閑話 大地の勇者

「お目覚めですか? 私はここ大地教国アグリスの代表をさせております、ノルマンです。あなた様は私共の世界を守っていただくためにお呼びした勇者の一人です。勝手なお願いだと分かっておりますが、是非ともこの世界の人々をお守りください」


 私は森美咲、十六歳。この春から高校二年生になり、進路について真剣に考えなければと思っていた矢先に今回の事件に巻き込まれてしまった。


 そもそもどうしてこうなったかと思い出してみるが、遅刻した幼なじみを迎えに行って自分も遅刻したことしか思い浮かばない。いつも通りの時間に通学していたらと思わないでもない。


 生来頼み事をされると断れない性格で、今回も遅刻癖のある幼なじみが遅刻しないように迎えに行ってくれと幼なじみの母親に頼まれ、いつも通り断れなかったのだ。今日ほど断れない自分を恨んだ日はない。


「異世界……?」


「はい。あなた様が住んでいた世界とは違う世界でございます。ですが、安心してください。過去にも勇者が召喚されています。彼はこの世界を気に入り、帰ることを放棄して建国されたのです。あなた様もきっと気に入ってくださいます。そしてきっと守りたいと思ってくださいます」


 ところどころで敬語を使っているが、完全にへりくだっているわけではなく、勇者と言っていても完全に下に見ていることが言葉の端々から読み取れた。


「そんなこと言われても困ります! 以前の勇者と私は違います。この世界の危険はこの世界の人が救えばいいと思います。今すぐ返してください!」


「残念ながら私には分からないのです。前回も今回も太陽教国の者が召喚しましたので、送還方法も太陽教国の者だけが知っています。後日太陽教国で四勇者様の顔合わせがあります。そのときに送還方法を聞くとしましょう。それまでは少しずつこの世界を知っていってもらえばと思います」


「……なるべく早くお願いします」


 ヲタクでよかった。心底思う。


 日本では「いつ卒業するの?」とか言われて馬鹿にされていたけど、どんなことでも役に立つのね。このタイプの展開はラノベで読んだことあるけど、しっかりと見極めないと絶対に後悔する。異世界に来てまでなぁなぁで済ませて後悔するのは絶対に嫌だ。まだこの先どうなるか分からないけど、考えることを放棄することは絶対にしない。


「四勇者様の一人とする一応の承諾をもらえたということで、まずはスキルの確認をさせていただきたいのですが?」


「スキル?」


「えぇ。あなた様は大地神ノーラ様の加護により素晴らしい力を手に入れているはずです。その力のことを『スキル』と言うのです。確認方法は本人がステータスと唱えるだけです」


「ステータス」


 名前  ミサキ・モリ

 年齢  十六歳

 加護  大地守護神の加護

 スキル 魔具マスター・異世界言語


 不思議。透明な板に文字が書かれているのが分かる。


「いかがですか?」


「魔具マスターと異世界言語というものでした」


「素晴らしい! 二つもスキルをいただいたのですね! 通常は十人に一人の割合で、一人につき一つしか授かれないのですよ! さすがは勇者様です! それで、スキルの詳しい情報は?」


 スキル【魔具マスター】の詳細は言ってはいけない気がする。道具を作るスキルみたいだけど、地球でも便利な道具が戦争の道具に悪用されていた歴史がある。この人たちの話が本当かどうか分からない今、私が作った道具のせいで罪もない人を傷つけること絶対にダメだ。


「道具を上手に作れるみたいです」


「またまたぁ。それだけのはずはありません。スキルにはランクがあるんです。あなた様のスキルを例に挙げると魔具師が下位、魔具エキスパートが中位、魔具マスターが上位といった具合にランクによって違いがあるんですよ。マスター持ちは稀ですがおります。ですが、勇者様のスキルには何かしらの補正がついていそうではありませんか?」


「いえ、本当にそれだけです。それよりも神様の名前が違いますが、本当に宗教国家なのですか?」


 やられた。スキルの情報を知らないかと思って誤魔化したのに、このままじゃ協力的ではないと思われて警戒されてしまう。力がない状況で逆らうのは自殺行為だ。


 必死に考えた誤魔化す話題もよくよく考えてみれば侮辱発言だったのだが、無宗教である私は気づくことなく質問してしまった。


「無礼な! いくら勇者様と言えどもそのような発言は許されませんぞ!」


「えっ? そちらは大地神と言っていましたが、私のステータスには大地守護神と表示されています。私のスキルに勇者の補正がないのは神様が違うからではないかと思い、失礼ながら質問させていただきました」


「大地守護神様は大地を守護している神である。つまり、大地神ではないか! そんな簡単なことも分からないのか? ……これは一から教育し直す必要があるな」


 ついに化けの皮が剥がれたようだ。最後に呟いた不穏な言葉もしっかり聞こえ、ますます彼らのことを信用できなくなった。


 一刻も早く逃げないと……。


 四勇者ってことは同じ場所から来た人の可能性が高い。最悪の場合この人たちに教えてもらわなくても、太陽教国の勇者に聞けば日本に帰れるかもしれない。でもそのためにやらなければならないことがある。


 まずは情報を入手すること。この人たちの言っていることと事実が同じなら勇者をしなければならないけど、私利私欲のためならば私はモフモフを探しに行く。せっかく異世界に来たんだから、少しくらい可愛いモフモフとふれあってから帰りたい。


 そして二つ目は、逃げるためとモフモフを探しに行くための自己防衛手段を手に入れること。運痴の私が剣を握るなんて絶対にない。むしろ、その剣が相手に届く前に自分に突き刺さる確率の方が高いはず。


「勇者様? どうかされました?」


 つい思考の海に潜ってしまっていたようで、怪しい宗教国家の人たちの声に気づかなかった。


「いえ、とりあえず役に立てるようにスキルの練習や勉強をしたいと思いまして。いかがでしょうか?」


「おぉぉぉ! さすがは勇者様ですね! さっそく準備させましょう。それとお部屋の方も準備させましょう。これからよろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします」


 さっきの激昂した態度とは打って変わって優しそうに微笑む大地教国の代表は、嬉しそうに私を褒め称えていたが、その瞳は少しも笑っていなかった。そしてそれは私も同じだったと思う。


 絶対に協力しない。私の意志は私のもの。絶対にこれだけは譲らない。


「では案内します。こちらです」


 新たな決意を胸に秘め、代表の後をついて部屋を出るのだった。



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