第十九話 魂は踊る

「あなた泥棒なんですって?」


 突然話し掛けてきた商人風の男は、俺に向かっていきなり泥棒発言をした。しかも周囲に聞こえる大きさで。


「失礼ですが、商人の方ですか?」


「えぇ。私の知人が犯人と同じ宿に泊まっていた私に相談に来られたのですよ。相談相手はあちらに居りますよ」


 そう手を向けたテーブルにはデブハゲ脂ぎっしゅが、にちゃにちゃと音を立てて肉を貪っていた。


 俺を泥棒呼ばわりした男もデブでハゲているが、こちらは乾燥肌のようで脂は少な目だ。知人は知人でもデブハゲ仲間かもしれないな、と一人考えていたが、リアの顔色が真っ青になっていたことに気づき排除を決めた。


「おやおや、そこそこ年を重ねていそうなのに、商人としては三流以下のようですね。というか、下積みからやり直すことを勧めますよ。間に合うかどうかは分かりませんがね」


「失礼じゃないか! 泥棒に三流以下と言われるほど落ちぶれていませんよ! それに年もまだ二十代だっ!」


「ごっめーん。てっきり……五十代かと」


 デブハゲ商人が丁寧な口調から素の口調に変化したせいで、俺もつられて素の口調になってしまった。でもそれによって馬鹿にした感じが強まったのはよかった。


 さらに、俺の発言や頭の天辺からつま先までじっくり見てから年齢を言ったことが受けたのか、周囲からもクスクスと笑い声が聞こえ始めた。


「それとあなたが三流以下であることは間違いありませんよ。常識を知らず情報収集もまともにできないと、せっかくの商機を逃してしまうんですよ。十五歳の俺にも分かるのに、五……二十代のあなたが分からないなんて終わってますよね?」


「常識知らずなのは貴様だろ! 泥棒は犯罪なんだよ! 持ち主に返して出頭しろ!」


 デブハゲ商人は顔を真っ赤にして俺を指差し、その場で地団駄を踏み出してしまった。


 ガキか……。


「はぁ……。泥棒泥棒って言いますけど、何を盗んだのか知っていますか?」


「はっ? 奴隷だ! そこの娘がそうだ!」


「お手手に奴隷紋はありますか? 首に隷属の首輪がありますか? 奴隷である証拠は? 昼頃に門の外で起こった騒動を知らないのですか? 違法奴隷を扱った商人の馬車が警備兵に届けられたことを知らないのですか? 道に落ちていた物は拾った者に所有権が移ることを知らないんですか? 馬車から馬だけを切り離して自分だけ逃げたのに、所有権を主張してくるのはおかしな事ではないのですか? 警備兵が保護を約束した人物を返せと言って来る者は、自分が誘拐したと言っていることと同じだと思いませんか? 最後に、誘拐犯の手助けをした人物は共犯になると思いませんか? 今一度よぉく考えてからお答えください」


 思いっきり嫌みっぽく、わざわざ丁寧な口調を使って説明したことがよかったのか、デブハゲ商人は震えだしデブハゲ脂ぎっしゅを問い詰め始めた。周囲の人たちも冷ややかな視線を二人のデブハゲにぶつけていた。


 そして騒動を止めに来なかった警備員は本職の警備兵を呼びに行ってくれたみたいで、二人のデブハゲは連行されていった。


 これでやっとデブハゲ脂ぎっしゅから解放されればいいのだが、どうなるか分からない。さらに、俺たちに同情的な視線を向けて来る者はまだいいが、俺の年齢を聞いた者たちが何やら相談し始めた。


「ごめんね。あと……ありがとう」


 さっきまで幸せそうに肉を貪っていたのに、その手は止まってしまっていた。


「気にすんなって。肉が冷めちゃうぞ。リアは何も悪くないんだからさ!」


「……うん」


「……そうか。食欲ないなら、明日はビッグボアの肉は食べれないな。残念だ。ギルドに売るしかないか……」


「えっ!? ダメだよ! 私が食べるの!」


 肉食女子の励まし方は肉でつる。どうやらこれが正解だったらしい。


「お客様、ビッグボアの肉をお持ちというのは本当でしょうか?」


 いつの間にか横には受付の女性がいた。しかも、目を爛々とさせて。……少し怖い。


「えぇ。昨日女性二人が食べた以外は丸々一体分の肉がありますよ」


「では、ほとんど残っているってことじゃないですか! ……それでそれはどうなさるのですか?」


 どうするかとは聞いているが、俺には「売ってくれるよな?」って聞こえる。それに加え、俺の両肩に手を置き逃がさないようにしているという徹底ぶり。先ほどのデブハゲ商人とは比べものにならないほどやり手だろう。


「……リア?」


「いいよ!」


「売らせていただきますよ。それと今夜の迷惑料として勉強させていただきます」


「ありがとうございます。では後ほど」


 怖かった……。


 それにしても優しいお姉さんである。今の商談を牽制に使ってくれたみたいだ。今まで半信半疑でよからぬ計画を進めようとしていた者たちは、現物があると分かるやいなや、すぐに計画の中止を決断したようだ。それほどプゴ太郎は強いモンスターなのだろう。


「ごちそうさまでした」


「じゃあ部屋に戻るか」


「うん!」


 リアは満腹まで食べて膨らんだお腹をさすりながら部屋に戻り、室内に入るとソファーに寝転がった。


「風呂の用意をしてやるから、ちゃんと入るんだぞ。もったいないからな」


「久しぶりのお風呂だー!」


「あと風呂から出たら大事な話があるから」


「今じゃダメなの?」


「風呂が冷めちゃうだろ」


 無理矢理風呂に連れて行き、風呂の扉を閉めた。


 風呂を先にしてもらった本当の理由は、俺の心の準備が必要だったから。一緒に行動してまだ一日だけど、すごい楽しかった。それが本当のことを話したことで終わってしまうかもしれないと思うと、どうしても言いたくなくなってしまうのだ。


「出たよー! でも服がなーい! 同じのしかないよ。明日買いに行こうね!」


「……あぁ、うん。服ね」


「どうしたの?」


 俺の生返事が気になったのだろう。眉をひそめ質問してくるリアに、俺はイケメン創造神の話を除いた馬車で出会うまでの話をした。


 異世界の者であること。

 四人の勇者の一人であること。

 教国のミスで魂だけの姿になったこと。

 スキルのこと。

 教国の計画を邪魔すること。

 肉体の夢を諦めていないこと。

 世界を旅してみたいこと。


 道中であったことも全て話し、最後にリアに質問してみた。


「俺は帰る場所がない。だから、気の済むまでこの世界を見て回ろうと思っている。でも危険が伴うだろうから無理強いはしない。……どうする?」


「んっ? どうするって? バイバイするってこと?」


「普通はアンデッドとはいたくないでしょ?」


「えっ? 魂だったことは最初から知ってるよ。私のスキルは【超感覚】って言って、人よりも感覚が鋭いんだ。だから魂の姿も見えてるし、鎧の反響音も聞こえるんだよ。嫌なら最初から一緒にいないよ? それに私も帰るところないんだ。ハーフってことで家族にずっと迷惑をかけていたし、親族に売り飛ばされたから帰れないよ。……一緒にいたら迷惑?」


 頼むから泣きそうな顔をしないでくれ。


「迷惑じゃないよ。むしろ嬉しい」


「本当!? 私も嬉しい! それと私も旅したい! 世界中のお肉を食べるんだ!」


「じゃあ……これからもよろしく」


「うん! よろしくー!」


 リアは俺の手を取り、ブンブンと激しく上下に振る。


 たぶん俺は、あのイケメン創造神の手のひらで転がされているのだろう。でもそれでもいいと思えるほど素敵な出会いだった。まだまだ楽しい思いができることをイケメン創造神とリアに感謝し、リアと過ごす日々を楽しみに思うのだった。


「早く寝ろよー。明日は買い物に行くからな」


「はーい! おやすみなさい」


「おやすみ」


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