第62話「大取よ」
『そこまで』と言うヘイゼルの声が会場中に響いた。
……終わった。
ザラメは軽く息切れをしている。
キッチンの上には残りのお弁当、縦横に均等に並んでいる。そして全てのお弁当の蓋は閉じられていた。
三十四個。全ての弁当を盛り切った。この作業量をあのザラメがやり切った。
「お疲れ様でした。素直に凄いです」
ザラメは久しぶりにこちらを振り向いた。繁劇を乗り切った疲労と達成できた笑顔が混在している。本当によくやった。
「でも……ユキヒラ君には遠く及ばなかった」
悔恨まで加わりザラメの表情は複雑を極める。「正解」を描いて近づけはしたがその過程が上手くいかなかったか。それでも、ちゃんとお題に沿っているし見栄えも素晴らしい。
円卓に理事会が集まりそれぞれが料理を運ぶ。って、カロテも何か作っていたのか? 包丁とまな板しか持って来てなかったけど……。
今度はお皿ではなくお弁当をそれぞれ理事の前に置く。
カロテの弁当を置いた順番から理事会のメンバーが席を立ちだした。何か揉めているようで弁当箱を指差して何か怒鳴っている。
ヘイゼルが指示を出しカロテの弁当を下げさせた。ちょっとした騒動だ。
ニコニコしながら帰って来るカロテを仲間のバールゼーブ全員、エンバクすらうんざりした様子で眺めている。何をやらかしたんだ、アレは。
『それでは試食してください』
勝敗が決まる前にザラメは戻って来た。食べ終わるまで理事会の近くに居る理由はない。心細ければ戻ってきても何ら問題はない。
「他の二人の弁当、どうでした?」
「う、うん……エンソさんのは、何か、凄かった。色鮮やかだったし、ミートローフ? みたいな、私には作れないものがあったよ」
ミートローフ、この短時間で? 実物を見ていないから何とも言えないが、やっぱ只物じゃないなあいつ。
「カロテさんも何か作ってたみたいですけど、何でした?」
「ドリアンの盛り合わせだった」
何を用意したかと思えば、ただの嫌がらせか。暇つぶしにもほどがある。
理事会は二、三人で一つの弁当を分け合いながら試食を進める。既に一つは料理ではないと退場させられてしまったので、勝敗が決するのは早かった。程なくして三色の札が配られ、評議に入る。
『札をあげて下さい』
この瞬間だけは毎回会場が静まる。
俺は祈るような気持ちで理事会の揚げる札を凝視する。
ザラメは力強く両手を合わせ、目を瞑って祈っていた。
上がった札の色はもちろん二色。
ここで終わる訳にはいかない、震える手を抑えてテトラ弁当の赤い札をゆっくり確実に数えて行く。
黒い札は……四枚。
赤は……、、、
『バールゼーブ零票、シュトレイトー四票、テトラ弁当五票。三回戦は、テトラ弁当の勝利になります』
「よっしゃああああああ! おらああああああ!」
接戦の大番狂わせはいつでも盛り上がる。エンソが包丁を手に刺した時よりも大きな歓声が場内を包んだ。
コムギが立ち上がってザラメの背中をばんばん叩く。咳込みそうになりながら、ザラメは目を白黒させて生き胆を抜かれたような顔をしていた。
「ザラメさん! やりましたね!」
首の皮が一枚繋がった。テトラ弁当初勝利。ザラメが窮地を救ってくれた。
テトラも深く大きな溜息を吐いた。テトラは背もたれにドカっと身を預け、俺は逆に膝に肘をついて項垂れる。
俺はバールゼーブゼロ票を見て、勝負前にテトラが言っていることを理解した。
「今シュトレイトーが一勝しているから、バールゼーブの不正票はカロテさんかウチに絶対流れるんですね」
テトラはにやりと笑う。
「そうよ。それでも、ウチに五票入っても「おかしくない」くらいの物は作れたって事」
一連のカロテの行動は意味のないものじゃなかったわけだ。相変わらず食えない悪魔だな。
「ザラメさん、超超お手柄ですよ」
「ご苦労だったわ、ザラメ」
テトラも手放しで労いの言葉を送る。
ザラメはコムギに肩を組まれたまま放心していた。こっちを向いてぎこちない苦笑いを返すだけだ。疲労も相まってかなり限界っぽい。まるでボクサーの試合後だ。
コムギの肩から解放されると崩れるようにして椅子に座り込んだ。
「何とか繋いだよ。絶対、勝ってね」
俺はザラメの言葉を受け取る。
全員がそれぞれ全力で頑張ってここまで来た。責任重大だけど不思議と緊張はない。している余裕もない。
「任せて下さい」
ザラメは力なく頷く。
大金星、本当にお疲れ様。
「負けちゃったね。付けすぎたかな。ハンデ」
テトラ弁当のものではない声が届く。声の方を向くとエンソが左手を押さえながら臆面もなく立っていた。近くで見ると相変わらずデカくて威圧感がある。
「味は負けてないはずなんだけどな。子供、って言う意識、足りなかったか」
エンソは少し強張ったザラメの肩を叩き「あっぱれ」と称賛の言葉を送る。ザラメは慌てて姿勢を正し、上目遣いのまま小さくお辞儀を返した。
「救護室って、あっちだっけ」
エンソはいくつかある出入口の一つを指差す。控室に来る前にそんな部屋を通り過ぎた気がしたので、俺は適当に肯定した。
去り際にエンソは捨て台詞を残して行った。
「じゃ、皆さん。機会があれば今度はちゃんと勝負しようね」
ぎくりとしてエンソを振り向くと、既に救護室へと遠のいていた。今の「ちゃんと」は手の怪我の事を言っているのか、こっちが不正を利用した事を言っているのか。
エンソを見送ってから、俺はヤトコを見る。彼女は精神統一するように目を瞑っていた。さて彼女の実力はどんなものなのか、ここまで来ると楽しみになって来たな。
「大取りよ、ユキヒラ。この私すらお膳立てになったんだから、男らしく決めなさいよね」
「勿論」
テトラが気早く凱歌を奏するように笑う。
そう、勝利目前まで来たんだ。ご主人の希望に沿うのが下僕と言うものだろう。絶対に勝ってみせるさ。
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