第10話 友達として

 やっぱり、まずかっただろうか。いやいや、まずくなくて美味しかったけれど。ってそうじゃなくて、良くなかっただろうか。いきなりあんな事をして。

 そりゃあ、そうだ。当たり前だ。恋人同士じゃないんだし、男同士なんだし、いや、相手が女の子だったらそれもまた、セクハラ的に非常にまずいけれど、とにかくダメな事をしたのだろう、俺は。

 けど、柚月さんは怒らなかった。何すんだって言って俺のこと殴ってもおかしくないのに。キスして、チャイムが鳴ったから唇を離したら、柚月さんの揺れる目と目が合って、そして、柚月さんは何も言わずに行ってしまった。いや、やっぱり怒ってるんだよな。そうとう俺に腹を立てているよな。ああ、謝らなきゃ。でも、俺の絵をいっぱい描いてる柚月さんは、俺の事、好き以外にどう思ってるっていうんだ?俺の解釈は間違っているのか?


 次の日、また昼休みに美術室へ向かった。夕べLINEで謝ろうかと思ったが、それで無視されたら会えなくなりそうだし、それなら会って顔を見て謝りたいと思ったのだ。殴るなら殴ってもらって構わない。

 美術室の扉をそっと開けた。柚月さんは今日もここにいた。相変わらず俺の絵を描いているのか?描きかけだった絵に向かって、筆を動かしていた。俺が扉をガラガラと開けて中に入って行くと、柚月さんはハッとして立ち上がった。

「あの、柚月さん!昨日はすみませんでした!」

俺は思いっきり頭を下げた。90度のお辞儀だ。そして、がばっと起き上がった。すると柚月さんと目が合う。柚月さんは目を反らした。

「俺、中学の時から、柚月さんの事が好きでした!俺と、付き合ってください!」

また90度頭を下げた。

「え?何?」

「だから、付き合ってって。」

顔を上げてそう言うと、目をまんまるくした柚月さんが見えた。

「冗談だろ?」

「柚月さん、もしかして彼女とかいるの?ああそうだ、同じクラスの水澤さん!まさかあの人が柚月さんの彼女なの?」

「水澤さん?あの人は同じ美術部員だけど?彼女なんかじゃないよ。」

「なーんだ、そうか。じゃあ、他に彼女はいないんだね?」

俺がちょっとにやっとして言うと、柚月さんは急に顔をしかめて、

「まさか、俺にお前の彼女になれって言うのか?」

と言う。

「いや、彼女じゃないでしょ。それを言うなら彼氏でしょ。」

「バカ言ってんじゃねえよ。やだよ、そんなの。」

「でも柚月さん、俺の事好きなんでしょ?だからこれ。」

と言って、俺は絵を指さした。柚月さんは急に黙って目を泳がせた。

「俺の事、好きなんでしょ?」

もう一度言ってみる。柚月さんは否定しない。ぃやったー!やっぱり、俺の事好きなんだー!嬉しくて小躍りしそう。

 黙ってちょっと下唇を噛むような仕草をしている柚月さんを、俺は抱きしめようとした。が、するりとすり抜けられた。

「友達なら、いいよ。」

「はい?」

「だから、友達としてなら、付き合ってやるよ。」

うーん、良く分からないな。だって、もう友達じゃん。いや、先輩後輩か。それを友達に昇格させてくれるという事なのか?友達同士は待ち合わせして遊びに行ったりもするよな?

「うん、分かった。じゃあ、柚月さんと俺はお友達になったと。うんうん。」

まあ、とにかく柚月さんが俺の事を好きだって事が分かったのだから、良しとしよう!俺は嬉々として教室に戻った。

 すっかり両想いの恋人気分な俺は、部活の前に柚月さんにLINEを送った。

―柚月さんが部活のある時は、一緒に帰ろうよ。部活のない日は、昼休みに美術室に会いに行くから。

柚月さんからの返事は、

―部活 月 木

という、なんとも味気ない文章、いや、単語。でも、これは俺の申し出がOKされたって事だよな。月曜日と木曜日は一緒に帰れるんだよな?今日は水曜日で、昼休みに会ったから、明日は一緒に帰れるわけだな、よしよし。それを楽しみに頑張ろう。

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