第6話 朝の満員電車

 その夜、明日も今日と同じ電車に乗るかどうか、とても迷った。柚月さんはイヤホンをしていた。毎日音楽を聴きながら学校に行くとか、柚月さんなりの生活のペースとかやりたい事とかあるだろうし、それを乱してしまうのではないか。それが心配だった。けれど、また一緒に電車に乗りたい。また、あの満員電車に・・・心臓がまた跳ね上がる。あと、一日だけ同じ電車に乗ろう。そう心に決めた。

 翌朝、今までよりも10分早い電車に乗るために駅へ向かった。柚月さんの方が電車を変えていたりしたら、きっと立ち直れない。キョロキョロせず、昨日柚月さんと一緒に乗った車両に向かって歩いた。どこにいるのだろう、柚月さん。けれど、待ち伏せしていたみたいにならないように、後ろを振り向きたいのを我慢していた。

 電車が入って来た。これに乗るしかない。柚月さん、電車変えちゃったのだろうか。俺の心はどんより落ち込んだ。電車に乗り込み、奥のドアの手前のつり革につかまって立つと、

「琉久、おはよ。」

後ろから声がした。振り返ると、そこに柚月さんがいた。

「あ、おはよ。」

俺は体を反転させ、柚月さんの方を向いた。顔がにやけてしまう。我慢できない。しかし、柚月さんの方は完全にニコニコしている。今日は機嫌がいいのかな。

「なに?」

「今日もこの電車にしたんだな。これからはずっとこの電車?」

うっ。聞かれてしまった。今日で最後のつもりだったけど、どんな理由を言えばいいのやら。

「えーと、そのぉ。できれば、この電車に乗りたいけど、つい遅くなっちゃうっていうか。」

苦し紛れに適当な事を言った。

「そっか。琉久、明日も頑張れよ。待ってるから。」

待ってるから、待ってるから、待ってるから・・・。今独りだったら、ガッツポーズを力強く空へ掲げたい気分だ。

「うん。」

それでも、ポーカーフェイスを装えるだけ装い、にやける顔を無理やり引き締めた。

 すると、またいつもの所で電車が大きく揺れた。柚月さんはどこにも捕まっていなかったので、俺の方へがっつり寄りかかってきた。ああ幸せ。そして、その反動で今度は柚月さんは後ろへ倒れる格好になった。これは危ない。俺はとっさに柚月さんの背中に手を回し、倒れるのを阻止した。そして何となく軽く抱きしめるような格好に。

「サンキュ。」

柚月さんはそう言って、苦笑いをした。俺はさっと手を引っ込めた。ああ、好き。その苦笑いも、すました横顔も。上目遣いに俺を見る目も。

 明日から、毎日こんな風に一緒に満員電車に乗れるのか!人生バラ色じゃないか!


 と、思ったら大間違い。放課後部活に行くと、早速先生から、

「明日から朝練を始める。7時半から始められるように、各自余裕を持って登校すること!」

とのお達しが。はう!これはいつまで続くのですか?おそらく夏のインターハイが終わるまでですよね。明日からテスト前一週間で夕方の練習がない。なので朝練だけするのだが、テストの後にはインターハイの予選が始まるので、朝練は続くだろう。きっとインターハイが終わって、三年生が引退するまでということになるのだろう。朝の満員電車・・・涙。

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