第十五話 秘密はバレるもの

 女性二人を乗せた馬車はのろのろとした速度で、街道を順調に進んでいく。ちなみに、狼の肉は捨てていない。何故なら、彼らの晩御飯にしようと思っているからだ。


 この世界は普段からモンスターを食べているらしいが、モンスター図鑑によると、食べられるものとそうでないものがあるそうだ。オーガは無理だが、プゴ太郎は絶品。そしてウルフは食べられるが、癖が強いそうだ。さらに、階級が高いほど美味くなるらしいから、ボスじゃない方のウルフを食べさせよう。まぁ俺には全く関係ないけどな。


 それにしても移動速度が遅すぎる。歩いている俺と同じ速度しか出ていないのだ。まだ昼を少しすぎた頃だが、おそらく今日中に街にはつけないだろう。


「もう少しスピードを出せないもんかね? あとどれくらいかは分からないが、明日には街に入りたいんだけど」


「無理よ。重すぎるわ!」


 女の敵奴隷が抗議の声を上げる。そしてその言葉に敏感に反応したのは、御者台に座っている女性二人だろう。遠回しに重いと言われているようなものだ。怒らないはずはない。


「ま、まぁ奴隷の逃亡防止のために檻が載っているからな。仕方ないと言えば仕方ないだろう。君らのお家なんだから」


 俺の言葉に満足げに頷く女性二人は、これからのことを話しているようだった。でも申し訳ないが、村娘風の女性の面倒は見れない。黄緑の娘はスキルをもらってしまった手前断れないだけだ。この三つのスキルが俺の生命線であることは間違いない。ムカつく神だが、それだけは感謝しているのだ。


 ◇


 数時間後。日が大分傾いて来た頃、ようやく街らしきものが見えてきた。しかし今日中に入ることは無理そうで、仕方なく水場から少し離れた場所で野営することに。


 移動の最中はモンスターが出ず暇だったこともあり、野営用の道具を作っていた。まずは穴が空いた杭を六本。これは逃亡防止用の道具だ。あとは抗菌効果のある葉っぱを人数分採取する。最後にプゴ太郎の肉を小分けに切って、偽装用の収納袋の中に入れておく。まだこの世界の収納スキル事情が分からないのだ。故に、武器をポールアックスに偽装したまましまえないでいる。


 野営の準備は杭を打ち込むことから始まった。等間隔に六本の杭を打ち込み、食事のときはそこに縛り付ける。酷いと思われるだろうが、そもそも奴隷に食事を与えているところを評価して欲しいくらいだ。まぁ明日の車牽きのためという下心から食事を与えているのだが。


 次に火を起こすのだが、魔法具のおかげであっという間に終わる。続いて料理なのだが、女性二人はプゴ太郎の串焼きで、奴隷たちはウルフのステーキだ。味付けは塩だけというシンプルな料理である。


「さぁ召し上がってください」


「あの……アルマさんは食べないのですか?」


 待ってましたーー!


 村娘風の女性が遠慮がちに当然の質問をしてきた。いつ聞かれるかと思っていたが、予想よりも大分早かった。


「俺のスキルは制限をかけることで威力を発揮する特殊なスキルなので、食事は必要としないのですよ。同じ理由で顔を見せることもできません」


 必死に考えた言い訳だ。


 この世界は個人のスキルに対する詮索などは暗黙の了解で禁止されている。それにスキルの全てを解明しているわけではないことから、スキルを盾に取った言い訳は効果抜群なのだ。


「まぁ! すごいんですね!」


「ありがとうございます」


 と言っておく。スキルはすごいが本当ではないからだ。しかし嘘発見スキルがあると窮地に立たされるんだよな。


 それにしても黄緑の娘は超絶可愛いな。黄緑色の背中くらいの髪に桃色の瞳。頭には黒く短い二本の東洋龍のような角があり、黄緑色の虎の尻尾が生えている。さらにおっぱいが大きい。おそらくファンタスティックサイズはあるはずだ。身長は百六十センチくらいだろう。


 不思議な種族だが、串焼きをもきゅもきゅと頬いっぱいに口を動かしている姿は可愛すぎる。


「ちょっと! どうして私たちはウルフステーキなのよ! それはボア肉でしょ? 同じものを要求するわ!」


 まだまだ奴隷だと思えない女工作員奴隷は、チェンジを希望してくる始末だ。


「食べたくなかったら別にいいんだけど。最後の晩餐に肉を食べさせてあげる優しさを感じて欲しかっただけだから」


「ねぇ! 私は違法奴隷なのよ。名簿にも書いてあったでしょ!?」


「もちろん教国の工作員だったと書かれていたけど、工作員が何故母国に帰れるのか聞いても? 普通に考えれば脱走したってことだと思うのだが? あれれ? 生粋の犯罪者を違法奴隷と呼ぶのか?」


「私に何かあったら教国が許さないわよ!」


 悔しそうに顔を歪めながら怒鳴り散らしているが、工作員であることをペラペラしゃべる時点で切り捨てられているはずだ。だが、優しさに溢れている俺は彼女の意志を尊重してあげることにした。


「分かった分かった。じゃあ大事なブローチを林に向かって投げるから、反省しながら探してくれ。方角は分かるんだから簡単だろ? それを罰だと思ってくれ!」


「ちょっと! やめなさいよ!」


「お前に楽をする権利はない。大人しく街に行くか、林の中でブローチを拾うかの二択だ。どうする?」


 まぁ投げるふりだけして【異空間倉庫】にしまう予定だ。ないものをずっと探してモンスターに食べられてくれ。


「……このまま街に行くわ」


「そうか。じゃあさっさと食ってくれ」


 予想に反して街行きを選んだようだ。少し残念である。まぁガサガサと動く林を見てビビらない方が異常だが。


 食事を終えた後は一人ずつトイレに行かせ檻にぶち込む。女性二人には悪いが収納スキルを見せられない今、毛布で我慢してもらいたい。


 深夜、一人で見張りをしていると、黄緑の娘が話し掛けてきた。


「空洞なの?」


 なっ……何で? 何で分かるんだ?


「何のことかな?」


 動揺を表に出さないように返事をするだけで精一杯だった。


「鎧を着て動く音が反響している。私には分かるの。そういうスキルを持っているから」


「……ちょっと場所を変えようか」


 ヤバいヤバいヤバい。正体がバレたら、離れられなくなる。


「空洞疑惑を誰かに話した?」


「ううん。だって隠しているんでしょ? 私にも隠し事くらいあるから、そんなことはしない。それこそ恩を仇で返すことになる」


「……分かった、信じるよ。ついでに収納スキルのことについて何か知ってる?」


 イケメン創造神の娘(仮)だ。その辺の有象無象よりも信用度が高いのは当然だろう。


「私はこの国の人間じゃないから詳しくは知らないけど、あのハゲが言っていたのは馬車くらいの収納スキルがあれば国のお抱えになれるって。ハゲも奴隷にしてでも欲しいって言ってたよ」


「ハゲって奴隷商人?」


「そう。デブでハゲてるキモい男」


 イメージ通りの奴隷商人なのかもしれない。今のところいいイメージが全くないから、俺が想像している最悪イメージは間違っていないだろう。


「じゃあそろそろ戻ろうか。俺のことは詳しく知らない方が君のためだよ」


「君じゃないよ。私の名前は、リアトリス・レーヴェン。十五歳よ。よろしくね」


「……よ、よろしく」


 月明かりの下で微笑む彼女は、つい見とれてしまうほど可愛く、そして綺麗だった。


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