぱいで買い物を楽しむ姿は可愛い。でもじっくり選びすぎだ。まだ一件目の道具店なのだが、お肉の丸焼きも可能にするオーブンを買うかどうかを悩んだり鍋やフライパンセットで悩んだりと、店に来てから三十分ほど経っているが、買い物かごの中は未だに空である。


「リア、迷っているなら買えばいいんじゃないか?」


「無駄遣いはよくないから、実際に使っているところを想像してみて必要かどうか考えてるの」


 俺のお金じゃないから気にしなくていいのに……。これじゃあ今日中に買い物を終わらせられなくなってしまう。それはダメだ。


「リア、買おう。悩んでる物は全て買おう」


「えぇー! でも魔道具だから高いよー?」


 確か魔道具と魔法具の定義は、生活に関する道具であることと戦闘に関する道具であることだったな。魔法関係の商品が高いことはすでに分かっていることだ。今さら少し高くても何とも思わない。便利ならそれでいいと割り切ろう。


「大丈夫だ。さっき金庫から出しておいたから」


「アルマがいいなら……」


 よしっ。やっぱりお金の力は偉大である。地球のセレブの買い物が早い理由がようやく分かった。お金があれば悩む時間など不要だということだ。


 そしてお金の力に頼ったおかげで買い物は順調に進んでいく。まず店員がすごく協力的になっていったのだ。リアが迷っていたときは店にいるのも嫌そうな表情を浮かべていたのに、今ではえびす顔で商品の在庫を確認している。


 次に店員が在庫を確認しているおかげもあって買い物の速度が一気に加速した。大きな商品は木札を買い物かごに入れ、小さな商品は必要量を取って買い物かごに入れていく。


 ちなみに、レーヴェニア王国では大きな商品を購入するときには、商品の横にある木札を取ることで購入の意思を示すようだ。値段も木札に書いてあるから楽でいい。


「お客様、是非お手伝いをさせていただきたいですー!」


「大きいものは終わったので、小さいものを梱包してもらっていいですか?」


「喜んで!」


 オーブンの魔道具に、寸胴ほどの大きな鍋から一人用の小さな鍋やスキレットを含む複数のフライパンがセット、まな板などの基本調理器具セットといった木箱にまとめられた大きな商品の木札はすでに取ってある。ただ、基本調理器具セットの包丁が気に入らなかったので、お金を追加して別のものを購入することにした。


 たった三つの木札だけで、すでに大金貨二枚を超えている。道具店で俺と同じくらいお金を使う者は稀らしく、ここでも「どこかの貴族ですか?」と聞かれた。もちろん、速攻で訂正しておいた。


 ――数十分後。ロープや革袋などの消耗品を含む細々したものを買い物かごに入れ、予定していたものを揃え終えた。でもテント含む野営道具は買わなかった。テントなら俺が持っているし、考えていることがあるからだ。


 そして全商品の購入金額は大金貨二枚と金貨五枚だ。ここでもきりが良いように多めに払っておいた。


「お買い上げありがとうございましたー!」


 入店時とは違い、腰を九十度に曲げてあいさつをしている。きっと金払いがいい上客を逃がさないようにと思っているのだろう。


 大丈夫。逃げないよ。次もここに来る。……ロープを買いにな。


 俺は店員の姿を見ながら心の中で呟き、女性用品専門店まで駆けていくリアの後ろを追いかける。


 ◇


「はぁ……。やっと終わった」


 女性用品専門店は長屋のような店構えで、どの店の入口からも入れるが、中で繋がっているため行き来が簡単にできる作りになっていた。ただ、ここは女性用品専門店である。当たり前のように女性しかいない。店に入るのも躊躇ためらうのに、中に入って待つなんてできるはずもなく、店員にチップを渡して選び終わったら、近くの本屋まで迎えに来てもらうことにした。


 そのかいあって、無事に本物のモンスター図鑑と料理本、簡単な名所と王都までの方角しか書かれていない紙を購入できた。さらに本屋では地図が見つからない理由を知ることができた。簡潔に言うと、技術がないことと戦争に使われるという二つが理由らしい。この情報の代わりとして地図代わりの紙を買ったのだ。金貨一枚で。ぼったくりもいいところだと思う。


「アルマ、お待たせー! でもね、ここに可愛いお財布やタオルもあったから小物店は行かなくていいよ」


 確かに朗報だ。


「それでいくらになったの?」


「……大金貨二枚……」


「大金貨二枚ね。……んっ? ここで?」


「……うん」


 もしかしてぼったくられたのかと思って聞いてみると、高級石鹸や肌のお手入れセットなど女性の必須アイテムを勧められるまま買い物かごに入れていったらしい。


「まぁ必要ならいいか。でも一つだけ。お金を追加してもいいので下着や服は新品でお願いしますね。できますよね?」


「喜んで!」


 爆買いした上客の機嫌を損ねるなんて愚かな行為をせず、満面の笑みを浮かべた女性店員は全ての商品を取り替えていき、結局大金貨二枚と金貨八枚となった。もちろん、ここでも多めに出した。


「アルマ、ありがとー!」


「どういたしまして」


 貴族並みの爆買いをした俺たちに、他の女性客たちは羨望の眼差しを向けている。


「お買い上げありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしておりまーす!」


 店員さんの声を背に俺たちは宿に向かうのだった。


 




 


 


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