第十八話 女性は強い
ギルド内で叫ぶ人物は、俺が想像していた通りデブでハゲでテカテカ脂ぎっしゅのダルマさんだった。短い足を大股に開いて歩く姿が、虚勢を張っているようにしか見えなくて滑稽に見える。それと残念なことに考える頭を持っていない種類の人間だった。
「どうしよう……」
「ちょっと失礼」
慌てるリアを抱き寄せ外套の陰に隠し、デブハゲ脂ぎっしゅの前を人が横切った瞬間を狙って、外套の機能を発動する。そしてそのまま守護者ギルドを脱出し、人混みに紛れるようにして宿に向け駆けだした。
「ふぅ。どうにか撒けたな」
「ありがとう。でも、どうやったの?」
「この外套には短時間だけど認識阻害の効果があるんだよ。こうなることを予想して準備しておいたんだ。じゃあ、宿に行こうか」
その後安心したのか、興味津々に外套を触りながら「すごい! すごい!」とはしゃいでいた。
それにしてもまさか所有権を主張してくるとはな。頭が悪いとかの次元じゃないな。あの場でもめ事を起こすと面倒なことになりそうだったから逃げてきたが、どうせまた探しに来るんだろうな。……どうしてくれようか。
デブハゲ脂ぎっしゅ対策を考えている間に、目的の『岩窟熊の安らぎ亭』に到着した。宿は三階建てで少し大きめの宿らしい。凶暴な岩窟熊も大人しくなり、安らげるくらいの快適な空間を目指しているんだそうだ。結果、街では三指に入るほどの人気宿なんだとか。
「部屋は別で二部屋でいいよな?」
「えっ? 一緒でもいいよ?」
同じ部屋だと鎧を脱げないんだよ。それに一番暇な夜を鎧着たまま過ごすだけとか、どんな拷問だよ。
「女の子は軽い気持ちでそういうことを言わない方がいいよ。それにお互いにとって別の部屋の方がいいと思う。じゃあ、決定!」
前回の上映会は失敗に終わったが、次こそは最高の作品をタダで見たいのだ。それに魂も喰いに行かねばならない。毎日朝帰りで十分なのだ。
「んー……分かった」
若干不満そうだが、納得してくれたなら些細なことだ。
「いらっしゃいませ。二名様のご宿泊でしょうか?」
若くスタイルのいい女性が声をかけてきた。どうやら俺たちの話し合いを聞いていたようで、決着がついたとみるやすぐに声をかけてきた。
「えぇ、二部屋お願いします」
「一人部屋は一泊二食風呂付きで銀貨三枚で、二人部屋は一泊二食風呂付きで銀貨二枚となっておりますが、一人部屋を二部屋でよろしかったでしょうか?」
高いな……。確かに高めの宿を紹介してもらったけど、それにしては高すぎじゃないか? 一般人の言う宿は銅貨二枚くらいのはずだ。
「銀貨一枚もったいないよ。連泊するかもしれないんでしょ?」
「十日以上の連泊で一割引きさせていただきますよ」
「食材を持ち込んだら料理してくれる?」
「もちろんです。買取もいたしますよ」
二人だけでどんどん話が進んでいく。俺は二部屋を希望しているのに、二人部屋のいい部屋が空いているから、そこを案内できるとかいって決定しかけている。
でもよくよく考えてみればいい機会なのかもしれない。この先同行するとしたら、いつかきっと
全てバレる。それならば、早めに暴露しといて同行の可否を決めてもらえれば時間の無駄にならないし、お互いの傷も浅く済むってもんだ。
「二人部屋でいいよね?」
「もちろん。ただ、俺は食事をすることが出来ないから、その分を値引いてもらえないでしょうか? 食材を無駄にするのも気が引けますし。どうでしょうか?」
「そうですね……十連泊を約束してくれるのならば、二人部屋を銀貨二枚で構いませんよ。もちろん、一割引きも忘れていませんよ」
「では、それでお願いします」
料金は前払いで十日分で銀貨十八枚、十八万円を一括払いした。リアも金貨三枚という大金を持っているが、俺と同行しなかった場合の生活費にしてもらうため、ここは全額俺が払った。
「ありがとうございます。部屋は三階角の木漏れ日の間です。部屋につけられているお風呂は、魔道具に魔力を流していただければ使用できます。それから庭に出るときは気をつけてください。最後に食事は、朝は六時からで夕方は五時からとなっております。持ち込みの際は半日前までにお伝えください。では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「「ありがとうございます!」」
俺たちはお礼を言って鍵を受け取り部屋に向かう。
ちなみに、時間については高級ホテルらしく各部屋に時計があるらしい。本来時計は高級品で、一般人が時間を知る方法としては街に備え付けられた時計台と、朝六時と正午と夜六時の鐘で判断するそうだ。それらもないところでは、ほとんど勘と習慣で生活しているそうだ。
「広ーい! こんないい部屋初めて! まぁ宿も初めてなんだけどね。アルマは?」
木漏れ日の間という俺たちが滞在する部屋は、リアがはしゃぐのも分かるほどの広さで、寝室と居間が扉で区切られた客室だった。一応別で寝れるようにと気を遣ってくれたようだ。これで銀貨二枚は破格と言えるだろう。
「俺も初めてだよ。遠い田舎の出身だからね」
「分かるー! 私も田舎だったもん!」
リアは返事をしながら、にこにこと笑顔を浮かべ客室の探検をしていた。
「おーい! はしゃぐのは分かるが、そろそろメシの時間だぞー!」
「そうだったー! アルマも行くでしょ?」
何故だろう……。俺には「行ってくれるよね?」と聞こえるのは、本当に何故だろう。
有無を言わせない言葉の圧力はイケメン創造神にそっくりで、そこに可愛い美少女の上目遣いが加わると、ある意味最も恐ろしい凶器になる。当然、俺の答えは一つだけ。
「もちろん!」
「よかった。じゃあ早く行こう!」
俺の返事を聞き、リアは満足そうに部屋を飛び出していった。
「……そっくりですよ。あなた様にそっくりです」
そう呟きながら、急いでリアの後を追った。
◇
すでに食堂には多くの人で賑わっている。ここは食事だけの客もいて、食事時には席がなくなるほど混雑するようだ。でも俺たちは宿泊客専用の席が用意されているから、席の取り合いというものはしなくていい。しかも、早めに伝えておけば部屋食も可能なんだとか。至れり尽くせりである。
「何を頼もうかな。やっぱりお肉だよね。今日のおすすめはラッシュブルのステーキだって。それと野菜スープかな」
「パンはいいのか?」
「足りなかったらもう一枚お肉を頼むんだー!」
幸せなお肉計画を立てたリアは、満面の笑みで料理を注文していた。
プゴ太郎の串焼きを無言でもきゅもきゅと食べていただけあって、リアが肉食女子であることは間違いない。メニューを見てる最中、食事のバランスがどうのこうのと言っていた割りに、気休めに野菜スープを頼んだだけである。
「はい、お待ちどおさま。ラッシュブルのステーキと野菜スープになります。ごゆっくりー!」
受付の女性が年を重ねたらこうなりましたって感じの女性が料理を持ってきてくれ、目の前に置かれた直後、リアは飛びかかるようにして食べ始めた。まぁ朝食は軽く保存食だったし、昼食は騒動のせいで食べ損ねたのだ。がっつくのは無理もないのだが、女の子であることを自覚して欲しい。料理を持ってきてくれた女性が微笑ましそうに笑っていた。
「美味しいー! 明日は何かな? 昨日のお肉で作ってもらおうかな。迷うぅぅぅー!」
ここで間違っても「俺の肉だからあげないよ」とは言わない。どうせ売るしかないし、絶対に悲しい顔をするだろうからだ。プゴ太郎も美味しく食べてもらった方が幸せだろう。
そして俺たちもこのときまでは幸せだった。
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