第十六話 先入観は身を滅ぼす
翌日、昼頃には街に到着した。
街の名前は城塞都市ドルペス。街には数万人が住んでいるそうで、国境近くの街としては栄えている方なのだとか。久しぶりの
「止まれー! 止まれ、止まれー!」
やっぱり止められるか……。人に牽かせた馬車に乗ってるとか、かなりヤバいやつに見えるんだろうな。
「何ですか?」
「正気か? このようなことをして何とも思わないのか?」
事情を全く知らない警備兵らしきおっさんが諭すように聞いてきた。この奇怪な姿を見て声をかけられる彼は優しい人なのだろう。街の外には他の馬車もいるけど、全員もれなく無視だからな。ただ、先入観を持って問いただすのはよくないと俺は思う。事情を全く知らないのなら、まずは何があったのかを聞くべきだ。俺のことをディスると、自分たちが決めた制度をディスることになるからだ。
「正気ですよ。むしろ優しくしていますが?」
衆人環視の場で名誉毀損されたため、徹底的に意地悪をしてやろうと決めた。
「どこがだ! これを見て優しいと思えるのなら、貴様は悪魔だ!」
別の若い警備兵らしき男が手に持った槍を俺に向け、大声で悪魔宣言をした。
「えっ? 美味しいお肉をたくさん食べさせたのに? 優しくない?」
「食事をするのは当然の権利だろ! 普通のことをして優しいもクソもあるか!」
おっさんは何やら考え始めているが、若い男たちは止まらない。
「食事をする、ましてや美味しい肉を食べることは普通なんですね?」
いいぞー。そのままそのまま。
「当たり前だ! 優しい人は、こんな悪魔の所業を行う者ではない!」
ありがとうございます。その言葉が欲しかった。
「すごいですね。この国の犯罪奴隷は贅沢な暮らしをしているんですね。みなさん、よかったですね。これから辛いことばかりではないようですよ。最低でも肉体労働は免除され、食事には美味しいお肉がつくそうです。それが当然の権利のようですからね。でも残念なことに、この国は街道で襲われていた犯罪奴隷の護送と違法奴隷の摘発をし、さらに街まで護衛した人物を悪魔呼ばわりした上、犯罪奴隷を擁護する国だったみたいですね」
渾身の嫌みにどう反応してくれるかとても楽しみだ。
「――ッ! ……」
「あれれ? どうしました? さっきまで罵詈雑言を浴びせていたのに、今は全員揃って閉口ですか? そうですよね。分かりますよ。あなた方が俺に向けて言っていたことこそが、間違った犯罪奴隷の使い方で、俺のやっていることは普通。しかも、肉まで与えることの方がおかしいということでしょ? それがこの国の奴隷制度なんでしょ? さて、何か言いたいことは? そういえば俺、槍向けられたんだよね。自己防衛のために斬ってもいいかな? それとも、この街の警備兵は協力者寄りの一般人に槍を向けることが仕事なのかな? 楽な仕事だな!」
「貴様ぁぁぁぁ! 言っていいことと悪いことがあるだろうが!」
俺の最後の言葉が気に入らなかったようで、若い警備兵らしき男が真っ赤な顔をして怒り出した。
「その言葉、そっくりそのままあなた方にお返ししますよ。人のことを悪魔呼ばわりした方々に、その言葉を使う資格はありませんよ。それに正気も疑われましたね。あー傷ついた。でもまぁ俺の心と引き換えに、警備兵の本当の仕事と犯罪奴隷制度の真実が垣間見れてよかったです。他の街でも教えて回りますね。優しい人たちがいますよってね」
「キッ――「もうよせ!」」
若い男がキレ、俺に詰め寄ろうと一歩踏み出そうとしたところを、最初に正気を疑ってきたおっさんが肩を掴んで止めた。
「隊長! あの無礼な態度を許すんですか? 我らの誇りを踏みにじり、嘘を周囲に吹聴すると言っているんですよ! このままでは隊長の名誉にも傷がつきますよ!」
「って言ってるけど、自分の名誉が大事なんでしょ? 隊長さん、騙されないで! それと無礼なのはあんたらで、彼らの待遇改善を俺に要求したんだから、あながち嘘ではないと思いますが? それに俺が彼らを助けたってところを忘れないでもらいたいですね。感謝されても悪魔と呼ばれる筋合いはないと思いますが?」
「君も煽らんでくれ」
徹底的に意地悪をすると決めたんだから、全力で煽らせていただきます。
「真っ先に事情を伺っていればこんなことにはならなかった。先入観を持ったまま声をかけてしまった私のミスだ。彼は被害者で、我々が加害者だ。我々にできることは誠心誠意謝罪することと、これ以上迷惑をかけないことくらいだろう」
まぁ慰謝料を払うってなると正式な記録に残ってしまうだろうから、金銭での謝罪はないんだろうな。彼らの犯罪奴隷擁護発言は大問題だから、正式な記録に残ると命があぶないんだろうな。聞く人が聞けば、王国をディスっているのと同じだもんな。まぁ俺は質問しただけで彼らが勝手に暴走しただけの自業自得だ。頑張ってくれとしか言いようがない。
ところで、おっさんの作戦は俺が承諾するってことが大前提なのだが、おっさんはわかっているのだろうか。
「本当にすまなかった。我々にできることは全てやらせてもらう。だから、今回は許してくれないか?」
全員で頭を下げて謝罪しているが、若い警備兵らしき男は睨んでいる。もう一言嫌みを言いたかったが、女性二人が不安そうにしているからやめた。
「分かりました。今回は謝罪を受け取りますよ。それからさっそくですが、犯罪奴隷の引き渡しと落とし物の届け出、彼女たちの保護をお願いしたいですね。俺は身分証を作りに街に来たので、入市税の説明とおすすめの宿を教えてください」
「分かった。すぐに準備しよう」
何とか上手くいった。
元々は意地悪で始めたことだが、俺だって目立ちたいわけではないし馬鹿にしているわけではない。作戦を実行しているだけだ。
というのも、俺の見た目は高級品で固められている。見る人が見ればすぐに分かるほどの高級品だ。さらに奴隷商人のこともある。平気で誘拐をするような奴隷商人がまともであるはずはない。きっと所有権を主張してくるだろう。その場合、被害者の女性二人が真っ先に被害を被るはずだ。
これらの問題を解決するための作戦が警備兵らしき人物とのもめ事だ。まずは警備兵とは名乗らず声をかけてきたことで、俺が事情の説明をしなかったことを罪に問えなくなったはずだ。一般人に事情説明する義務はないし、一般人にしか見えなかったと言えばいいだけである。結果、俺に負い目ができてしまい、要望に全力で応えなければならなくなったのだ。
次に犯罪奴隷であることと、誘拐の被害者であることを警備兵含む周囲に認識させることである。周知されているのに所有権を主張するということは、自ら犯人だと出頭して来ることだ。少しでも考える頭があれば分かるはずだ。
最後に俺の見た目問題だが、すでに俺に目をつけ近づこうとする者たちがいた。その矢先、今回のもめ事だ。「あいつともめると面倒だ、近づかないようにしよう」と思ってくれれば幸いだと思っていたが、目を合わそうとすらしなくなった。
こうして警備兵の名誉と引き換えに、女性二人の安全を得ることができたわけだ。ついでに俺の平穏も。
「……覚えとけよ!」
「随分と小さい遠吠えだな」
負け犬が小声で呟いていったことに対して返事をしてあげたのだが、どうやら気に入らなかったらしい。目から何か出そうなくらい睨んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます