第9話 美術室の絵
朝練と夕練があって、柚月さんに会えないので、昼休みに会えないかなあと考えた俺。弁当を食べ終えた俺は、2年生の教室のある3階へと上がって行った。恐る恐る2-2の教室を覗く。
「あ!荒井琉久でしょ?どうしたの?誰かに用?」
驚いた。知らない女の先輩が、俺を見つけて話しかけてきた。
「あのー、河野柚月さんは・・・。」
「河野君に用なの?えーとね。」
その人は教室をぐるりと見渡したけれど、柚月さんはいない。それは俺にも分かっている。
「水澤さん、河野君知らない?」
水澤さんと呼ばれた人は、読んでいた本から顔を上げ、こちらを見た。
「ああ、今日も美術室じゃない?最近いつも昼休みに行ってるから。」
水澤さんはそう言って、ちらっと俺の事を見て、また本に目を落とした。
「だって。美術室。あっちね。」
図書室と同じ方を指さされた。
「ありがとうございます。」
俺はそう言ってお辞儀をした。女の先輩は、ニコッとして小さく手を振ってくれた。
水澤さんって、柚月さんの何なんだろう。ま、まさか、彼女?いやあ、あまりお似合いではないような・・・地味っていうか。柚月さんはそれはもう、綺麗なお顔をしているわけで、その柚月さんの彼女があの地味な、眼鏡して髪を後ろで一つに結んでいるような、ああいう女性だとはとても思えないけれど。でも、間違いなく柚月さんの行動を把握している人だし、それが周知の事実だという事も確かだ。むむむ。
美実室の前に着いた。ノックをしてみる。何の反応もない。俺はそっとドアを開けた。誰もいない。中に入ってドアを閉める。描きかけの絵があって、その周りには描き上がっている絵が何枚も置いてある。乾かしている感じなのだろうか。
「あ、これバレーの絵だ。」
バレーボールのあらゆるシーンが描かれている。レシーブ、スパイク、ブロック。これって、柚月さんが描いた絵だろうか。あ、左下にサインがある。「柚月」と白い絵の具で描いてある。柚月さん、本当はバレーがやりたいんじゃん。いやそれとも、自分の経験を生かして良い絵を描こうとしているのだろうか。確かに皆、見事だ。躍動感にあふれている。というか素人の俺から見たら、すげえ!上手い!
絵をよく見ると、俺たちの練習着のものや、試合のユニホームのものがある。ユニホームは紺色で、白地の背番号がついているのだが、絵の中のスパイクしている人物の背番号は9。あれ、9番って俺の番号だ。隣のブロックしている人物も見る。これも9。こっちも9!練習着の方も、よく見たら俺だ。これって、もしかして全部俺?柚月さんは、俺の絵をこんなにたくさん描いている・・・?どうして?
ガラッと扉が開いた。振り返ると柚月さんがいた。柚月さんは俺がいるのを見てハッとした顔をした。
「・・・びっくりした。どうしたんだよ、琉久。」
「柚月さん、これ、俺?これも、これも?」
まだ茫然自失状態な俺は、それでも絵を指さして尋ねた。
「あ!」
柚月さんは手に持っていた、まだ開けていないペットボトルの飲み物をおっこどして、それを拾わずに俺の前に来て、無駄なのに、両手を広げて絵の前に立ちはだかった。
「な、何でもないよ。違う違う!」
こんな慌てた柚月さんを見たのは初めてだった。明らかに顔が真っ赤。だから、俺は思わず柚月さんの顔に手を添え、キスをした。
キーンコーン カーンコーン
チャイムが鳴り、昼休みの終わりを告げた。
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